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29 フラれたらしい。


 なんなのだ、この空気は。

 会議室が異様な空気なのはすぐに気付いた。会議をするうちに、それがスカーレットに向けられたものだということにも気付いた。



 散開になってすぐ、俺はスカーレットを追いかけた。

「スカーレット?」


 辛うじて立ち止まってくれたが様子がおかしい。


「何かあったのか?」


 スカーレットは俯いたまま黙っている。


「スカーレット?」

 肩に触れようとした手をサッと避けられた。



「すみません」

「いや、謝ることではない」

 と言ったが内心俺は動揺しまくっていた。



 この強い拒絶と躊躇いはなんだ?

 落ち着け俺。ここは冷静に聞きださなくては。


「ただ、何があったのか教えてくれ。隊の空気が奇妙な原因を知りたいし、君のことも心配だ」

「何も。何も心配する必要はありません」


 スカーレットはきっぱりと顔を上げた。


「すべて、わたしの思い違いでした」

「思い違い……?」

「ヴァレンディル少将。わたしは本当に『番』ですか?」


 思い詰めたような表情に言葉が詰まる。なぜ急にそんなことを聞くのか? 昨夜、スカーレットは俺の腕を受け入れてくれた。過去を語り、心を開いてくれたように思えた。



 もしかして……『番』という事実をも受け入れてくれるということか?!


「もちろんだ。間違いない」



 胸が高鳴る。スカーレットの凛とした姿や表情がたまらなく素敵で愛おしい。

 次に彼女が言う言葉によってはこの場で、この状況で彼女を抱きしめかねない。いやいかん。公私混同はいかん。冷静になれ俺……!

 

 しかし俺のそんな妄想を打ち砕くような一言を、スカーレットは低くささやいた。周囲に聞こえないように。


「『番』という事実を受け入れない例もあると聞いております。わたしも、ヴァレンディル少将の『番』であることは受け入れられません」

「……え……」



 スカーレットは一礼し素早く身を翻した。

 何を言われたか理解するまでにかかった時間で、スカーレットはどんどん隊員たちの波にまぎれていく。



 俺は、フラれたらしい。



「スカーレット?! 待ってくれ!」



 スカーレットを追いかけたかったが、他の隊員たちを押しのけるわけにもいかず、何もできないまま彼女の背中が遠ざかっていくのを見送る。


 スカーレットはあっという間に廊下の先へ見えなくなった。


「ヴァレンディル少将、大丈夫ですか?」



 隊員の一人が訝し気に声をかけてきた。そうだ。俺もこうしている場合ではない。速やかに班員を移動用の魔法陣まで集め、出動しなくてはならない。



「どういうことだ……!」


 廊下を足早に踏みしだき俺は歯噛みする。追いかけられない状況がもどかしい。今すぐ飛んでいって何があったのか確かめたいのに。



――スカーレットが泣いていたから。



 彼女は職務用の笑みを浮かべていたが、紫色の瞳は今にもあふれそうだった。


 なぜだ? 

 彼女は俺を強く拒絶した。昨日の親密な空気は一かけらもなかった。

 けれど俺は確かに感じもしたのだ。

 拒絶の影に、躊躇いがあることを。俺に何か言いたそうな空気を。


 彼女をあんな顔にさせたのは俺なのか?



 昨夜からの行動を振り返る。しかし、思い当たることがない。



「……もしかして」


 さっきの会議室の異様な空気。スカーレットに向けられていた冷たい視線。

 急激な昇進をしたスカーレットを快く思っていない者がいるのは承知していたが、共に任務を遂行するうちにスカーレットの軍人としての資質を周囲も認めるだろうと思っていた。だから、スカーレットに対する冷ややかな視線も時間が経てば収まると。


 さっきのあの空気は、やはりそれとは別の問題だったのか?

 スカーレットの様子がおかしいのはそれと関係があるのか?



 移動を終え、昨日よりも北側の地点――スカーレットが見つけた隠し砦の近くに出てきた。


「全員、いるな?」


 見回す。全員揃っている。スカーレット以外は。



「任務に移る前に少し話がある。クライン補佐官のことだ」



 皆一斉に視線に落ち着きがなくなった。

 やはりそうなのか。



「彼女は確かにミスを犯した。しかし、隠し砦を見つけたこともたった一人で健闘したことも軍人としての資質の高さを証明している。違うだろうか」


 誰も、何も言わない。気まずい空気だけが流れる。俺は軽く咳払いをした。



「彼女は勝手な行動の責任を取り今日はここにいないが、緊急の場合は後方支援隊もこちらへ移動し、任務に加わる。腹に一物ある状態では任務に支障をきたすだろう。クライン補佐官に対して思うところのあるなら、ここで言うことを推奨する」


 隊員たちは顔を見合わせ、ミリアが挙手した。

 俺が促すと、ミリアは憤然と語り出す。目に充血の痕がある。ウサギ獣人が激怒したときに見られる症状だ。



「ヴァレンディル少将。失礼ながらクライン補佐官は嘘をついているのではないでしょうか」



 俺は眉をひそめる。何を言っているんだミリアは。しかし、隊員たちはミリアと同意見の顔をしている。



 話をすべて聞き終えたとき――俺は言葉を失った。



 スカーレットがでっち上げた過去で俺をたぶらかし、昇進をしたという話がまことしやかに広がっているという。


 昨夜聞いたスカーレットの話や彼女の様子から、嘘をついているとは思えない。だいたい、スカーレットが嘘をつく理由など何もないのだから。


 盗聴か。


 考えられるのは、スカーレットの官舎に盗聴魔法が仕掛けられていたということ。


 俺が気付かなかったということは、かなり巧みな魔法を操る者の仕業だ。


「皆の言い分はわかった」

「では、スカーレット=クラインを参謀部から除籍するんですよね!」


 目を輝かせるミリアをつい睨んでしまった。



「除籍足り得る理由があればだ。彼女は俺に嘘などついていない。それだけは断言できる」

「そんなっ、ですが」

「彼女の過去はルカンが……ナレシル少将が調べている。スカーレット=クラインの故郷がオビ山脈一帯の山賊襲撃事件の犠牲になったことは事実だ」


 場がしん、と静まる。ミリアは口をぱくぱくしている。言葉が見つからないようだ。遠くで鳥の群れが飛び立った。



「彼女は何者かに嵌められた可能性がある」


 俺は隊員たちを見回した。


「何が目的かわからないが、嫌な予感がする。魔女オルリッサ捕縛に関係するかもしれない」



 隊員たちの間に緊張と不安が走る。俺は頷き、心を決めた。



 自分の思考と状況を駆使し、ときには直感を信じ、可能な限り隊員の安全を計りつつ作戦を遂行する。

 それが現場で指揮する上官の使命だ。



「我が班は作戦を変更する。今から説明することをよく聞いてほしい。異議のある者は他の班への移動を許可するので挙手を」



 誰も手を上げない。皆、俺に真剣な眼差しを向けている。


「クライン補佐官についての真偽はともかく、僕らはヴァレンディル少将を絶対的に信頼しています。閣下が作戦変更と仰るなら、従うまで」


 1人が言った言葉に、全員が頷いた。


「……そうか」

 胸が熱くなる。

 俺を信用してくれる彼らのためにも、真実を突き止めなくては。



 スカーレットを陥れた者は、何をしようとしているのか?



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