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4 『番』と言われましても。


「……う……」


 起きなくてはと思うのに、起きられない。

 痛い。身体がバラバラになりそうだ。


 ベヒモス。あの怪物に、わたしは喰われたのだろうか。これは腹の中で分解されている痛みかもしれない。


 あんな化け物に遭遇して無事なはずはないから。


 そうか、と少し安堵する。もう戦わなくていいんだ。父さん、母さん、みんな。わたしのこと、もう許してくれる――?



「――っ???」



 天国? ここは天国なの? 

 ふかふかの布団に豪奢な意匠が描かれた天蓋が見える。


 なのに視界に入ったのは父さんでも母さんでも、わたしの記憶の中の誰でもなかった。


 えらく整った、端的にいえばとても見目麗しい男がわたしを穴の開くほど見つめている。のぞきこんできた肩から絹糸のような銀色の髪がはらりとこぼれた。

 天国の住人??


 わたしも驚いたが天国の住人も驚いたようだ。サファイアのような瞳が大きく見開かれ、それからふわりと柔らかく笑った。


「よかった……目覚めた!」

「わぷ?!」

 天国の住人は羽根布団ごとわたしをぎゅうと抱きしめた。


「い、痛っ!!」

 身体の痛みはこれが夢でも天国でもないことを証明している。

「ちょっとあの! 痛いんですけど!」


 天国の住人、もとい謎の男は我に返ったようにわたしを離した。


「すまない、ついうれしくて……」

 うれしい?

 わたしが目覚めたことでなぜこの見目麗しい男がうれしいのだろう?


 痛む腕をさすりながら、わたしは男をざっと観察した。


「……もしかして、竜人?」


 尖った形のよい耳、整った容姿、長身(座ってるけどぜったい背が高い)、そしてよく見ればサファイアの双眸には縦長の瞳孔。

 エルフも耳に特徴があるが、瞳孔が縦長なのは竜人だけに見られる特徴だ。


「ああ。竜人だ」

 さらにその男の純白の軍服、金色の肩章や胸章を見て、わたしは血の気が引いた。

「も、しかして、軍上層部の」

「ああ。ハイリヒ王国軍参謀部別動隊所属の、アルサリオン=ヴァレンディルだ」


 参謀部《《別動隊》》。

 それは我が国で最強の最終兵器と呼ばれる竜人特殊部隊の予備軍で、もちろん他の種族も所属するが竜人やエルフが多いエリート部隊だ。



「失礼しました……っ」

 

 条件反射で敬礼をするも、腕に激痛が走ってうずくまってしまう。


「無理をするな。やっぱり、まだ治癒が足りなかったか。ルカンの奴、俺も傷を負っているからと俺の治癒を止めたからな。今治してやる」

「え、ちょ、あの――?!」


 アルサリオン=ヴァレンディルはわたしの腕の袖をそっとまくり、そこに大きな手のひらをかざした。

「この者、この傷を癒せ――ヒール」


 まばゆい温かな光が散った瞬間。


「痛くなくなった……」

「それはよかった。身体はどうだ?」

「とても楽に、なったと思います」

「よし。水は欲しいか? 飲めるか?」

「いただきます」


 竜人はいそいそとサイドテーブルから水差しを取って、わたしに飲ませてくれようとするので慌てた。

「自分で飲めるので大丈夫ですから」

「ダメだ。君は怪我人なんだから。ほら、身体を楽にして」


 結局、竜人がわたしの身体を支えて水差しを口に持ってきてくれる。


「……美味しい」

「よかった。もっと飲むといい」


 本能的な渇きを癒すために水を飲むが、優しく水差しを傾けてくれる手や眼差しがこそばゆい。

 戦場に入って7年、どんなに怪我をしても熱が出ても、誰かに介抱してもらうなんてことはなかった。優しい言葉一つかけてもらったこともない。わたしが死ねばわたしの装備品や金品を奪おうと狙う者すらいた。


 だからこの状況がかえって居心地が悪い。


 少しだけ見上げれば、うれしそうに、いや、それだけじゃない慈愛というか優しさというか、温かい何かに溢れる目で微笑まれて戸惑う。

 軍の最上層部のしかも竜人に、こんなことをしてもらっていいのだろうか。


 とりあえずお礼を言わなくては。


「ありがとうございます」

「問題ない。ところで、名前を聞いてもいいか」

「失礼しました。遊撃部隊所属のスカーレット=クラインです」

「スカーレットか。良い名だな」

「? ありがとうございます」


 どうして、この竜人はこんなにわたしに好意的なのだろうか。

 水差しをサイドテーブルに戻した手がそのままわたしの手を握ったのでぎょっとする。


「あ、あの?」

 竜人は何も言わない。ただじっと端麗な顔で見つめてくる。


 何かの軍事的暗号を送っているのだろうか?

 だとしたら、竜人の見当違いだ。わたしは魔法が使えないから、見つめられても暗号は読み取れない。


「あの、わたしは魔法は――」

「俺は、一般的な話に懐疑的だった。会ったらぜったいにわかるとか、片時も離れたくないとか、そんなことあるかと思っていた」

「……何のお話でしょうか?」


 軍事的暗号の話でないのだろうか?


 大きな手がわたしの頬を包んだ。

 この状況をどういうことだ? 竜人はなぜわたしの頬に手を? 体罰のため? それにしては力が優しすぎる。



「でも今ならすべての話を信じられる。見た瞬間わかったし、少しでも君と離れたくない」

「?!」


 大きな手がわたしの両手を優しく、しかしぎゅっと包みこんだ。


「スカーレットは俺の番だから」

「そ……」




 そんな馬鹿な。


 夢のような羽根布団の上で、わたしは彫像のように固まった。



 いつものように「生き延びるため」だけに戦場を駆けた。

 生き延びて、やらなくてはならないことがあるから。

 それなのに。



「スカーレット」

 サファイアの瞳で微笑む麗しい竜人は、わたしの髪をゆっくりと梳く。その手は、声は、甘すぎて。



 戦場とは異質な、思いもよらない「戦い」が待っていることを、予感させた。

 



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