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3 竜人少将アルサリオン=ヴァレンディル


「本当に確かなのか、その情報」

 遠くの戦場に目を遣りつつ俺は聞いた。

 俺たち竜人は眼球に視力調整能力があり、かなり遠くまで見渡せる。他の種族が使う、望遠鏡という遠見眼鏡と同じ景色を見ることができる。


「いくら戦況が悪いからってベヒモスを遣うか? 戦争協定違反スレスレだろう」

「戦争協定なんて無いに等しいこの頃です。アンガスティグ皇国は戦況が不利になってきて以来、なりふりかまわずですからね」

「大体、ベヒモスを召還できるほどの魔法使いがアンガスティグにいるとも思えないが」

「ですがアル。エルフの諜報隊がもたらした情報です。まったくのデマとは言えないでしょう」



 生真面目に答えるのはルカン。俺と同じ竜人で、我がハイリヒ王国の参謀本部別動隊に所属している。階級も俺と同じ少将だ。



「ベヒモスを召還されたら、我が国は竜人特殊部隊を出すしかありませんね」

「はっ、俺たちは蚊帳の外だな」


 竜人特殊部隊は竜人で軍人なら誰でも憧れる軍の最強部隊。

 竜人の中でも突出した才を持つ者が選抜されるが、ひとつだけ才に関係ない条件がある。



 それは「番」を得ているか否かだ。



 俺たちのように竜人としては二百歳とまだ若く、ましてや番を得ていないとなると特殊部隊の末席にも入れない。


「俺もルカンもこの若さで少将だし、二人であの敵最前列を突破できるくらいの戦力はあると思うんだがな」

「特殊部隊は強さだけではダメですからね。経験と、番を得なくては」

「番、か」


 竜人や一部の魔族に特有の概念、番。

 共に生き、子孫を残す、運命の相手。

 番が誰なのかはその竜人本人にしかわからない、らしいが。


「出会えばわかるとか大雑把すぎだろう。わからなかったらどうするんだ。もう出会ってるかもしれなくて、気付かなくてすれ違ってたら永遠に番を得られないってことなのか?」


 不満をこぼす俺にルカンは穏やかな笑みを返す。


「そんなことは有り得ないと竜人の長老も仰ってましたよ。番は、必ずわかるものだと。それは神の定め故、言葉で説明するのは困難なのだと」

「そんなもんかな」

「そんなものなのでしょう。ともあれ、今はアンガスティグ皇国が何を企んでいるのかを見極めなくては」

「アンガスティグの陰謀がわかったら?」

「ゼルウェンを近辺まで派遣しました。彼と魔法で連絡を取り合って協議してから各部隊へ指示を出すことになっています」

「って、もう動き出してるけど」

「え?!」


 わずかだが、遠くに土煙が上がっているのが見える。


 小さな騎影が駆けていく。その後方から二騎が追う。二騎は外見からドワーフとエルフだ。エルフの方は俺たちと同じ参謀部の軍服姿。ゼルウェンだろう。


「ちょっ……誰ですか斥候指示を出したのは! こちらの報告を待てと言ったのに!」


 ルカンは懐から軍令書を出して何かを確認している。だから俺はルカンの分も現況を見なくてはならない。そのために彼方に目を凝らす。



 いや、ちがう。



 俺が目で追っているのは現況じゃなくて小さな騎影だ。



 どうしてなのか身体の、感覚のすべてがあの騎影に吸い寄せらている。

 もしかして、あの一騎がアンガスティグ皇国の陰謀と関係があるのか?



 いや、ちがう。



 これは戦闘時に察知する危険や前兆の類じゃない。


 もっと別の何か。

 俺にとって、ひどく重要な何かだ。

 自ずと視力が小さな騎手に寄っていく。




「あ」




 身体中を閃光が突き抜けた――ような気がした。



 小さな騎手は燃えるような赤い髪の兵士。

 女だ。たぶん、人間。



「どこかの隊がフライングで斥候を出したのでしょう。ああ、たぶんあれは現場の兵士たちの間で噂の『紅いカナリア』ですね」

「紅い、カナリア?」

「人間でありながら突撃部隊で7年生き残っているという、伝説級の少女らしいですよ。劣等種族ということで戦闘時はいつも斥候に――いわゆるカナリアとして出されるらしいのですが、必ず生き残るとか」   

  

 ルカンの声がどこか遠い。彼方に見えている景色に大きな白い光が生じたが、それすらも霞む。

 ただ一人、赤髪の女に俺は目を、全身の感覚を奪われていた。




「……見つけた」




 刹那、身体が勝手に動いた。駆けだしていた。

 竜人が本気で走ることを「翔ぶ」と世間は言う。実際、光の筋が移動しているように見える動きは飛翔しているように見えるらしい。


「アル?! なぜ翔ぶんです?! 何か変ですよ! アンガスティグ皇国軍とわが軍の間に魔法陣らしきものが浮き上がってきているんです! 今ゼルウェンに伝令を飛ばしますから!」



 すまんルカン。それどころじゃない。

 俺は見つけてしまった。



 そう叫ぼうとして、頭の隅で警鐘が鳴った。

 何かくる。

 そして、昏く頭をもたげたその何かの目の前にいるのは。


「俺の、つがい……」



 身体中の魔力が爆発するようだった。


 俺は紅い髪を目指して一気に距離を詰めた。     

 昏い巨影を前に立ちつくす身体を抱きかかえ、思いきり地面を蹴り跳躍する。

 刹那、俺たちがいた場所で轟音が響いた。



 振り返ればそこに、四つ足の巨大な獣が現れる。

 最悪な召喚獣、ベヒモス。

 しかし俺の意識はすべて、腕の中でぐったりしている小さな身体に向いていた。


「おいっ、しっかりしろ!! おいっ!!」

 赤髪の女はぐったりしまま動かない。ベヒモスの瘴気をもろに浴びたのだろう。人間なら、死んでしまってもおかしくない。


「嘘だろ……死ぬなよっ、しっかりしてくれ!!」

 やっと、やっと見つけたのに。


 訳も分からず俺は走った。


 腕の中の命を助けるためだけに全身全霊で移動した。


 理屈じゃない。身体の奥底から溢れてくるこの想いは。



 腕の中の彼女が、俺の番だという証だ。



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