2 罠
わたしが返答を考えている間にも、二人は騎獣を操り並走する。
「わしは第一突撃部隊の隊長、ダンカンってんだ。敵の様子がおかしいんで、様子を見に来た。その腕章の色は第四突撃部隊だろ?」
髭もじゃの顔の中で、小さな目が渋そうに細くなった。
「あの虎男は気に入らねえと思っていたが、おめえみたいな嬢ちゃんを斥候に出すとは心底腐りきってんな」
ダンカンはドワーフだろう。独特な小柄の筋骨隆々とした体つきをして、身体と同じくらいの鉄球を軽々と担いでいる。
「私はゼルウェンと申します」
エルフだった。わたしと変わらないくらいの見た目だけれど、長寿のエルフは外見からは年齢がわからない。
エルフは魔力が高く魔法が使えるので、戦場では後方の魔法部隊にいることが多い。
けれどゼルウェンというこのエルフの軍服は魔法部隊のものじゃない。見たことのない仕立ての軍服だ。緋色のマントを羽織り、真っ白な上下に各所の縁取りは金。
わたしの思考を読んだように、エルフが遠慮がちに言った。
「参謀部から派遣されて参りました。皆さんの邪魔をしにきたわけでないのですが」
思わず目を剥く。参謀部といえば、軍の最上部組織だ。
そんな雲の上の人が、なぜ。
「今日の敵陣はなんだか静かすぎるんです」
ゼルウェンは綺麗な眉目を曇らせた。
「ちょっと嫌な予感がして、こうして偵察にきたのですが。もしかして貴女はいわゆる『カナリア』ですか?」
「そうです」
わたしは左右に少しだけ視線を動かした。この人たちに敵意はない。むしろわたしが戦場で初めて目にする気遣いを見せてくれた。
ごめんなさい。わたしには、あなたたちが気にかける価値なんてないのに。
「……敵の企みを探ってくるのがわたしの任務です。あなた方の目的と同じだと解釈しましたが、合ってますか?」
「おう」
「ええ」
「なら、あなた方はここでお待ちください。階級が下のわたしが斥候に出る。それが戦場のルールだと思うので」
生き延びるためには、一人で行動しなくてはならない。
誰かがいると、その誰かを守れずにその死だけを見ることになる。誰かを守ろうとすれば自分が危うい。
わたしの実力では、どうしてもそうなってしまうから。
だから。
「一人で行かせてください」
二人が何か言う前に、わたしは小さな袋を左右に投げた。
「おわ?!」
「何をしたんです?!」
ドワーフとエルフの騎獣は失速して嘶き、暴れ回った。
「御安心を。ただの香辛料ですよ」
あっという間に後方へ遠ざかった二人に呟く。敵騎獣を足止めするために自作している物だが、量を半分に分けたので騎獣にも騎手にも害はないはず。
そのまま騎獣を走らせ、敵の陣営が見えてきたところで速度をゆるめた。
「……?」
本能が警告する。何かおかしい。
隊列を組む敵の騎獣隊があまりにも静かだ。
「どうして動かない?」
見たところ、万全な体勢を取っている。号令ひとつで動ける備えに見える。それなのに、騎獣の轡一つ動く気配がない。
――まるで何かを待っているような。
少し考えるために騎獣を止めようとしたそのとき、 前方で何かが光った。
「攪乱魔法か?!」
騎獣は攪乱魔法に対抗できる訓練をしている。けれども騎獣は暴れ、棹立ちになった。
「落ち着け!」
なだめても騎獣は暴れるばかりで、必死に首筋にしがみつく。
そうしているうちに地面が光った。
「魔法陣?! どういうこと?!」
地面に真っ白な閃光が複雑な幾何学模様を描いていく。
刹那、魔法陣が立体的に立ち上がると同時に、騎獣は思いきりわたしを振り落とした。
「騎獣が……!」
黒い身体がそのまま吸いこまれるように引きずられ、魔法陣の中に消えた。怖ろしい断末魔の嘶きが細く尾を引いた。
「魔法陣の生贄に……召喚獣?! 敵が企んでいたのはこれなの?!」
であれば陣へ戻り報告しなくては。
振り落とされた痛みを堪えて立ち上がる。激痛が腕に走る。折れているかもしれない。
応急処置をするためにベルトポーチから布を出そうとしたわたしは信じられないものを見た。
光の中央には魔法陣があった。そこから閃光がほとばしり、それは巨大な生き物の形へと変貌していく。
「戻ってください! 危険です!!」
遠くでさっきのエルフが叫んだ気がした。
そのときにはもう、わたしは目の前のそれと対峙していた。
魔導書でしか見たことのない、その醜悪な魔物と。
「……ベヒモス」
最凶の魔物の出現に、遠くで見ていたダンカンもウェルゼンも、スカーレット自身ですら、死を予感した




