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38 召喚儀式


「あははは、うまくいったうまくいった~♪」


 オルリッサはその場でくるくる回っている。


「いつ見てもリッサの魔法陣ってすごいでしょ? こないだのブサイク召喚のときは皇帝軍にうるさいこと言われたから野蛮な感じだったけど、今回の魔法陣がリッサの魔法の真骨頂! キレイな子にふさわしい魔方陣♪」



 昼間のような明るさの中、オルリッサは愛おし気に地面をなぞった。

 わたしから拭い取った血を垂らした部分が魔法陣の中心らしく、そこだけ虹色の水晶のように輝き、光を放出している。



 その光の真上に、オルリッサが剣を掲げた。



「さあリッサの可愛いキレイ子ちゃん、出ておいで」



 小さな手が剣を鞘から抜こうとした。



「やめろっ!! その剣に紅い竜なんているはずがない!!」

 無駄だとわかっていても叫び続けずにいられない。

 でも次の瞬間、わたしはなんだか様子がおかしいことに気付いた。



 オルリッサは剣を鞘から抜こうとしているが、その顔が次第に険しくなっていくのだ。



「ちょっと……どういうこと?! なんで抜けないの?!」


 そう、オルリッサは鞘から剣を抜くことができずに苛立っていた。


 何度も試し、ついには足までつかって引っこ抜こうと試みるが剣は頑として鞘からぬけない。


「貴様……! 小娘の分際で宝剣に何をした?」 


 少女のものとは思えない憎悪にまみれた声がオルリッサの口から洩れ、愛らしい顔がわたしの鼻先で怒りに歪む。


 これが魔女の本性なのだろう。


 しかし相手は見た目10歳前後の美少女、戦場で数多の強面を見てきたわたしにとってはちっとも怖くない。


「何もしてない」

 わたしが澄ましているのも魔女は気に入らないらしい。


「この小娘が……目をくりぬいてやろうか? あ? 耳を削いでやろうか? 言えっ、宝剣に何をしたっ!」

「だから何もしてない」

「小癪なっ、その生意気な口から抉ってくれるわ!!」


 オルリッサは魔法を発動しようと手を揚げようとして、小さく呻いて動きを止めた。


「ど、どういうことだ、魔力が身体の内から動かぬ……!」


 もう一度といわんばかりに今度は剣を地面に置いて臨もうとしたオルリッサは目を瞠った。



「剣が手から離れぬ!!」


 確かに、わたしの剣は磁石のようにオルリッサの小さな手に張り付いている。


「我が魔力を封じているというのか!!」

 くわっ、と目を剥いたオルリッサはわたしの胸倉をつかんだ。



「これでわかったぞ、この剣に紅い竜が宿っていることは間違いないっ!! 竜が我が魔力を封じているのだっ、貴様を守るために……!」


 そうだとすればありがたいことだが、今までずっと剣を使ってきて剣に何かが宿っているなんて感じたことはない。

 しかし、ベヒモスを召還できるほどの魔女が言うのであれば、そうなのかもしれないとすんなり胸に落ちるものがある。



「ええいっ、貴様が剣を抜けっ!!」



 オルリッサがわたしに剣を突きつけてきた。すかさず、後方にいた虎獣人が走ってきた。


「オルリッサ様っ、ダメですぜ、この女に剣を持たせちゃ思うつぼですっ!! この女ときたら見た目でごまかす悪党で剣を持たせたら最後――」

「黙れっ、このブサイク獣人がっ!!」


 オルリッサが怒鳴ると、虎獣人の隣にいた従者が一瞬で石になった。

 それを見て動きが止まった虎獣人にオルリッサは歯噛みする。



「やっぱり……この小娘以外には魔法が効くってことは剣は小娘を守ってるってことだ。わかったら黙っていろブサイク獣人」

「へ、へえ」


 隣で石になった部下を見たまま、虎獣人はその場にへたりこむ。

 オルリッサがわたしに向かってもう一度剣を突きつけてきた。


「剣を持て。そして鞘を抜け」



 わたしは内心で手を握る。これは絶好のチャンスだ。

 それを見透かしたようにオルリッサが睨んだ。


「妙な真似をするなよ? もしリッサを傷付けたら、貴様のつがいとやらを嬲り殺しにしてやる」



 きっとわたしの顔に動揺が出ていたのだろう。オルリッサは舌なめずりしてにたりと笑う。



「そこの虎獣人に聞いたよ。アルサリオン=ヴァレンディルという竜人に番と認識されているんだって? 劣等種族には降って湧いたような僥倖だな? 正式に番になれば、たとえ等種族だって一生楽して暮らせるものねえ。金のなる木を失いたくないでしょう?」



 頭がカッと熱くなった。


 いつだってわたしによくしてくれるアル。

 挙動不審だけれど、番という概念がわからず戸惑うわたしにグイグイくるけれど、それでもアルはいつだってわたしと真正面から向き合ってくれた。

 自分の命をかけてまで。


 そんなアルを侮辱されることは耐えられない。許さない。


「それ以上言ったらおまえを許さない。アルは金のなる木などではない」

「あらあ? 本当のこと言っただけなのに怒ってるの? いずれにせよ、貴様は竜人が大事なんだねえ?」


 耐えられず顔を背けると、オルリッサは意地悪く笑い鼻先まで顔を寄せてきた。



「愛しい竜人が後世に残るような死に方をするのは嫌だろう? 妙な真似はしないことだ」



 わたしの手に剣が押しつけられる。

 すると、あれだけオルリッサが離そうともがいても取れなかった剣がわたしの手の中に滑りこんできた。



 あるべきものがあるべきところに収まったような、しっくりとくる感触が全身にいきわたっていく。



 そう、これだ。


 戦場で唯一、わたしの味方だったこの感触。一緒に戦場を駆け抜けてきた相棒。

 故郷の仇を打つために、共に戦ってきた大切な剣。



 そうだ、紅い竜なんか関係ない。これはわたしの大切な剣だ。



 オルリッサはいつでも魔法を発動できるようにわたしに向けて手を掲げている。

 わたしは鞘を手にとり、ゆっくりと引き抜いた。


 刹那。


 周囲がどよめいた。皆、あわてて目を伏せる。わたしも

 現れた刃から放たれた強烈な光芒に思わず目をつぶった。



『スカーレット。スカーレット!』



 ほどなく、小さい呼び声に顔を上げると――。



「なっ……」

 わたしは呆然とする。

 鞘を手に持っていた左手に、ふさふさの物体が載っていたのだ。



『やっと会えたねうれしいな~』

 子犬ほどの大きさで真っ赤なもふもふ毛皮のそれはバサ、と背中の翼を羽ばたかせて宙に浮いた。


「うそ……まさかこれって……翼竜?!」



 顔の目の前で大きな黒曜石のような目がぱちくりと動いた。わたしの言葉を肯定するかのように。


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