34 わたしを陥れたのは
目の前の光景が信じられず、わたしの思考は止まる。
その間にも二人は言葉を交わしていた。
まるで既知の間柄のように。
「ジルドール大佐は君の言っていた通り冷静冷徹でデキる男だったけど、意外と情に厚くてチョロかったよ。リッサの石化魔法は解除に時間かかるから、しばらくあの場に足止めできる」
「先ほど残りの部隊もジルドール大佐班へ合流するように手配しました」
ナレシル少将は何を言っているのだろう。これでは、これではまるで。
バラバラだったピースが頭の中で組み合わさっていく。
調査だとわたしによく面会にきていたナレシル少将、盗聴されていた官舎、このタイミングでばら撒かれた噂、様子のおかしかったエリス。そして、緊急出動命令。
憶測にすぎない。外れた憶測であってほしい。それでも口にせずにはいられない。
「ナレシル少将、貴方は……オルリッサと通じていたのですか」
「まあ、そういうことです」
ナレシル少将の穏やかな笑みに目の前が真っ暗になる心地がした。これは夢だ。悪い夢。そう願った七年前のあの夜を思い出す。
「すべて貴方が仕組んだことだったんですね」
絶望の底からわたしは声を絞り出す。
「リオニス中佐は言ってました。ジルドール大佐班からの状況報告の中に、魔女オルリッサが現れる少し前、爆発音と共に蝙蝠の群れが飛び立ったと。それが合図だったんですね」
「君は本当に優秀な軍人だね、スカーレット」
濃緑の瞳が麗しく和んだ。
「君がもっと早く私の部下になっていれば……いや、いっそ私の番ならよかったのに。それなら、私の愛するアルを奪った君を恨むこともなかったでしょうからね」
愛するアル? ナレシル少将はなにを言っている?
「私は二百年、アルと共にいた。これからも我らだけでいいと思っていた。我ら竜人が番を得るのは、子孫を絶やさないために神が定めた運命だ。いずれは王国軍を率いる才能を持った私とアルは、子孫繁栄という責務からは解放されるべきだった。神はそうすべきだったのに、アルに番を与えた。アルは別人のように変わってしまった。私のアルは、もうどこにもいない」
「だから、だから……わたしの官舎を盗聴して、内容を捻じ曲げてばら撒いたんですか」
「アルと離れさせるために君を孤立させたのは私の策だが、実行犯は私じゃない」
わたしは唇をかんだ。病室で初めてエリスに会った日のことを思い出す。あのときエリスはうれしそうに言っていた。「ルカン様に初めて仕事を頼まれたの」と。
「貴方に想いを寄せているエリスを利用したんですね」
「アルを深く傷つけた君に言われたくないですね。『番』にはなれないと竜人に伝えるのは死刑宣告をするのと同じくらい重く辛いことなのですよ」
わたしは言葉が出なかった。そんなことは知らなかった。
「一応彼女の名誉のために言っておきますが、私がスカーレットのためだからと言ったので彼女はいろいろと動いてくれたのです。彼女は君を友人だと思っていましたから」
「では最初からこうするつもりだったんですね」
「まあ、そういうことです」
ナレシル少将は傍らの可憐な少女を振り返る。その身の丈と変わらない剣を背負った美少女が天使のように微笑んだ。
「ルカン=ナレシルは嫉妬と理想のためにあたしの提案に乗ったの」
「理想?」
「そ。戦争のない世界を創るという理想。その一点であたしとルカン=ナレシルは手を組んだ」
ナレシル少将が魔女の言葉を継ぐように言った。
「君もおかしいと思うでしょう。戦争を続ける世界を。兵も民も戦争に倦んでいる。戦争は終わらせるべきだ」
「ベヒモス召喚は世界の禁忌です。戦争を続けることと同じくらい非難されるべきことではないですか。そんなことを平気でやる魔女に加担するんですか」
鈴を転がすような朗らかな笑い声が響いた。オルリッサは楽しくて仕方がないというように言った。
「世界の禁忌、か。君がそれを言うとはね。世界の禁忌とも言える宝剣に選ばれた君なのに?」
「どういう、ことですか」
声が震えるわたしを美少女は憐れむように見る。
「なーんだ、やっぱり知らなかったんだ。この宝剣にはね、紅い竜が封印されているの。かつて、紅い竜を制する者が世界を制するって言われた召喚獣だよ」
わたしは唖然とする。
そんなことは知らなかった。
村長が最期に残した言葉。わたしと剣があれば村は再興できると言った意味。
あれは、絶対に口外しない掟となっていた村の秘密――宝剣には村の守り神が宿っていること――を指しているのだと思っていたから。
「嘘だ。その剣に宿っているのは、そんな得体のしれないものじゃない。それはただの故郷の守り神だ」
「ずいぶんと稚拙なことを言うのねえ。あたしの方が貴女より何倍も生きているのに? なんのためにこの一帯のお掃除をしたと思ってるのよ?」
「掃除……?」
わたしは周囲を見渡す。七年前、焦土と化した岩だらけの土地。その中心部にわたしの故郷もあった。
「まさか」
「その通り。前にここを焼いたのは、あたしのカワイイ子を捜し出して召喚するためよ」
歌うように言われた言葉が脳内を破壊するようにこだまする。身体が急激に熱くなる。
「そんな、そんなことのために、わたしの故郷を……村の人たちを……」
わたしの声など聞こえないようにオルリッサは話し続ける。鼻歌のように。
「召喚の魔法陣を作るためにこの辺り一帯を綺麗にしたのに、肝心な宝剣が消えちゃってさ。薬師になったり、宮廷魔法使いにまでなって捜しちゃった。そりゃ見つからないはずよねえ。選んだ使い手のいる召喚獣の気配は使い手の気配に隠れてしまうんだもん。まさか貴女みたいな劣等種族を隠れ蓑にするなんて。長年封印されて紅い竜もボケちゃったのかしら――」
魔女の声を遮ったのは自分の咆哮だ。腹の底から出てきた声と共にわたしは懐の短剣を抜いて魔女に突進した。
しかしエメラルドグリーンの瞳が目の前で微笑んだと思った瞬間、わたしの動きは止まった。
少女は、指を一本突き出しただけだったのに。
「う……」
「もう、丸腰の相手にいきなり斬りかかるなんてサイテー。ルカン=ナレシル、貴方、部下の教育がなってないんじゃないの」
「すみません。ですが、彼女は私の部下ではありませんので」
「まあそれもそっか。貴方はもう王国軍の軍人じゃないし」
彼女が指をもう一振りすると、空中に魔法陣が現れた。
その中心に黒い穴が開いたと思うと、そこから数人の影がぞろぞろと出てくる。
最後に出てきた大柄な影にわたしは息を呑んだ。
「よお、紅いカナリヤ。また会ったなあ」
ベヒモス召喚事件のとき、わたしを斥候に出したあの虎獣人がにたりと口の端を上げた。
「なんで、あんたがここに」
「なんで? はっ、それはナレシル様に聞くんだな。オレは美味い話に乗らせてもらったまでよ。言うことを聞けばオルリッサ様が高給で雇ってくれるってな。オレに冷や飯を食わす王国軍になんざ、未練はねえからな」
虎獣人がわたしの髪を思い切りつかんだ。いつの間にかわたしを戒めていた魔法は解けている。髪をつかまれ、地面に思い切り引き倒された。
「前は邪魔が入ったが、今度はじっくり礼をしてやる」
「あ、ちょっとお、殺さないでよね。あたしの大事なお客様だから」
「もちろん殺しゃしませんよ、オルリッサ様。だが、オレはこいつに借りがあるんでねえ」
「ふうん、ま、いいや。連れてっちゃってくれる?」
虎獣人の剛力がわたしを引っぱり、立たせた。 周囲には、獣人や魔族が数人、下卑た笑いでわたしを見ている。中には見知った顔も数名いる。かつて遊撃部隊で一緒だった奴らだ。
「さっさと歩け、この劣等種族が!」
小突かれて、わたしは魔法陣をくぐらされた。




