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21 ヴァレンディル少将の怒り



「……スカーレット? 気が付いたの?」


 涙声が安堵の声に変わった。手が温かいもので包まれる。エリスの手だと気付いたのは、わたしの意識がはっきりしてきたからだろう。



「エリス、わたしは」

「山賊のリザードに襲われたって聞いてる。酷い怪我だったって」


 エリスはマリーゴールドのような瞳に涙をいっぱい溜めている。

 その姿から、わたしの怪我が酷いものだと想像できるのだが。



「ありがとうエリス。でも大丈夫みたい。どこも痛くない」


 わずか背中に違和感がある以外は、これといって身体に異常はなさそうだ。



「ほんと? よかった……応急処置がよかったんだよ。ヴァレンディル少将が現場で必死に応急処置をしたんだって。魔力を使い果たして、その場で倒れるほど」

「え……ええ?!」



 わたしは飛び起きた。さすがに身体が軋み、身体を丸くする。エリスがすかさず支えてくれた。



「無理しないで! 本当に酷い怪我だったみたいだから……だって相手はリザードだったんだから」



 エリスが心配するのも無理はない。リザードとの近接戦闘で負けた兵士の怪我をわたしも何度も見ている。命を落とす者は、原型を留めない姿になっていることもある。近接戦を最もやりたくない相手の一つなのだ。


「あのリザードたちはどうなった?」

「うん、ヴァレンディル少将がその場で二体とも殲滅したみたい」



 だんだん頭の中がはっきりしてくる。そう、あのリザードたちも、一緒にいた兵士たちも、魔女を守ってあの砦にいたんだ!



「ねえエリス、大変なの。あの隠し砦のこと、報告しなくちゃ」



 するとエリスが複雑な表情を浮かべた。



「大丈夫、焦らないでスカーレット。じきにその時間になるから」

「? どういうこと?」

「ヴァレンディル少将の回復を待って緊急会議が招集されることになってるの」



 わたしの手を握ったエリスの手は、落ち着かない様子で指先が動いている。

 なにか理由がありそうだ。

 それとなく聞こうと思ったとき、ドアがノックされた。



 エリスが出ていき、短く返答し、ドアを閉めた。



「スカーレット、起き上がれる?」

 エリスが心配そうに聞いた。簡易ベッドの脇の台に水が置いてあったので飲む。身体にしみわたり、手足にいきわたる感覚がある。


「うん、ぜんぜん大丈夫そうだよ」

「そっか。じゃあ、行こう。ヴァレンディル少将が戻ってきたって」



 緊急会議の招集だ。







 会議室に入った途端、張りつめた空気が身に刺さった。


 勝手な単独行動をしたのだ。しかも、最悪な形で敵と接触してしまった。もともとわたしへの心象が良くなかった隊員にしてみれば怒り心頭だろう。


 けれど室内を見て、少し違うことに気付く。


 隊員たちは皆、少し青ざめた顔で虚空を見つめている。なるべく何も考えないようにしているようだ。

 室内を縛る凍てついた空気の発信源は――上座に座るヴァレンディル少将だった。



「座れ」



 尖塔型に組んだ手の間から冷えた声が言った。わたしは一つだけ空いていた席に座った。座るなり再び氷のような声が問う。



「自分が何をしたか、わかっているか」

「はい」

「貴殿の行動について、理由と共にここで説明しろ」



 少し頭の中を整理してからわたしは少し斜め上を見た。あの一対の青い瞳を直視することができない。自分の足が震えていることに気付いていた。



「班で散開した後、ミリアさんと別行動を取りました。なぜなら事前に地図に載っていない砦がある場所の見当をつけていて、そこへ向かおうと考えたからです。

 予想が当たって砦があったので様子を観察していると、見張りが出てきました。狼獣人と人間です。その二人に魔女の居所を吐かせようと思い、襲撃しました。その際、発砲されてしまいました。

 騒ぎを聞きつけた山賊の仲間がやってきたので応戦しましたが、失敗しました」




 室内は静まり返っている。




 皆、触れたら切れそうな何かに怯えるように、下を向いている。




「まず一つ」


 ヴァレンディル少将は手を尖塔型に組んだままだ。


「散開前、俺はミリアと共に行動しろと貴殿に伝えた。それなのに貴殿はミリアと別行動を取った。上司の指示を無視する重大な軍規違反だ。そうだな?」

「……はい」

「二つ、事前に地図に無い砦に心当たりがあるなら隊員と情報を共有するべきだ。なぜなら、山賊に対しては魔法攻撃が有利で、捕縛を目的とした魔法攻撃の場合、攻守が揃っていること、つまり二人ないし三人という人数が必要だからだ。だが貴殿は、情報を共有しなかった」

「……」

「三つ。単独行動をした挙句、発砲されてしまった」



 ヴァレンディル少将の手がテーブルの上に下りた。その手が小刻みに震えているのが長テーブルの真反対に座るわたしにもわかった。



「軍人としてあるまじき行動だ!!」



 竜人の大音声に、びり、と部屋の四隅が軋む。青い瞳に竜人特有の瞳孔がはっきりと映って見えた。



「わかっているのか?! 君はこの部屋にいる隊員のみならず、付近で諜報活動をしていた諜報部の隊員たちをも危険にさらしたんだ!! 命令違反で!! 自分勝手な単独行動のせいで!!」



 吼えるような発言に呼応し、青い雷光が天井でちりちりと細く散った。

 縦に大きく割れた青い双眸には激怒の色がありありと浮かぶ。それは今まで、わたしを「番だ」と言って蕩けるような視線や言葉をかけてきた人とは別人のようだ。


 そのことに胸が張り裂けそうになっている自分に驚いた。

 そして、わたしを嫌悪や侮蔑や恐怖などの入り混じった顔で見つめる隊員たちに心から申し訳ないと思った。



「申し訳ありませんっ!!」



 わたしは立ち上がって、深く腰を折っていた。

 こんなに自分の行動を後悔したことは今までの軍生活で初めてだ。



 後頭部に重しが載ったようで動けない。

 どれくらい腰を折っていただろう。



「……顔を上げろ。本来なら懲戒処分となる重大な行動だ。しかし」



 わずかに顔を上げると、ヴァレンディル少将はわたしを睨んだまま言った。

 


「地図に載っていなかった砦を見つけた功績は大きい。それと、俺はあのとき、砦の近くに魔法陣の気配を感じた。それを使って砦に潜伏していた者が逃走したのなら、それは魔女オルリッサであった可能性が高い」



 心臓がどっどっど、と音をたてはじめる。

 気付いていたんだ、ヴァレンディル少将は。魔女オルリッサに。



「また、地図に載っていなかった砦を見つけた手腕も大きい。今後、魔女を追い詰めるのに役に立て。明日丸一日の謹慎処分と、地図作成に尽力すること。この二点で今回に限りスカーレット=クラインに対する懲戒処分は無しとする。異存のある者は遠慮なく挙手を」



 誰も手を上げない。

 わたしに対する同情というより、竜人が本気で怒りを顕わにしている場で余計なことをしたくない、という恐怖の現れかもしれない。

 それほどにヴァレンディル少将は激怒している。



「他に意見が無いなら、引き続き明日の任務についての会議を行う。クライン補佐官は自宅へ下がれ。一歩も外へ出ることはできん。わかったか」

「承知いたしました」



 わたしは敬礼を返して会議室を出る。

 出る間際、横を通ったわたしにミリアさんの囁きが追ってきた。



「ほんと、どうしようもない劣等種族だこと。死ねばよかったのに」



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