18 それぞれの思い、そして作戦開始
今日は朝から鼻血を噴いて倒れるかと思った。
制服を届けついでにスカーレットの官舎に寄ったら、まさかあんな恰好で出てくるとは……!
寝起きの髪を下ろした姿だけでも可愛いがすぎるのに。
すらりと伸びた足を強調する短パン、そして極めつけは男物のスウェット。
ただでさえ男心をくすぐるアイテムを、己の番が身に着けているなんて。
あのときスカーレットに触れなかった自分を褒めてやりたい……!
そして! その後で軍服に着替えた姿もまた凛々しくて!!
赤い髪が純白の服によく映えていた。
そして極めつけが……その姿でスカーレットは俺に言ったのだ。
『よろしければ、軽く食べますか?』
手料理を! スカーレットが今日も手料理を俺に!!
昨夜から連続の餌行為は、愛情の現れだろう絶対!!!
……って、相手も竜人ならそう言い切れるのだが。
思わず期待してしまう。
スカーレットの言葉、行動に、俺への愛情があるだろうかと。
ああ、俺は完全にスカーレットの虜だ。
だからこそ、任務中はより公平に、より厳格に接しなくてはならない。
古今東西、私情を任務に差し挟んでよかった例はない。
しかも今から向かう任務は名目上は諜報部の援護だが、実際は山賊狩りと称した魔女オルリッサ捕縛作戦。参謀部別動隊だけで隠密に迅速に任務を遂行する必要がある。
「俺の隊に入る者はこちらへ」
作戦指示書に従って隊員の名を読み上げる。エルフと獣人十名で構成された隊の最後に、俺は努めて平静に付け加える。
「場合によっては単独行動も有り得るが、クライン補佐官は必ず隊の誰かと行動を共にすることになる」
スカーレットは魔法が使えない。
山へ入り山賊狩りをするのに欠かせないのは魔法で連絡を取り合うことだ。魔法石を加工した通信用の魔道具を使用してもいいのだが、今回の任務に限ってはそれはできない。別働隊だけの極秘任務なので、万が一現場に落として証拠を残すことは厳禁だからだ。
「クライン補佐官と組んだ者は必ず通信の内容を彼女と共有するように。ではこれより二人ずつ分かれる。トムソンとエラリアは二時の方角へ。それから……」
俺が名を呼びあげていくと隊員たちは速やかに指示された方角へ散っていく。
ミリアがスカーレットを睨んでいるのが少し気になったが、この参謀部に所属する者たちは皆、選び抜かれた軍人だ。私情で作戦を歪めることはあるまい。
♢
任務へ向かうにあたって、いくつかの班に分かれた。
ナレシル少将の班、ヴァレンディル少将の班、ジルドール大佐の班、そして後方支援のリオニス中佐――ゼルウェンさんのことだ――の班。
それぞれに分かれて行動を開始する。
わたしは当然と言えば当然だけれど、ヴァレンディル少将の班に入っている。
任務地となる国境の山岳地帯へは、軍専用の魔法陣で瞬間移動だった。
軍専用の魔法陣は移動速度が速いため、魔力のないわたしは軽い乗り物酔いのような状態で少しよろめく。
「……魔法の使えない劣等種族はこれだから嫌ね」
通り過ぎざまに言われる。可愛らしい小づくりな顔にぴんと伸びた白いウサギ耳の獣人。たしか、ミリアといった。
「……すみません」
ミリアはつん、と顔を上げて小走りに行ってしまった。
そう。わたしは魔法も使えない劣等種族で、この班の中では足を引っ張る邪魔者だ。
やはり《《自分の目的》》を果たすためにも早い段階で単独行動を開始した方が良い。
「ここから山へ入る。知っての通り、山賊はこの山岳地帯にいくつも隠し砦を持っている」
ヴァレンディル少将が白い紙の束を掲げた。魔法の掛けられたそれは、ヴァレンディル少将の手の中で手品のようにすう、と消えていく
「極秘作戦のため作戦指示書はここで破棄するが、山賊の砦の位置は頭に叩きこんでいると思う。その他にも我々が把握していない砦があると思われ、且つ、そこに魔女オルリッサが潜伏している可能性が高い」
班員たちの緊張が高まるのを感じる。
わたしも頭の中で砦の位置を思い出す。同時に、それらの砦の位置と地形から、別の隠し砦があると見当をつけた場所を頭の中で確認する。
「山賊及び砦を見つけたら無理をせず、速やかに全員へ連絡。攻守魔法が展開できる最低人数が揃ってから攻撃及び捕縛作戦を展開すること。質問はあるか」
皆緊張した面持ちで黙っている。
それから、ヴァレンディル少将は班員の中でバディを決めていった。呼ばれたバディから散開していき、その場にはヴァレンディル少将とエルフの男性、ミリアさんとわたしだけになった。
「ミリア」
呼ばれたミリアさんの顔がパッと輝いた。
「はい!」
「君はクライン補佐官と行け」
おそらくヴァレンディル少将と組むことを期待していたらしいミリアさんは顔を真っ赤にして語気を強めた。
「な、なんでですか?! あたし、この人……クライン補佐官のこと全然知りませんし、それに」
ミリアさんは言葉に詰まる。エルフの男性が苦笑した。
二人とも、きっと思っていることは同じ。
劣等種族と組むなんてまっぴらごめんだ、と。
「俺の班の中で通信魔法に最も長けているのは君だ。クライン補佐官は魔法が使えない」
「でも!」
「誰にでも不得意はある。得意な者がそれをカバーするのが作戦において最も効率的手段の一つであることは君も言っていると思うが」
「そ、それは」
「クライン補佐官は魔法は使えないが実践経験においては我らに決して引けを取らない。協力して任務に取り組むことが可能だと俺が判断した。異論があるか?」
「……いいえ」
「魔女オルリッサは知っての通り古語魔法の使い手だ。くれぐれも深追いしないように。では散開!」
瞬く間にヴァレンディル少将とエルフの男性は鬱蒼とした森林の中へ消えた。
「ふん、あんたがあたしについて来るなんて無理よね。でも任務中に個体能力差ではぐれるのは規定違反じゃないし」
ミリアさんが吐き捨てるように言って軽く地面を蹴ったとき、そこにもう彼女の姿はなかった。
さすが獣人。瞬発力が凄まじい。
わたしも森林に入った。見上げて目を凝らすと、木の枝が揺れて、次から次の木へと移動している。
遊撃部隊にも多く獣人がいた。彼らは種類によって得意な移動手段を持っており、小型~中型の獣人は木々の上を移動することを得意としていた。
わたしたちの班に獣人はミリアさん一人だから、あの木々の揺れを追っていけばミリアさんからはぐれないはず。
それに、いざとなれば《《はぐれた方がいい》》。
アンガスティグ皇国の山賊は凶暴だ。
こちらの話など聞きはしないし、話をしている間にこちらがやられる。
わたしは、最初から奴らを殺傷するつもりで近付くと決めていた。
別働隊はこの任務をどうやら隠密にしたいようだ。だから、奴らを任務中に《《誤って》》殺傷するのは、わたしだけでいい。
例えそれが規定違反になって別動隊から外されても。
例え、山賊と刺し違えても。いいえ、刺し違えるなら本望だ。
長年、軍隊にいた目的が達せられる。
わかっている。わたしは軍人としてダメなことをやろうとしている。作戦に私情を挟むのは軍規違反であり、軍人として最もやってはいけないことだ。
「……それでも、わたしは」
思わずこぼれた言葉に唇を噛む。
ミリアさんが右側へ進路を取った。わたしは脳内に描いた地図をもう一度思い返す。ここから先、進路は左側だ。右側には、既にこちらで把握している隠し砦はあるだけ。
既知の砦は経路も退路もわかっているからきっと安全だし、班員とも合流しやすいだろう。
せめてミリアさんを巻きこまずにいられるならその方が断然いい。
「ミリアさん、どうかご無事で」
揺れながら移動していく木々の軌跡から視線を外し、わたしは鬱蒼と茂る木々の中を反対側へ駆けていく。




