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10 エリスとお茶をする



「んまあああああ! なんて素敵なんでしょう!!」



 来るなり、エリス事務官はキラキラと顔を輝かせて、リビングをあちこち見て回った。まるで花から花へ移動する愛らしい蝶のようだ。



「このカントリーハウス風の一軒家はどなたが住むのかしらって注目されてたんですよ。さぞ素敵な内装だろうって。思った以上の素敵さです!」

「エリス事務官に喜んでいただけてよかったです」



 わたしが言うと、エリス事務官はわたしの手をしっかり握った。



「もうご近所さんなんですから、エリスって呼んでください!」

「はあ……わかりました、エリス」

「あたしもスカーレットって呼んでも?」

「もちろんです」


 職務の上では先輩にあたる人を名前で呼ぶのは抵抗があるけれど、エリス事務官、もといエリスは親しみやすいので、これもアリかと思う。


 わたしとエリスはリビングのソファで向かい合っていた。キッチンに慣れるためにわたしが淹れた紅茶を、エリスはソーサーごと手に持って上品に口をつける。

 

「ん~美味しい紅茶! スカーレットは勇敢な剣士って聞いているけど、お茶を淹れるのがこんなに上手なんて……ヴァレンディル少将もたまらないギャップ萌えに悶絶よねえ!」

「? ええ、まあ……エリスが美味しいならよかったです」


 曖昧に笑って返す。


 エリスはいつも楽しそうでこちらまで楽しくなるけど、たまにわたしにも理解不能な表現を使ってくる。



 いや、きっとエリスが普通なのだろう。



 わたしくらいの女の子は皆、エリスのようにキラキラして楽しそうで可愛いのだ、きっと。



――かつて、村の姉様たちも、こうやって他愛もない話をしてお茶を飲んで楽しそうにしていたっけ。あの頃のわたしは幼くて、まだあの輪に入れなかったけれど、姉様たちがあの時間を楽しみにしていたことは覚えている。



 今まで周囲は男ばかりで、こういう機会がなかったから。

 遠い昔の、姉様たちの楽しそうな様子を思い出す。

 そうか、女の子って、こんな風に時間を過ごすものなのかもしれない。



 エリスからは仕事以外にも学ぶことが多くてありがたい。


 

「それにしても、やっぱりさすがヴァレンディル少将だわ! 尊すぎる推しへの愛です! 推しっていうか『番』だけど!!」

「どういうことです?」


 エリスはむふふと意味深に笑った。


「だって、このカントリーハウスは二人以上が定員なのよ。一人者はだいたい、どんな階級であってもこの先にあるアパートメントに入るから。スカーレットをここに斡旋したということは……やっぱり通い婚ってやつでしょう?」


 危うく紅茶を噴き出すところだった。


「そんなことは……ごほっ、ないと思いますが!」

「またまたぁ。ここの前の住人も若いエルフの御夫婦だったし、ヴァレンディル少将が入っている上級兵舎のアパートメントもすぐ近くだし。そりゃそうよね、竜人で二百歳なら、『番』を得る時期ですもの。正式に『番』契約が済んでいなくてもできるだけ一緒にいたいっていうかいろんなことをしたいっていうか……きゃーっ、たまりませんわー!!」

「……苦しそうなところを悪いのですが、いろいろとツッコみどころが……ヴァレンディル少将って二百歳なんですか?」


 竜人だというのはわかっていたけど、そんなに生きているとは。


「ええ。竜人の寿命は二千年くらい、二百歳から三百歳くらいで『番』を得るのが一般的よ」


 

 おそるべし竜人。人間の何倍も生きた年齢で結婚適齢期とは。



「『番』って契約するんですか?」

「あたしも詳しくはわからないけど、『逆鱗』という竜人の秘された場所を互いに触れあうことで『番』契約が成立するのだとか。あ、でもスカーレットは人間だから、違う方法だと思うわ。きっとスカーレットの秘された場所をヴァレンディル少将に……ってキャーっ、秘された場所ってなんエッチくて萌え表現だわっ」

「…………なるほど、よくわかりました」


 頭を抱えたわたしを、エリスが覗きこむ。


「大丈夫、何も心配いらないよ! 竜人は『番』を何よりも、自分よりも大事に大事にする生き物なんですって。だからこそ、甘い二人の新生活のためにヴァレンディル少将はこのカントリーハウスを用意されたんだと思うし!」

「そうだとしたら、それは職権濫用というのではないでしょうか……」


 わたしの抗議の呟きはエリスが手を叩いた音に消された。


「そうだ! 歓迎パーティーをしましょう!」

「パーティー?! 駄目です、戦時ですよ?!」

「そんな大げさなものじゃなくて、夕食会みたいなものならどう? 実はね、同じ参謀部のエルフの従兄が、スカーレットに挨拶したいって言ってて」

「わたしに? 人違いでは?」


 ずっと軍の最下層の遊撃部隊に所属していたわたしに、エルフの知り合いなんていない。


「ゼルウェンっていうんだけど……知らない?」

「……あ!」


 あのとき。わたしが斥候に出され、ベヒモスが召喚されたあのとき。

 ドワーフとエルフがわたしを追ってきた。そのエルフが、ゼルウェンと名乗った。



「知ってます。というか、あの方は無事でしたか? ベヒモス召喚の現場近くにいたはずです」

「うん、召喚の衝撃波で飛んできた岩とかは一緒にいたドワーフが粉砕してくれたし、ゼルウェンもシェル魔法が間に合ったから無傷だったって」

「それはよかったです」 

「でも何より、あのとき助かったのはスカーレットのおかげだってゼルウェンは言ってるの。ちょっと刺激的な方法だったけど助かった、って」

「あ、あはは」


 思わず苦笑する。確かに《《刺激的》》だっただろう。


「だから御礼を言いたいって。一緒にお夕飯でもどう?」

「わかりました。では、ここでわたしが何か作りましょう」

「ええ?! 本当?! ここに呼んでくれるの?!」

「はい。食堂も広いですし」


 隣の食堂は小さいけれどマントルピースもあり、長いテーブルに椅子が八脚も並ぶ大きな物だ。三人で夕飯を食べるには十分だろう。


 戦場で彼らが見せてくれた厚意が、あの冷たい戦場でどれほど心強かったことか。

 わたしの方がお礼を言いたいくらいだから。


「パーティーだから持ち寄りにしようよ! あたしも何か作ってくる!」

「では、ここで一緒に作りませんか? 買い出しの場所とかも聞きたいですし、仕事のことも聞きたいですし」

「きゃーっ!! スカーレットって最高!!」

「でも戦時なんで、パーティーっていうのはちょっと……」

「わかってるって。ささやかな夕食会。ね?」



 こうして、わたしたちは食材の買い出しに出かけたのだった。



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