40 友との決別
モフモフの身体が爆発するように赤く光った。
「おのれ! 何をした紅竜!!」
オルリッサは目をかばって滅茶苦茶に手を振っている。
「ヴァレンディル少将!」
わたしが駆け寄る前に、ヴァレンディル少将は立ち上がっていた。手足の動きを確かめるように動かして信じられないという顔をしている。
「なんだったんだ今のは……これが古語魔法の威力か」
「閣下、見てください!」
強烈な赤光が薄らぎ、中から紅い竜が羽ばたいてこちらへやってくる。
『スカーレット』
わたしの前で羽ばたく紅い小さな竜の額には、刻印したような印がある。
『君はボクに名前を与えてくれた。今からボクは君の使い魔だ。君の命令だけに従う』
「え……」
『名を呼んで。そしてご命令を、御主人様』
そんなこと言われても。
人間の、魔法も使えないわたしが竜の使い魔だなんて。
「おのれ……リッサの奴隷を! 八つ裂きにしてくれる!!」
紅い竜の向こうで歯ぎしりしたオルリッサが手を揚げたのを見て、わたしは咄嗟に叫んでいた。
「リントブルム! 魔女オルリッサを追い払って!」
御意、と答えた瞬間。
紅い竜の身体がむくむくと大きくなり、あっという間に見上げるほどになる。
同時に、雷のような咆哮と共にリントブルムが緑色の魔炎を吹いた。
「小賢しい竜め……だが所詮は獣よ!」
オルリッサは憎悪の叫びをあげるとリントブルムの魔炎をかわして口の中で呪文を紡ぐ。そして空中に手を掲げ文字を綴った。
夜光虫のように浮かび上がったオルガ文字は『捕縛』。
「リントブルム危ない! 逃げて!」
わたしの叫びは間に合わなかった。
毒々しい桃色の魔光が巨大化したリントブルムの身体に寄生虫のように巻き付くと、苦し気な咆哮が轟いた。
「きゃはははは! いい気味だわ! 大人しくリッサの奴隷になりなさい!」
「くっ……!」
まただ。
いつもそうだ。劣等種族のわたしは何もできない。
非力で、魔法も使えなくて。
大切なものが目の前で蹂躙されるのを見ていることしかできなくて。
「う……うああああ!」
腹の底から声とも言えない音が出てくる。足元に落ちた剣を拾った、そのときだった。
「そこまでだオルリッサ!」
鋼を斬るような鋭い音が空中を斬った。
そして、小さな手が宙を舞った。
「なに……?」
オルリッサは何が起きたかわからない顔で、文字を綴っていたはずの自分の手が地面に転がっているのを見下ろす。
「手が! リッサの手が!!」
同時に、周囲から明るさが失われていくことに気付く。
「魔法陣が……消えていく」
山中を駆けめぐっていた魔法陣が急速に光を失い、山は夜の山へと戻っていく。
そして、魔光を発していた手が落ちたことでリントブルムは自由になり、轟音と共に緑色の魔炎を吹いた。
「安心しろ。亡骸はアンガスティグ皇国へ送ってやる」
見たこともないほど冷酷な光をその青い双眸に宿し、ヴァレンディル少将が言った。そしてオルリッサの手を斬り落とした刃をそのまま振りかぶる。
「切ったなっ、リッサの手を切ったなぁ!! 竜人! 許さぬぞぉっ!!」
「地獄で言ってろ」
「くそっ、動けぬ!! 紅い竜めっ、鬼畜の分際でリッサを拘束するなぁっ!!」
リントブルムの魔炎に包まれたオルリッサは魔法に縛られ動けない。そこへヴァレンディル少将の刃が振り下ろされた――刹那。
「ごめんね」
わたしの脇を、光と風がすり抜けた。
そう思った瞬間、リントブルムがごう、と怒ったほうに吼えて魔炎が消える。
オルリッサを抱きかかえて空中で翼を羽ばたかせているのは。
「ルカン……!」
竜態に変じ、滞空したままオルリッサを腕の中に抱き直すナレシル少将だった。
ヴァレンディル少将が叫んだ。
「ルカン! なぜだ! 国王陛下からも期待されているおまえがなぜ裏切った!!」
「きっと、話してもアルにはわかりませんよ」
ナレシル少将はいつものように穏やかに微笑む。
「わからないなんてことないだろうが! 俺たちは今までもずっと何でも話し合ってきただろう!!」
「そうですね。今までずっと、私たちは二人で何でも分かち合ってきた。でも、今は違うでしょう。アルにはもう『番』がいる」
「それとこれとは関係ないだろう!」
「いいえ、関係あるんですよ」
中性的な美貌が憂い気に翳って。
薄い唇が何か言いたげに開いたのも束の間、ナレシル少将はいつもの穏やかな笑みに戻った。
「これより我らは敵となります。」
「なっ……」
濃緑の双眸がわたしに向いて、わずかに口元が動いた。
そして大きく竜翼が羽ばたく。
「さようなら、アル。番を大切に。私も私の道を行きます」
「待てよルカン! おまえの道はハイラルにあるだろう!!」
それには答えず、ナレシル少将はオルリッサを抱きかかえたまま高く飛翔し、瞬く間に飛び去った。
「なんでだよっ、なんで……!」
魔法陣が消えて暗くなった地面を、ヴァレンディル少将が蹴った。
その強く虚しい音の響く中、わたしは懸命に思い出す。
さっき、ナレシル少将がわたしに言った言葉を。
「ヴァレンディル少将。ナレシル少将には何か理由があっての行動かと思います」
地面を蹴る音が止む。
静寂の後、ヴァレンディル少将がぽつりと言った。
「なぜ、そう思う」
「ナレシル少将がわたしに『頼みます』と言ったからです」
青い双眸が驚きに見開かれる。わたしは頷いた。
「待ちましょう。ナレシル少将が戻ってくるのを。そして、わたしたちは今できることをしましょう」
「……そうだな」
端整な顔が少し笑んだ気がしたから、わたしも少し頑張って笑みを作ってみる。
ぜんぜん笑える状況ではないけれど、わたしたちは前へ進まなくてはいけないから。
「アル!! 無事か!!」
叫び声と共に、暗闇に光が現れた。
「ティル!」
ジルドール大佐が肩で息をして立っていた。




