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13 夕食会②


 竜人の求愛行動はさほど他の種族と変わりはないが、特徴的なことが二つある。



 一つは、番に対する尋常じゃない執着心。どんな状況であっても番から離れがたいという想いの深さは、時に周囲を驚かせるらしい。



 もう一つは、給餌行為きゅうじこういだ。



 給餌行為は食料だけでなく、番のためならなんでも与えたいと思い、実際に与える行為だ。

 宝石や高価な衣装はもちろん、あらゆる品物から家、土地まで、番の望むものはなんでも。



 かつて、番に与えるために隣国の小国一国を攻め取った竜人王もいる。



 その昔話を読んだときはバカバカしい昔話にありがちな誇張だと鼻で笑ったが、今ではその竜人王の気持ちがわかってしまう自分が……怖い。



 目の前のテーブルに並んだ料理の数々を見て美味そうだと思えば思うほど、スカーレットに食べさせてやりたいという欲求がむくむくと涌いてくる。



 白いナプキンを首元にかけてやり、料理を皿の上で丁寧に一口の大きさに切り分け、あの艶やかなチェリーのような口に運んでやりたい。食べ物を咀嚼し、幸せそうにおいしいと呟く顔を見てみたい。


 この料理の数々を作ったのはスカーレットだというのに、だ。



 番を得た途端に表出した竜人のさがに我ながら戸惑っていると、わあ、と歓声が上がった。



「すっごーい! 肉汁が! 肉汁が溢れてる!」


 エリスが食べかけのサラダのフォークを置き、飛び上がってスカーレットの手元に見惚れている。



「スカーレットすごい! 華麗なるナイフ捌き! 今すぐにでも三ツ星レストランのシェフになれるよ~!」

「いえ、単に場数の問題です」



 スカーレットはいつもと変わらない淡々とした様子で大きなトルタンにするするとナイフを入れていく。

 その動きには一切の無駄がなく、まるでショーのようだ。見事な黄金色に焼けたトルタンの丸焼きはあっという間に美しく切り分けられていく。



「綺麗な色だな。こんなに綺麗なトルタンの丸焼きは見たことがない」

 思わず本音がこぼれると、スカーレットが口元をほころばせた。



「ありがとうございます。今日は野外でなくキッチンで作れたので、市場で手に入ったバターを何度も照り付けました。きっと、皮がパリッと香ばしくなるだとうなと思って」



 スカーレットが……笑ってる!

 うれしそうだ!!

 ぐぐぐ……なんという愛らしさだ……!!

 その美味そうに焼けたトルタンの肉を切り分けて、今すぐにでもその可愛らしく微笑んでいる口元に運んでやりたい!!



「ヴァレンディル少将……いや、アル」



 隣のゼルウェンが話しかけてきた。今日は無礼講だと先ほど伝えたのでいつもの調子に戻っている。

 もともと、ルカンと共にゼルウェンとは実家が近所の幼馴染で、家ぐるみの付き合いだから普段はとても気安い。



「なんだ」

 悶絶しそうになる自分をなんとか抑え、手元のパンに手を伸ばした。まだほんのり温かい。



「スカーレットはすごいですね。このサラダも、一見なんの変哲もないグリーンサラダですが、きちんと洗われた野菜はよく水が切ってあってドレッシングがよく馴染んでいるし、このドレッシングがまた絶品です。すりおろした玉ねぎに蜂蜜や胡椒が程よいバランスで混ぜられていて、いくらでも野菜が食べられますね。それからこのアイントプフ。これも普通の家庭料理ですが、このところ軍営の食事ばかりだった身体にはこういうシンプルで丁寧な味が染み入りますね。パンも素晴らしい。彼女の手作りだそうですよ」

「そ、そうか」



 うん、確かに美味い。噛んだ瞬間、バリっと弾ける香ばしい皮、そしてふんわりもっちりとした中身からふわりと小麦の香りが立ち上る最高のバゲット。



 ああ、スカーレットに今すぐ食べさせてやりたい……!



 端からみれば料理の美味さに打ち震えているように見える俺に、申し訳なさそうにゼルウェンが笑んだ。



「やっぱり……これまで軍人の鏡と言われてきたアルでも、番を得るとこんなに変わるものなのですね」

「は?!」

「今日はアルを会議終わりに誘って本当によかった」

「いや、俺はその、もともと様子を見に来るつもりで」

 俺のもごもごした言い訳など完全に無視してゼルウェンはほう、と息を吐く。

「スカーレットは僕にとっては命の恩人ですが、アルにとっては番ですからねえ。僕とダンカンとエリスだけでこの御馳走を食べたなんて後でバレたら、冗談抜きで抹殺されるところでした」

「なっ……俺はそんなことしないぞ!」



 抗議する俺にぬるい微笑みを向けて、ゼルウェンはスカーレットが差し出す皿を受け取る。

 すでに皿を受け取っていたダンカンが、豪快に唸った。



「んんん、美味い! スカーレット、おめえ料理人になれるぜ。さすがこのわしを《《あの爆弾で》》撒いただけあるな!」

「あの時はすみませんでした」



 スカーレットが珍しく困り顔になっているので俺がそわそわしていると、「僕とダンカンを敵の罠から遠ざけるために、彼女は香辛料の入った袋を僕らの騎獣の鼻先に投げたんですよ」とゼルウェンがそっと教えてくれた。

「あの短時間に、そんなことを」



 その判断力と用意周到さは軍人として称賛に値する。

 それが自分の番だと思うと更に誇らしく愛おしい。

 顔が綻んでいるのは、口の中で肉汁と共に弾けて咀嚼されたトルタンが異次元に美味かったからだけではない。



「なんの。言ったろうが、おめえはわしの命の恩人だってな。にしてもよ、この料理の美味さよ。ドワーフの里には料理自慢の店が多いが、こんなに美味いトルタンの丸焼きは初めて食った!」

「ありがとうございます」

「肉は皮がパリッと、中はしっとりと肉汁が溢れてよ、また中の詰め物が最高だ。 これは米か?」

「はい。米と、それからジャガイモと玉ねぎとキャベツ。それから、その黄色いのは――」

「栗だな! あと松の実! ほっくほくで甘い! 米もぷちっと弾ける良い硬さだ。これがよ、肉の旨味とハーブの香りをぞんぶんに吸っていやがる! っかー、こりゃあヴァインが進むぜ!」

「ダンカンさん、たぶん何もなくてもヴァインは進むんですよね? かなりペース早いですけど、大丈夫ですかぁ?」

「エルフの姉ちゃんも意外といけるクチだな! 気に入ったぜ!」



 ヴァインを継ぎ合って盛り上がっているエルフとドワーフを眺めてスカーレットが微笑み、やっと席についた。

 よし! 今だ! この瞬間を待っていたのだ!



「スカーレット。俺が切り分けてやる」



 斜め向かいからスカーレットの皿に、できるだけ平静を装って手を伸ばそうとすると、皿がスッと逃げた。



「いえ、大丈夫です。自分で食べられますよ?」



 怪訝そうに小首を傾げ、スカーレットはナイフとフォークを手に取り、無駄なく且つ美しい所作で食べ始めた。



「え、あ……そうか……」

 俺が……切り分けてあの小さな口に運ぶはずだったのに……に……




「ヴァレンディル少将? もしかして、お口に合いませんでした?」

「え?! いや、違う! ものすごく美味い! うん最高だ!!」

「? そうですか? それなら良かったですが」



 スカーレットは怪訝そうながら、腹が減っているようで満足そうにトルタンを次々に口に運んでいく。ほらぁ、スカーレットも飲んでぇ、とエリスにヴァインをつがれて、少しで大丈夫ですとあわてている様子が反則級に可愛いすぎる。



 ああやっぱり俺が食事を食べさせてやりたかったぁああ!!!



「……まあ、彼女は人間です。少しずつ、竜人の習性について理解を深めてもらいましょう」

 俺のがっくりと落ちた肩をゼルウェンが軽く叩いた。

「さ、飲んでください」

「……そうだな」



 ゼルウェンが俺のグラスにヴァインを注ぐ。そういえば、昔からゼルウェンはヴァインを選ぶのが上手かったことを思い出した。





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