24 七年前の事件
「七年前」
わたしは話し始める。一日たりとも忘れたことのなかったあの日のことを言葉にするのは初めてだ。
いろんな感情が押し寄せてくる。口を開こうとすれば言葉が途切れてしまう。
どうしよう。
ふと、手が温かくなった。
隣に座るヴァレンディル少将が私の手を握っている。
そうされて初めて、わたしは自分が震えていることに気付いた。
「すみません」
「気にするな。ゆっくり話すといい」
ヴァレンディル少将は「話さなくていい」とは言わない。
きっと、話した方がいいと思っているのだろう。話した方がわたしのために良いのだと。
わたしも、そう思っていた。
そして、あの日のことを誰かに話すとしたら、ヴァレンディル少将以外に思いつかない。
震えが止まっていた。わたしは大きく息を吸い込んだ。
「わたしの故郷の村は、ロート村。オビ山脈の谷あいにある小さな村でした」
過去形であることにヴァレンディル少将は何も言わない。
軍人なので知っているのだろう。オビ山脈一帯がアンガスティグ皇国の山賊によって蹂躙され尽くした、一連の事件を。
「ロート村は羊と織物で知られていましたが、小さくて平凡な谷あいの村でした。ただ、近隣の村と違っていたのは、男女問わず子どもの頃から剣術を習うことです。
村に宝剣が祀られていたことが由来なんだと思いますが、わたしも詳しいことは知りません。大人になると男性は放牧や家畜の世話、女性は織物仕事をするようになりますが、誰でも剣は扱える――そんな村だったんです」
「君が剣術に秀でているのはそういう理由だったのだな」
「はい。でもわたしの場合は、七年間の軍での生活で鍛えられた部分も大きいです」
思わず苦笑する。
戦場でも兵舎でも気の休まるときはなかった。常に襲ってくる者を警戒していた。結果、わたしはカナリヤに出されても必ず生き延びることができるようになった。
「七年前のあの日は、年に一度の村祭りの日でした。宝剣を砥ぎ清めて祭壇に上げ、村の繁栄を神に祈るお祭りです。わたしは宝剣を祭壇に上げる役に選ばれて気持ちが高揚していました」
「ほう? スカーレットは当時、11歳だったと思うが、そんな子どもが宝剣を?」
「はい。祭壇に宝剣を上げる役は村の子どもの中から選ばれます。子どもの中で剣の試合を勝ちぬいて、優勝した者がその名誉ある役になるんです」
「なるほど。それで君は、宝剣を祭壇に上げた」
「はい。父も母も、たいそう喜んでくれました」
父さんはこの日のために羊を一頭売ってお金を作り、母さんは買った上等の布でチュニックとズボンを仕立ててくれたっけ。
二人のうれしそうな顔が脳裏に浮かんだら鼻がの奥がつんとしてきて、わたしは首を振る。まだ話は終わっていないのだから。
「宝剣を祭壇に上げた後は祝宴です。村の広場で大きな篝火を焚き、みんなでお祝いの料理を食べ、踊ったり歌ったりするんです。大人も子供も、みんなが心浮かれる日です。……そこに、つけ込まれました」
「アンガスティグ皇国の山賊だな」
わたしは頷いた。
「大人たちは皆、お酒を飲んでいました。子どもたちもこの日だけは夜起きていることを許されるので、みんな外で遊んでいるんです。山を駆けることに長けた騎獣に乗ってやってきた山賊たちに村人のほとんどが殺されるまで、そう時間はかかりませんでした」
「……知っている。軍の正式な報告書で読んだ」
思わず見上げれば、ヴァレンディル少将は静かに首を横に振った。
「だから言わなくていい」
大人も子どもも、男も女も区別なく、剣でズタズタに斬られ、斧で断ち割られ、犯され、祝いの篝火で村中を焼かれたその詳細を、ヴァレンディル少将はわたしに語らせまいとしてくれている。
その心遣いが、わたしの手を握る力が強くなったことが、とても温かくて。
「ありがとうございます」
「礼など言うな。まだ話は続くのだろう?」
わたしは頷いた。
「目の前で両親を殺され、呆然自失になっていたわたしを村長が抱きかかえて逃げました。村長は宝剣とわたしを抱え、隣村へ助けを求めに駆けてくれましたが……その村も、蹂躙された後でした。焦土と化し、いたるところに人が折り重なったような場所がありました。異様な臭いがたちこめていました」
「知ってはいたが……酷いな」
「はい。ある意味、戦場よりも酷いです。無抵抗の人々があんなふうに殺されていいわけがない」
身体の奥で怒りが燃え上がるのを、わたしは必死に抑える。
「そして、わたしたちは山賊に追いつかれました。村長はわたしを必死に守って戦ってくれましたが、多勢に無勢です」
あのときの村長の姿は、戦場に出るとき必ず思い出す。あのように勇猛果敢に戦いたいといつも思ってきた。
「村長は最後、宝剣を鞘に収めてわたしに持たせました。『これは村の魂だ。おまえとこの宝剣がある限り、ロート村は無くならない』。それが村長の最期でした。言いたいことがまだあるみたいだったのに、そのときは片手も切り落とされて、身体中斬られた傷が――」
「もういい」
ヴァレンディル少将がわたしの肩を抱きしめてくれた。
頬にあとからあとから熱いものが伝って、膝にぱたぱたと落ちていく。
今まで喉につかえていた何かが溶けて一気に流れ出ていくように、その熱い雫は止まらない。
わたしからその雫がすべて出ていくまでの間、ヴァレンディル少将は黙ってわたしの肩を抱いてくれていた。
どれくらい、そうしていただろう。
「……わたしは宝剣の鞘を抜き、咆哮を上げて山賊に立ち向かっていきました。一度、額に敵の刃がかすめました。この額の傷はそのときのものです。この傷を負った後から記憶が途切れています。気が付いたときには王国軍に保護されていました」
ようやく息が吸えるようになって、わたしはヴァレンディル少将から聞かれていたことにやっと答えられた。
「……話してくれてありがとう」
ヴァレンディル少将はわたしの肩を抱いたままつぶやいた。
「つらいことを話させて、すまない」
擦れた声に思わず顔を上げ、わたしは目を瞠る。
ヴァレンディル少将の頬には、幾筋もの涙の痕が見えた。




