12 夕食会➀
「うん、これでよし」
久しぶりに作ったにしてはよくできたと思う。
レシピはいつも通りだ。
違うのは、調理の場所が野外じゃなくアイランド付きの広々としたキッチンであること、そして豚ではなく鳥を使ったことだ。
戦闘中、食料が足りなくなることはなかったが、野生の獣や魔獣を狩って食すのは遊撃部隊の兵士たちにとって野営の一つの楽しみだった。
特に豚やブタモドキという魔獣の丸焼きは絶品で人気があった。
わたしも好物だ。
大抵の兵士たちは調理を嫌がったので、わたしはしょっちゅう豚やブタモドキの丸焼きを作っていた。
もともと料理は好きなので、まったく苦にならなかった。今では豚の丸焼きは得意料理の一つとなっている。
しかし丸焼き用にするブタは、敷地内の市場には売っていなかった。
そんなわけで、トルタンの丸焼きを作ることになった。
トルタンはどこでも手に入る大型の鳥で、普通はバラして売っているが、敷地内の市場には丸のままが売っていたのだ。
きれいに皮を剥ぎ内臓を取り除いて捌いた豚(今日はトルタン)の中に、スパイスや塩をたっぷりと塗り、ジャガイモや玉ねぎ、キャベツなどの下処理をした野菜と、袋に入れた米や木の実を詰めこむ。
最初は強火で回して焦げ目をつけていき、全体に焦げ目がついてきたら弱火でじっくりと焼いていく。
油を適度に落とすのにコツがいるけれど、今日は最新式のオーブン(素人でも扱える火魔法のパネル付き)で焼くから火加減は簡単らしい。
顔や手が煤で真っ黒になったりはしないけれど、オーブンで焼くのは初めてなのでちょっと緊張する。
「正直、スカーレットが豚の丸焼きを作ろうって言った時はどうしようかと思ったけど」
最初は顔を引きつらせていたエリスも、オーブンから良い匂いがしてくると鼻をクンクンさせてうっとりした。
「お肉の焼ける匂いにハーブとスパイスの匂いが溶けてもう最高! トルタンの丸焼き、あたし大好きなの!」
トルタンの丸焼きはお祝いや特別な時に食べられる御馳走料理だ。
「気にってもらえそうでよかったです。あと、サラダとアイントプフも作りましたよ」
「どうりでいい匂いがすると思ったら! 今の間にそんなに作ったなんてスカーレットったら料理の天才?!」
「いえいえ、そんなことは」
市場で手に入れた新鮮な葉野菜を良く洗ってちぎったものを手作りのドレッシングを和えたグリーンサラダに、トマトベースのスープにジャガイモ、レンズ豆、人参、玉ねぎ、ベーコンを入れたアイントプフ。ごくごく簡単な家庭料理だ。
「すごい美味しそう! いいなあ、こんな料理、あたしもササッと作れるようになりたいな。自炊ってどうしてもうまくいかないのよねえ。あ、でもあたし、お菓子は得意なんだ。ほら!」
フードクーラーの扉をエリスが得意げに開ける。そこには、ガラスの器がずらりと並んでいた。
「わあ、プリンですね!」
「ふっふっふ、あたしの特製プリンはカラメル多めなんだ~」
「いいですね! わたし、カラメル多めの方が好きです!}
多めのカラメルの焦げ茶色が、プリンの黄金色をさらに鮮やかに見せる。
エリスがちょっと器を揺らすとプリンがふるふる揺れた。
これは絶対美味しいやつだ……!
「スカーレットのそんなうれしそうな顔、初めて見た。甘い物、好きなんだ」
「はい、実はとても。でも……わたしはお菓子を作れなくて」
戦場ではお菓子を作っている時間はなかった。
お菓子作りを教えてもらう前に故郷は灰燼に帰した。
わたしの表情を見て何か思ったのか、エリスが気遣わしげにのぞきこんできた。
「もしよかったら、今度作り方教えようか?」
「いいんですか? うれしいです!」
思わず言うと、エリスもうれしそうにわたしの手を取った。
「もちろん! スカーレットはあたしにゴハンを教えてね!」
二人でキッチンで盛り上がっていたその時、玄関のベルが鳴った。
「あたし出てくるね! きっとゼルウェンだと思うし」
「お願いします」
わたしはオーブンの火加減を見つつ、お皿やカトラリーの準備を始めた。
「いらっしゃーい……って、きゃああぁあ! ヴァレンディル少将!!」
玄関からエリスの慌てた声が聞こえてきたので、わたしも急いで玄関へ出てみる。
玄関ホールに、見覚えのあるエルフとドワーフがニコニコと立っていた。
「ゼルウェンさん、ダンカンさん!」
「またお会いできましたね、クライン嬢。今日は引っ越し祝いにお招きいただいてうれしいです」
「よお、嬢ちゃん。あのときは嬢ちゃんのおかげで命拾いができた。今日はゼルウェンに誘われたんで、礼を言いに来たんだ」
ゼルウェンさんとダンカンさんは、それぞれチョコレートの箱とヴァインの瓶を渡してくれる。
「ありがとうございます。あの、よかったら中へどうぞ」
そしてわたしは、玄関の隅で凄まじくムスっとした顔をしている竜人に声をかけた。
「ヴァレンディル少将も。一緒にお夕飯をいかがですか?」
「お、俺もいいのか?」
「もちろんです」
ここで自分の上司だけに帰れとは言えない。
それに引っ越し祝いというならば、ここに住めることになったのはヴァレンディル少将のおかげなのだから。
竜人は凍てついた冬から一気に花開く春の表情へ変わった。
「実はさっきから肉の焼ける美味そうな匂いがたまらんと思っていたんだ!」
「あ、ちょっとあの、ヴァレンディル少将!」
ヴァレンディル少将はわたしの手をぐいぐい引いて食堂へ向かった。




