15 夕食会➂
わたしはお酒が飲めない。
年齢的な問題じゃなく、体質に合わないようだ。
以前、戦場で消毒と気付けになるからと飲まされたことがあったが、ほんの一口だったのに顔は火照るわ頭はぐらぐらするわふらつくわで、大変だった。
以来、積極的にお酒は飲まない。
でも今日は、せっかくお土産にもらったのでヴァインをほんの一口飲んでみた、のだが。
「わわ、スカーレット顔が赤い! らいじょうぶ? 飲み過ぎなんらよ~」
「飲み過ぎなのはエリスさんですよ。口調があやしいし目が座ってます」
「そんなころはないんらよ~」
きゃははと笑うエリスさんは楽しそうだがフラフラしている。立っていてもフラフラしてるけど、座っていても上半身がフラフラしている。
大丈夫かな。
「ヴァレンディル少将」
斜め前に座る上司を見れば、こちらもかなり出来上がっている感がある。
竜人上司の前にはすでに、ヴァインの瓶が二本、空になっている。ゼルウェンさんが五本もヴァインを持ってきてくれたときはちょっと驚いたが、こういう事態を予想していたのかもしれない。
竜人は無類の酒好き、大酒飲みだというから。
「スカーレット、俺に何か用か?」
うれしそうにこちらを向いたヴァレンディル少将は、白皙の顔がほんのり染まり、いつもより纏う空気も柔らかい。これなら頼み事もしやすい。
今日は無礼講だとヴァレンディル少将自身が言ったので問題ないだろう。
「エリスさんとは、同じ官営のアパートメントなんですよね?」
「ああ、棟は違うがゼルウェンも同じアパートメントだ」
「そうらよ~少将閣下は最高級ランクのラグジュアリー棟に住んでるんらよ~」
「ラグジュアリーかどうかは知らん。ダンカンは妻子があるのでここと同じような一戸建て官舎にいる」
「そうですか。では、申し訳ないのですがエリスを送ってあげてもらってもいいですか? わたしが行きたいけど、ここを留守にするわけにはいかないし――」
ここまで話してわたしは気付く。
ヴァレンディル少将が、捨てられた子犬のような、この世の終わりみたいな表情をしていることに。
「あの……わたし何かまずいことを言いましたか?」
思わずそう聞いてしまうほどにヴァレンディル少将の顔は悲嘆に暮れている。
「……スカーレットは嫌じゃないのか」
「え?」
「俺がエリスを送っていくことが」
「へ?」
「どうしてなんだっ……それとも俺を試しているのか……?」
頭を抱えたしまった竜人を見てわたしも頭も抱えたくなった。
どういうこと? この竜人はなぜ苦悩しているの??
「わたしがお願いしているんですよ。嫌なわけないじゃないですか。試すって何を試験するのか全然わからないんですが、わたしの発言には何の意図も考えもないです」
「エリスはエルフだが、性別的に女だぞ?」
「知ってますけど」
だから送ってくれと頼んでいるんですが、と言おうとしたとき、ゼルウェンさんが横から入ってきた。
「スカーレット、竜人というのは番への愛と忠誠が絶対なんです」
「はあ、そうなんですか……?」
そういえば、わたしはヴァレンディル少将の番らしいということを思い出す。
わたしは何も感じないのに、不思議なものだと思う。竜人や、いくつかの魔族は番を本能的に察する能力があるというのに。
「だから、番が他の異性と接触することを極端に嫌います。端的に言えばやきもちですね」
「やきもち」
ぐるーっと首を回してみれば、ヴァレンディル少将はわたしと視線を合わせないようにヴァインのグラスを煽っている。
「番を見つけた竜人は他の異性にまったく興味が無くなり、むしろ接するのを避けるようになります」
「はあ……」
まだ話の見えないわたしに、ゼルウェンさんが苦笑する。
「ですから、エリスを送ってほしいと言ったスカーレットに切なくなったのでしょうね。竜人の番に対する並外れた執着心……いえ、恋心からくるものなので、許してあげてくださいね」
なるほど。
わかったような、わからないような。
けれど確かなのは、わたしがヴァレンディル少将を不快にしてしまったようだということ。
「すみません、ヴァレンディル少将」
素直に謝れば、上司はリンゴのように真っ赤な顔で口の中で「スカーレットは何も悪くない」とかごにょごにょ何かつぶやいてブンブン首を振っている。
「わかりました。では、エリスはわたしが責任をもって送りましょう」
「「ちがーう! なんか違う!」」
竜人とエルフ、双方からツッコまれた。
「生真面目なところはスカーレットさんの美点ですが……」
苦笑したゼルウェンがあわてて言った。
「エリスは僕が責任をもって連れて帰りますのでご安心ください」
「いいんですか?」
「ええ。もとより、そのつもりでしたし。エリスは酒グセが悪くて、軍に入る前はしょっちゅう泥酔した彼女を屋敷まで連れ帰ったものです」
「ちょっとぉ、人を性質の悪い酔っ払いみたいに言わないれよぉ。しかもそんな昔の話」
「そんな昔でもないです。80年くらい前ですよ」
「そんな最近の話らったっけぇ? ゼルウェン、働きすぎでボケたんらよ~」
「そんなことありません」
二人の軽いやりとりをダンカンさんもヴァレンディル少将も笑って聞いていることに、わたしは改めて愕然とする。
80年。
人間にとってそれは、一生に値する時間。中には80年をまっとうしないで死ぬ者もいる。
それを「つい最近」と言ってしまう時間の感覚。
ドワーフは500年~1000年、エルフや竜人は1500年~2000年の時を生きるのだから仕方がない。
劣等種族のわたしは、この人たちとはやはり違うのだと思い知らされる。
斜め前のヴァレンディル少将をちらと見る。この美しい、世界で最も気高い生物とされる竜人の番が、わたしだなんて。
やっぱりますます信じられない、夢物語だ。
そう思って、少し胸がきゅうと痛んだことに自分でも驚いた。




