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17 参謀部別動隊へ


 時間よりかなり早く、ヴァレンディル少将はやってきた。


 昨日の玄関ポーチでのことは記憶から抹消することに決めた。あれは酔ったヴァレンディル少将の戯れだ。

 だからわたしは、至極普通にヴァレンディル少将を迎えた。



「おはようございます。すみません、こんな格好で」


 まさかこんなに早く来るとは思わなかったので、寝間着のままだったのだ。


 寝間着と言っても、男物のスウェットに短パン一枚で、まったく色気もなにも無いのだが、なぜかヴァレンディル少将は真っ赤になって目を逸らし、袋をわたしの手に押しつけるように渡した。


「新しい制服だ。急いでこれに着替えろ」

「? はい。ありがとうございます」


 なぜ急がなくてはならないのかわからないが、上司が急げというなら急がなくてはならない。

「反則だ……」と意味不明な言葉を呟いて頭を抱えるヴァレンディル少将を残し、私は二階へ上がった。


 鏡に映る純白の軍服はいくぶんこそばゆいが、わたしは急いで袖を通し、髪を梳いて一つに結い、居間へ下りた。


「サイズは合っただろうか」

「はい、大丈夫です」



 ヴァレンディル少将はぼうっとした表情でわたしを見て、はあ、と息を吐いた。



「これは一日中傍にいなくては……変な虫が付いたら困る。というか近付く虫はすべて排除だ、うん」


 ぶつぶつ何か一人で呟くヴァレンディル少将と自分用に紅茶を淹れるため、わたしはキッチンでお湯を沸かし始める。



「ヴァレンディル少将、朝食は採られましたか?」

「え?! ああ、まあ」

「よろしければ軽く食べますか?」

「いいのか?!」


 がばっと立ち上がったヴァレンディル少将の顔はなぜかうれしそうに輝いている。



「もちろんスカーレットの作ったものなら何だって食べる! 食べたい! いや、食べさせてくれ!!」

「はあ」


 そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。


「じゃあ、二人分用意しますね」



 ハムエッグと昨日の残りのグリーンサラダ、紅茶にトーストという簡単なメニューなのに、ヴァレンディル少将はとても美味しそうに食べてくれた。







 参謀部別動隊の会議室には、すでに全員が着席していた。



 好奇、というより冷ややかな視線が突き刺さる中、わたしは長テーブルの上座についたヴァレンディル少将の隣に腰を下ろす。

 不安そうなエリスとゼルウェンさんに顔に軽く微笑んでみせた。



「さて、皆も知っての通り、今日から新しい補佐官が別動隊に配属されました。クライン補佐官、自己紹介をしてくれるかな?」



 ナレシル少将に言われて、その場で立ち上がった。


「本日よりヴァレンディル少将の補佐を務めます、スカーレット=クラインです。よろしくお願いします」


 エリスがうれしそうに拍手しようとして止まった。しんと凍った室内の雰囲気を気まずそうに眺め、そろそろと手を下ろす。


 そのとき、わたしの斜め向かいに座っていた男性が発言のために軽く手を上げた。


 胸元の階級章は大佐を示す。端整な顔の中、眼鏡の奥で静かに光る鋼のようなグレーの瞳は瞳孔が特徴的で竜人だとひと目でわかった。



「ティルナックス=ジルドールだ。失礼だが、貴殿はヴァレンディル少将の番だと聞いている。本当か?」

「本当だ」



 わたしが何が言うより早く、ヴァレンディル少将が横から入った。



「番だから補佐官にした部分は否定しないが、それは人事部も認証済みだし、何より彼女は優秀な軍人だ」

「俺はクライン補佐官に聞いている」



 一刀両断されてヴァレンディル少将が黙りこんだ。

 ジルドール大佐がわたしに向き直る。



「貴殿がヴァレンディル少将の番だというのは本当ならば、貴殿はどのような心持ちでここにきた? 我ら別働隊は参謀部の中では戦場に出ることも多い特殊な隊だ。生半可な気持ちでここにいられるのは困る。ここにいる者たちは皆、互いにいざというとき背中を預け合うのだから」



 鋼の瞳に射貫かれて手にじっとり汗がにじむ。落ち着けわたし。何もやましいことはない。自分のスタンスを正直に話せばいい。



「わたしはここにくる以前、遊撃部隊の騎兵でした」



 室内にわずかだが、蔑むような失笑がさざめく。遊撃部隊の騎兵。軍の階層において、それは参謀部別動隊の真反対に位置する最下層の兵だ。



「わたしがここへ配属された経緯は任務には関係ないと考えています」


 自分の声というのはこんな風に響くのだ、と明瞭にわかるほど部屋は静まり返っている。それでもわたしは、言うべきことを淡々と紡いでいく。



「わたしは軍人として、配置された場所で自分に出来得る最善を尽くすのみです。それは遊撃部隊の騎兵であろうと、少将閣下の補佐官であろうと変わりません。皆さまの足を引っ張らないよう、一日も早く職務を覚えます。改めてよろしくお願致します」



 部屋は変わらず静まり返ったまま。数拍の後、ジルドール大佐が小さく息を吐いた。



「了解した。今の言葉、忘れることのないように」

「はい」



 わたしが返答すると、卓の中心に座るナレシル少将がにっこり立ち上がった。



「はい、じゃクライン補佐官が信頼に値する人物だとわかったところで今日の本題ですよ。昨日の話の続きです。手元の資料を見てください」



 ナレシル少将から配られた資料は、アンガスティグ皇国の魔法陣対策だ。

 諜報部が展開する隠密作戦について言及されている。

 諜報部は我が国とアンガスティグ皇国が膠着状態で向き合っている国境の山岳付近に展開、次に仕掛けられる魔法陣の情報収集、及び隠された魔法陣の探索を行っているらしい。


 そして、参謀部別動隊は諜報部の援護という名目で出動する、と記されていた。




「しかし、昨日も話しましたが、実際の我らの任務は端的に言えば山賊狩りです」


 瞬間、カッと身体中の血が燃えた。紅蓮の炎に包まれた故郷の夜。逃げ惑う村人を笑いながら追い立てて嬲り殺しにした――山賊。


 ナレシル少将が人差し指を口元に立てた。


「密やかに、速やかに。山賊を見つけ次第オルリッサの居場所を聞き、口を割らないようなら即、捕縛してください。何か質問は?」


 わたしは手を上げる。軍事作戦である以上はっきりさせなくてはならないことがある。

 ナレシル少将がうれしそうに微笑んだ。



「クライン補佐官、何でも聞いてくださいね」

「はい、ありがとうございます」



 わたしを睨む人、そ知らぬふりをしようとする人、それぞれだが歓迎されていないのははっきりとわかる。

 よくよく見れば、わずかに困惑の色を浮かる人もいる。ジルドール大佐は目を閉じている。


 わたしのこととは別に、どうやらこの作戦は何かいわくがあるようだ。

 ならば、尚更。



「山賊を捕縛する、というのはどこまで許可されるのでしょうか」

「というと?」

「アンガスティグの山賊は凶暴かつ残忍です。こちらに被害が出ないために、例えば殺傷することは可能なのでしょうか」



 室内の空気が動いた。皆、意外そうな顔でわたしを見ている。

――殺傷だと? 剣などロクに扱えもしない劣等種族の底辺兵士のくせに。



 ナレシル少将はどこか面白がるような顔を私に向けた。



「こちらから積極的に攻撃する必要はないけど、向こうが仕掛けてきたら応じないとね。それは正当防衛でしょ?」



 ナレシル少将は女神のように微笑む。

 殺していいよ、と言っているように見えるのは気のせいだろうか?



 気のせいじゃないといい。



 それが、わたしの欲しかった答えだから。



「承知しました」



 わたしは敬礼を返す。

 許可は出た。わたしの中で何かがさらに燃え上がった気がした。

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