37 緊急事態発生
「こちらジルドール、応答せよ」
何度目かになる呼びかけの後、ティルは舌打ちして耳に装着した魔法石を弾いた。
「受信拒否とはどういうことだ」
アルの班にいた隊員たちに共有回路を通して通信魔法を送った。
ダメ元でやってみたが、共有回路は生きていた。
しかし受信を拒否されているのだ。
「受信拒否は作戦妨害だ。わかっているのか、あいつら」
苛立たし気につぶやいたティルは、ふと眼鏡に手をやった。
「……アルもルカンが別行動を取っているのはわかっているが、もしかして」
参謀部別動隊の隊員たちは選りすぐられた軍人であり、上官に忠実だ。
その彼らがティルの通信魔法を無視する理由は。
「上官同士の作戦が異なっているとき。この場合、アルとルカンが別行動を取っている場合」
そしてそれは、アルとルカンが対立していることを示す。
上官の通信魔法を無視するというのは、そういうことだ。今現在遂行している作戦を指揮する上官以外の上官からの通信は取らない。
「なぜこうなった?」
意味がわからない。別働隊は、魔女オルリッサを捕縛・暗殺するという目的の元に一丸となって動いていたはずなのに。
魔法陣での移動は魔女に気付かれてしまう恐れがあるため、足で山中を進む。加速魔法をかけてはいるが、魔法陣での移動よりも時間や手間がかかるため 苛立つ。
「あそこか」
闇に蹲る獣のような大岩が見える。スカーレットが予測した隠し砦の一つだった。
刹那、ティルは身体中に魔力を放出した。
なにかいる。
大岩の近くに、複数の気配がする。魔獣の群れか、山賊か、それとも。
凍てつく鋼の瞳に竜人の本性が現れたとき、大岩から声が上がった。
「ジルドール大佐!」
大岩の影から闇が動いた。数個の影が近付いてくる。
「おまえたち、何をしている」
ティルを囲んだのは、今まさに探していたアルの班の隊員たちだった。
「我らはヴァレンディル少将の指示で、地図上の隠し砦を調べていました。すでに予測されていた場所とクライン補佐官が予測した場所と両方です。ここはクライン補佐官が予測した場所ですが、あの大岩の向こうの洞窟に、ヴァレンディル少将が言った通りのモノを見つけました」
「アルが言ったモノ?」
「はい。魔法陣に使われる古代文字です」
「なに?」
隊員たちに誘導された洞窟の地面に、よく見るとオルガ文字と呼ばれる古代文字が一つ、描かれていた。
「魔女オルリッサは古語魔法を操ることから、巨大魔法陣を紡ぐための古代文字が山中の隠し砦にあるだろうとヴァレンディル少将が言ったんです。それを見つけ出し、破壊するのが我らの任務だったのですが――」
その文字を隊員が携帯型軍用シャベルで擦る。しかし、いくら擦っても文字は削れもしないし消えもしない。
「ヴァレンディル少将に指示を仰ごうとしたら、通信魔法がつながらないんです。困っていたところだったので、大佐が来てくださって本当によかった!」
隊員たちが期待に満ちた目を向けてくる。ティルは軽く咳ばらいをした。
「悪いが、俺はお前たちの任務内容を今初めて聞いた。そして言っておくが、魔力を籠めた古代文字は簡単には消えない」
「ええ?! そうなんですか?!」
「消せるのは、古代文字の解除魔法か、もしくは魔法陣が発動したとき」
そう言ったとき、一斉に全員の顔が上がり、同じ方角を見た。
突如としてまるで爆発したように噴き出した光に全員が反応したのだ。
「なんだ、あれは」
光はそう遠くない谷間から噴出している。
「ジルドール大佐! 光が走っていきます!」
「なに?」
見れば、その強い光は暗い山中を水が通るように走っていく。
刹那、足元の古代文字が強烈な光を発した。
「あの光です! あの光がこの古代文字にも……!」
山中を走ってきた光の筋が古代文字を通り、その光は更にすさまじい速さで駆け抜けていく。
「魔女オルリッサが魔法陣を発動してしまったようだな」
眼鏡の奥の鋼の瞳が鋭く光った。
「緊急事態発生。直ちに任務を放棄し、総員軍営へ退避」
「し、しかし」
「アル……ヴァレンディル少将は何らかの理由で今回の作戦から離反している可能性がある。よってこの場の指揮権は階級の最も高い俺にある」
「は!」
全員が敬礼する。
「おまえたちの任務は俺が引き継ぐ。おまえたちは軍営へ戻りリオニス中佐にこのことを報告しろ。そして、出動態勢を整えておくように」
「は、はい!」
アルの班の隊員たちは移動用魔法陣へ向かった。
「あの強烈な光は魔法陣の発動によるもの……俺はあの場所を確かめなくては」
ティルは加速魔法をフルにして、全力で谷間へ駆け下りた。




