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32 消息を絶ったヴァレンディル班


 ティルの全身からは鋼色の魔力の光芒が発散されているが、美少女――魔女オルリッサは微塵も動じず、叱られて拗ねる幼女のように小首を傾げた。


「は? そんなの知らないし。戦争協定なんて無視していいってアンガスティグの皇帝が言ってたし」

「ならば洞窟の奥で山賊を集団殺戮した疑いで皇国に身柄を引き渡す。山賊はアンガスティグの民だ。皇帝の民を殺したなら罪に問われるだろう」

「何が何でもリッサを捕まえたいのね。あいつが言ってた通りだわ」


 リッサとは自分の呼称らしいがティルが眉をひそめたのはそこではない。


「あいつ?」

「あ、やば。思わず口が滑っちゃった♪」


 言葉に反してまったく悪びれていない様子でオルリッサは石にした隊員たちに両腕を回した。



「ジルドール大佐。その魔法は収めた方がいいよ。君が魔法を放つ前にリッサはこの石を粉々にできるから」

「やめろ!」

 ティルが手を下げると鋼の光芒が弱くなった。それを見てオルリッサはくすくすと笑う。

「ふうん、君は冷静冷徹な指揮官って聞いてたけど、けっこう情に厚いんだね」


 歌うように話す魔女を前にティルは歯ぎしりする。こいつの狙いはなんだ。こんな無駄話をする狙いは――。



 ティルはハッと瞠目した。オルリッサが山賊の砦を移動する理由。

 オルリッサが移動したとわかっている地点を思い出すと、これから移動するかもしれない地点が予測できる。できてしまう。

 なぜなら、それは魔法陣の基本である六芒星ヘキサグラムを描くから。



「まさか、また魔法陣を――この山中でベヒモスを召還するつもりか!」

「あ、気付いちゃった? でもね、半分ハズレ。今回は本当にイケてる子を召還するんだ。こないだのブサイクは今回のためのテストだったから」


 ティルの背中に冷たい汗が伝った。こいつは何を言っている? こいつの言いようはまるで――。


「――ベヒモス召喚は軍事目的ではなかったということか」

「そうだよ」

「では何か目的だ」

「リッサはね、戦争のない世界を創りたいんだ」


 可憐で愛らしい美少女は恍惚と目を輝かせた。しかしその輝きはこの上なく邪悪な光を讃えている。


「だから邪魔しないでね」


 エメラルドの瞳がウィンクした刹那、小さな身体がふわりと飛び上がった。


「しまった!」

「ごめんねえ、待ち合わせに遅れちゃうからもう行くね。あ、その子たち、早く石化を解かないと本当に石になっちゃうから急いでね~」



 愛らしい声はピンク色の光芒と共に、ティルたちが見上げる空中で消えた。



「くそっ……後方支援班に連絡! 魔法解除のできる隊員の派遣を要請せよ!」

「無理です! 後方支援班にはすでに緊急出動要請が出ていて軍営にいません!」

「アル……ヴァレンディル少将の班は!」

「はっ、それが、ヴァレンディル少将の班は消息を絶っています」

「何?」


 自分は土属性、ルカンは火属性、そしてアルは水属性の魔法を得意とする。

 水属性魔法を得意とする者の魔力は治癒力が高い。アルが近くにいればと思ったが、消息不明だと?


 ティルは耳の魔法石に触れる。通信魔法でティルだけに魔法回路を繋ぐ。


『ティルか』


 アルの声は珍しく緊張していた。


「オルリッサに遭遇した。隊員二名が石化され、逃げられた。至急、石化を解きたい。今どこにいる」

『すまない。言えない』

「なんだと?」

『後方支援班はルカンの班と合流していると思うが、おそらく分散される。おまえたちのいる場所からそう遠くない地点にいるはずだ。そこから特殊魔法解除が得意な者を派遣してもらえ』

「わかった」



 ティルは訝しみながらもその旨を連絡係に伝えた。連絡係は青い顔で候補支援班の連絡係に魔法回路を繋いでいる。



『状況は?』

「少し前、爆発音がしたのを聞いたか?」

『ああ。鳥の群れが飛んだな』

「あれは洞窟の中で魔女が山賊を惨殺した音だ。飛び立ったのは洞窟の奥にいた蝙蝠の群れ。俺たちの目標地点にあった洞窟が隠し砦の一つだったようだ」



 魔法石の向こうでアルが呻いている。こうなることがわかっていたように。



『あの爆発音が合図だったのか……』

「どういうことだ? おまえの班は無事なのか」

『無事だ』

「オルリッサはこの山中を広大な魔法陣に仕立てようとしている。ベヒモスではない何かを召還するためだ。何かはわからんが阻止する必要がある」

『そうか。魔女に逢ったティルがそう言うなら、俺が作戦を変更したのは正解だった』

「作戦変更? どういうことだ」

『ティル、魔法回路は盗聴されるのが常だろう?』

「ああ。だが俺たちの回路は盗聴防御の魔法を施している」



 アルは一旦言葉を切った。どうしたのだろう。アルの言い方は、まるで盗聴されていることを前提としている。



 ティルが問いただす前に、いつも迷いなく果敢で陽性なアルサリオン=ヴァレンディルとは思えない陰鬱な声が言った。




『ティル。おまえの話を聞いて確定だ。俺たちの中に、内通者がいる』


「なに?! どういうことだアル――」


 しかしティルは最後まで言えなかった。通信回路が断たれたのだ。


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