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20 魔女オルリッサ



 勝手な単独行動をしたのだから、せめて戦果は持って帰りたい。

 知らねえ、と呻く男の腹に軍靴の踵を思いきり落とした。



「ぐおっ」

「三つ数えるうちに言え。さもなくば喉を裂く」


 発砲してしまった。周囲にいる山賊たちが集まってくるのも時間の問題だ。

 グッと男の喉元に刃を付ける。


 刹那、あの日の光景が脳裏を駆けめぐった。


 カウントも無く瞬時にナイフで首を切られ、胸や腹を突かれ、殺されていった村人たち。武器も持たず抵抗する術もなく炎に逃げ惑うわたしたちを山賊たちはゲラゲラ笑いながら追いかけて、無惨に殺していった――。



「!」



 背中に衝撃が走り、一瞬息ができなくなった。


 蹴られた背中にずんと重い足が乗る。地面に這いつくばったまま動けない。



「おんやあ? こいつ人間じゃねえか」



 酒やけした濁声。背中に乗った重量から察するに、魔族か獣人。



「殺るのはチョロいがなあ。おい、ツラ見せろ」



 物のように蹴られて仰向けにされた。瞬間、飛び上がって着地、まだ手にあったナイフを構える。



「おおっ、ずいぶんと威勢のいいメスだな。しかも売れそうなツラしてやがる」



 濁声で笑った奴を見て背筋に冷たいものが走る。

 相手がなぜわたしの武器を奪わなかったのかすぐに殺さずに顔を見る余裕があったのかわかったから。


 リザード(蜥蜴)だ。


 背丈はわたしの倍ほどもあり、鈍く光る青い鱗が腕や手までびっしりと覆っている。黒いパンツから長く飛び出した尻尾が不気味に地面で蠢いていた。



 黄色いギラギラした目がにたりと嗤う。



「ここで喰ってもいいが、それは魔女がうるせえしな。捕まえて換金するか」

「おい」



 ぞ、と全身の毛が逆立った。

 巨石の影からもう一体、リザードが出てきたのだ。


 最悪だ。


 倒れている山賊のライフル銃を奪って巻き返しを見込んだが打ちのめされる。

 リザードを二頭相手にするなんて無理だ。


――何言ってるの!



 あきらめたらそこで終わってしまう!

 周囲に目を走らせる。なんとか勝機を見出さなくては。



「やたらと発砲すんなってあの魔女に言われただろうが、ああ? なんだ、この人間のメスは」

「俺様の獲物だ」

「ああ? 人間を喰うなって言われた魔女に言われただろうがよ。石にされてもいいのか」

「喰わねえよ。売るんだよ。換金するんだ」

「俺にも分けろ」

「はあ? 何寝ぼけたこと言ってんだてめえ。これは俺様が見つけた獲物だ。俺様だけのモンだ」

「んだとぉ? そんな理屈が通ると思ってんのかてめえ」



 リザードたちは額を突き合わせている。

 威嚇音が喉から漏れている。どうやら仲間割れが始まったようだ。



 勝機チャンスだ。



 リザードは重量も速さもある厄介な相手。だから近接戦において絶対に背中を向けてはいけないのだが、この場合は仕方がない。危険を承知でイチかバチか。


 腹にぐっと力を入れて走り出す。一刻も早くこの場から離脱しなくては――



 刹那、宙を斬る音が耳朶を打ち、横殴りに身体が吹き飛んだ。


「うっ……」


 木の幹に激突し、そのままずり落ちる。咳込んだ口から血を吐いた。内臓をやられたらしい。



「獲物のクセに逃げんじゃねえよ」



 地面を踏みならす音が近付いてくる。



「もういいか。どのみち発砲しちまったんだ、俺らも魔女もこの砦からは移動するんだからよ」



――なんだって?



 地面に付いた耳にたくさんの足音が響く。周囲の状況を確認したいのに身体が思うように動かない。



 それでも必死に血の塊で引きつった目を凝らせば、巨石の影から山賊が数十名、それに守られるように囲まれた長い黒髪の女、その女に手を引かれた10歳ほどの金髪の女の子が見えた。



 あれが、魔女オルリッサ。



 魔女を見つけた。見つけたのに……!

 森林の空間に魔法陣が現れ、黒髪の女が嫌がる女の子の手を引いてその中へ入った。続いて山賊が次々と入っていく。



「置いてかれちまったか。まあいい。どうせ移動場所はわかってんだし、ここでちょっくら食事をしてから行こうぜ」

「喰うのか」

「その方が面倒じぇねえだろ兄弟」



 耳障りな笑い声と共に、固い手に腕を掴まれた。


 ああ。


 わたしは復讐も果たせず、隊に利益をもたらすこともなく死ぬのか。

 犬死。もっともしたくなかった死に方。



 口の端が上がる。罰だ。これは罰だ。



 勝手に単独行動を取った罰。

 あの日、わたしだけ生き残った罰。


――せめて一緒に生き残った宝剣と共に死にたかったのに。




「……?」




 目の前が真っ白になった。いや、青白い、と言うべきか。

 わたしは知っている。この閃光を。 



「ぎゃああああ!!」


 凄まじい咆哮が上がった。わずかに首を向けると、二頭のリザードが青白い魔炎に包まれてのたうち回っている。が、すぐに動かなくなった。

 リザードたちは魔炎に焼かれた者の宿命として白い骨だけの姿となり、その骨すらも瞬時に崩れ落ちて跡形もなくなった。



「スカーレット……!」


 聞き覚えのある声、わたしに触れる温かい手。


「死ぬな!」


 必死に大きな手がわたしの胴体を探る。


「癒えろ! ハイヒール! この者のすべての傷を癒せ!」


 何度も手のひらが身体にあてられる。その度に痛みが消えていくのがわかった。わたしの周囲に数人の人影が立っていることにも気付く。その人影が、そんなに魔力を消費しては閣下が持ちません、と訴えている。



「黙れ! 関係ない! 癒えろ! ハイヒール!!」



 すう、と身体が楽になった。あるのは、激しく運動した後にあるような極度な疲労感だけだ。


「ヴァレンディル、少将……」


 視線を上げれば青い宝石のような対の瞳が大きく見開かれる。



「スカーレット……! よかった……」



 安堵に和んだ麗しき顔を見た瞬間、視界が真っ黒になった。






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