35 side三人の竜人
魔法陣が完全に消えるのを見届けて、ルカンは小さく息をついた。
「ひとまず、ここまでは計画通りです。先ほど盗聴したティルとアルの会話によれば、アルはいち早く内通者に気付いて作戦を変更し、班員に指示を出している。さすがはアルですね。私が内通者だとはまだ確信していないようですが」
ルカンは消さずにとっておいた紙の地図を広げる。そこにはスカーレットが予測した隠し砦の位置が記されている。思わず笑みがこぼれた。
「スカーレットは本当に優秀な軍人だ」
スカーレットが予測した地点を繋げると六芒星を描く。もし彼女に魔法が使えたら隠し砦の位置が魔法陣の下地だと気付いたはずだ。オルリッサの企みにも気付いただろうし、ルカンの計画も阻止されていただろう。
でもスカーレットは人間で、魔法が使えない。それがこの計画の肝の一つだった。彼女に気付かれる前にオルリッサに引き渡すこと。そしてそれはうまくいった。
「彼女が魔法の使える種族だったら、ハイリヒ王国にとって最高の人材となったでしょうに。私やアルのように……」
言ってからルカンは自嘲する。
「私はもう王国軍の者ではないというのに」
これは自分で選んだことだ。
番を得たアルに嫉妬し、アルに愛されるスカーレットに嫉妬して。
嫉妬に身を焦がした結果、彼らに背を向けることを選んだのだ。
ルカンは空中に指で何かを描いていく。銀色の光が空中に魔法陣を浮かび上がらせた。
「さて。急いで次の段階に進まなくてはね」
ルカンは魔法陣の中へ素早く身を翻した。
♢
煤けた大岩に思わず座り込んだ。頭痛がする。いや、痛むのはもっと別の場所かもしれない。
ティルの班とゼルウェンの班が連絡を取っている魔法回路を盗聴した。盗聴、と言うと言い方は悪いが、もともと別動隊の中で魔法回路は共有しているので呪文を知ってさえいれば自分が参加していない会話も聞ける、という仕組みだ。
「やっぱりそうだったのか」
自分の声じゃないみたいな擦れた声が出る。
ティル班とゼルウェン班のやり取りは、俺が立てた最悪の予想を裏付けるものだったのだ。
「なぜスカーレットを嵌めたんだ……ルカン」
これまでのいきさつを考えれば、スカーレットを陥れたのはルカンだという答えは割と簡単に導き出せた。
スカーレットを最初に収容したとき、彼女の身辺調査をしたのはルカンだ。
良い物件があると言ってあの官舎をスカーレット用に手配してくれたのもルカンだし、アルが簡単には気付けない魔法をルカンなら操れる。
そして今、ルカンはスカーレットだけを連れて移動しているようなのだ。
なぜだ?
予感はある。
これも最悪の予感だが、おそらく魔女オルリッサの捕縛作戦と関係がある。
この作戦を極秘に進めようと提案したのもルカンだからだ。
それに、オルリッサが潜伏していると思われる隠し砦。スカーレットが予測したその印をよくよく見て背筋が冷たくなった。
オルリッサが魔法陣を紡ごうとしている可能性が見えたからだ。
その線は、別れた班員たちに探らせている。いずれ連絡がくるだろう。
ルカンはオルリッサと通じたのか?
まさか。
魔女オルリッサとスカーレットを嵌めたことに何の関係があるんだ?
その理由と目的がわからなければ、次にルカンが何をしようとしているのかが予測できない。
今すぐルカンに確かめるのが一番早いが、ルカンに直接繋がる魔法回路は応答がない。他の隊員にはまだ知らせるべきじゃない。ティルやゼルウェンにもだ。
さっき通ってきた移動用の魔法陣まで戻る。
ティル班とゼルウェン班のやり取りによれば、なぜか軍営にはエリスが残っているという。
エリスはルカンに言われてスカーレットの身の回りの世話をしていた。彼女なら、何か知っているかもしれない。
「頼むスカーレット、無事でいてくれ……」
ルカンがスカーレットを傷付けるとは思えない。思いたくない。
だが、ざわざわとした不安がずっと影のようにつきまとって離れないのだ。
♢
無事に魔法処置が完了し、石化した隊員二人は元に戻ることができた。
「衰弱が激しいですね。すぐに軍営へ運んでください」
ゼルウェンの指示で数名の隊員たちがぐったりした二人を魔法陣の場所まで連れていった。
ゼルウェンは空を見上げて眉をひそめた。もう陽が傾きかけている。今日の作戦は終了し、全員を軍営へ戻すべきだが。
「ジルドール大佐……ティル様」
ゼルウェンは全体の様子を黙って観察していたティルに声をかけた。
「もうすぐ日が傾きます。総員撤収した方がいいかと。ルカン様とスカーレット、それとアル様の班員たちにも撤収指示を出したいので、許可をください」
「無理だ」
「は?」
「ルカンともアルとも連絡がつかない」
「ええ?!」
ゼルウェンは言葉を失った。
「アル様はともかく、ルカン様までどうしたんです?!」
「わからん。あの二人なら個別に魔女を遭遇してもなんとかすると思うが、嫌な気配がする」
「気配? ですか?」
「気付いただろう、おまえも。スカーレット=クラインが予測した隠し砦の位置が魔法陣を描くことを」
「偶然かと思いました。彼女は魔法が使えません」
「いずれにせよ、嫌な空気が強くなる気がする。魔女がまた大掛かりな召喚を行おうとしているかもしれない」
「ベヒモスですか?!」
「いや、ここでそれは意味がないと思う。何をしようとしているのか……」
ティルは眼鏡に置いていた手を下ろした。
「ゼルウェン。俺の権限で別動隊の指揮権をすべて、今この瞬間からおまえに預ける」
「ええ?! そんな、無理ですよ!」
「無理でもやれ。というか、おまえはこの場にいる総員を撤収させることだけを考ええればいい」
「でも、ティル様は」
「俺は連絡が取れない奴らを捜して合流する。頼んだぞ」
言った刹那、ティルは消えていた。
「ええ?! ちょっとティル様……って翔んでいっちゃいました……ていうか竜人上司三人が消えるってどういうことなんです?! なんで昔から僕はいつも、あの三人のフォローを……もうっ、今度ぜったいに最上級のヴァインを奢ってもらわないと気が済みませんっ」
鼻息も荒く、ゼルウェンは撤収指示を出し始めた。




