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16 夕食会の後で



「今日は楽しかった~! スカーレット、料理上手すぎなんらよ~」

「ありがとうございます。エリスさんのキャラメルプディングも絶品でしたよ」

「えへへぇ、ありがろ~! パーティーまたやろうね! 絶対らよ!」

「はいはいエリス、もう帰りますよ。僕とダンカンにつかまってください」

「エルフの姉ちゃん、だいぶ酔ってんな。あれしきのヴァインで酔うとはだらしねえぞ!」



 わいわいと外へ出る三人を玄関で見送る。



「こちらこそ、今日はありがとうございました。気を付けて」



 手を振られ、手を振り返す。三人は楽しそうに夜闇に消えた。



「さて、と」

 わたしは振り向き、所在なさげに立っている長身を見上げる。



「ヴァレンディル少将もありがとうございました。片付けまで手伝ってもらって」

「いや、そんなことは別にいい。というか俺はほぼ何もしていないし」

「いいえ。あの家事妖精はヴァレンディル少将じゃなければ契約できなかっでしょう?」



 ヴァレンディル少将は食事が終わる頃、当たり前のように小さな魔法陣から可愛らしい妖精を召還し、わたしの官舎の家事全般をする魔法契約をしてくれたのだ。



 参謀部はおそらく激務、しかも今はアンガスティグ皇国のベヒモス召喚の件で任務が増えているはず。

 明日から自分もその一員として任務を全うするために、家事を妖精に請け負ってもらえるのはとてもありがたい。



「人間のわたしには、到底できない業です。心からお礼申し上げます」



 わたしはきっちり45度の角度で腰を折り礼を執る。



 親しき仲にも礼儀あり、番だとて、いや番だからこそ。しかもわたしはヴァレンディル少将を番だと認識できていない。

 彼が差し出す厚意を、ただ受け取ることしかできない。

 ならばせめて、きちんとお礼だけは言いたい。



 顔を上げると、ヴァレンディル少将と目が合った。思わず目を逸らしてしまった。



「スカーレット」

「は、はい」

「こちらを向いてくれないか」



 おそるおそる見上げると、端整な顔がじっとわたしに向いている。

 その宝石めいた瞳の奥にある何かに捉えられそうになってやっぱり視線を逸らそうとしたとき、両手で頬をはさまれた。



 そっと、こわれ物みたいに触れられて、逆に身動きができない。

 そのまま顔を上向かされ、神の造形物のような顔がすっと近付いて――額に、温かく柔らかい感触がそっと刻まれた。



 まるで永遠のような時間に感じた。

 自分の鼓動だけがやけにうるさい。



「……明日は共に参謀部へ入る。迎えにくるから待っていてくれ」

「は、はい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」



 ヴァレンディル少将はそっとわたしの頬を放すと、玄関ポーチの階段を静かに下りていった。



 その間も、わたしの心臓は壊れたと思うくらい爆音を立てている。



 《《あの傷》》に触れられたのに、嫌悪も痛みも感じていない。ただトクトクと耳の奥で鳴り続ける音を、わたしは呆然と聞いていた。






 

 アパートメントの扉を閉めた途端、俺は頭をかきむしった。



「うわああああっ、思わずちゅうしてしまったああああ!!」



 だって耐えられなかったのだ。

 スカーレットが可愛すぎてどうしようもなかったのだ。



「しかも他の女を送ってくれとか有り得ないだろう……!」


 俺はスカーレットのことしか考えられないのに。

 あんなにさらりと、淡々とした表情で憎たらしいことを言う口をふさぎたかった、のだが。



「ああ、俺ってこんなにヒヨっちゃう奴だったんだ……」



 キスする勇気がなかった。

 それをして、拒絶されるのが怖い。

 己でさえ制御不能なこの想いを「重い」と撥ねつけられたら、生きていけない。



 他種族が番だった場合、想いのすれ違いからうまくいかない場合もあると聞いた。



 竜人の求愛を拒む者は少ないが、それでも竜人の愛や執着心についていけず、添い遂げない者もいると。



 そしてスカーレットは、何かあれば平然と自分を拒む気がする。



「人間も、番を感じ取れればいいのにな……って、いや待て」



 もしそうだったとしても、俺がスカーレットの番に選ばれるかなんてわからないじゃないか!



「どうしたらスカーレットは、番として俺を受け入れてくれるんだ……」



 こんなに異性に受け入れられたいと思ったことは初めてなのに、どうしたらいいのかまったくわからない。

 軍事作戦なら、いくらでも脳内で組み立てて実行できるのに。



「それにしても、あの傷」



 スカーレットの艶やかな額に刻まれていた、小さいが深い傷。

 傷があることには気付いていたが、彼女が隠しているようだったので何も聞いていない。


 しかし、唇に触れたときわかった。


 あれは刃傷だ。おそらく、剣の。


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