姫ぎみ誕生4~弟橘比売命ここにあり
第12代景行天皇の崩御は神官らの計らいで取り敢えずは終わってみる。
乱暴な性格の小碓尊は皇族子ゆえにと神殿の主を宣言し居座る。
「余は早く即位したもうぞ。我が国を統治せんがため絶対無比なる"天皇"を名乗りたもうぞ」
崩御が終わってただちに神官に即位の儀式を執り行うよう命じていく。
即位を命じられても困惑な神官らである。神殿に仕える神儀・禰儀・野儀の拝礼を執り行う神官たちは皇族子の厳命も容易に受諾できないのである。
天皇即位の儀礼を執り行うために『三種の神器』を取り揃えなくてはならない。
「三種の神器とやらは父上が所有していたのではないか。何を今更バカ騒ぎを立てている。神殿に三種とやらを集めよ。余は近日中に即位をする。
東方も西方も遠征を果俄に拝殿の主となった皇族子は仮にもすぐ即位し天皇であると信じ息は荒い。
神官らに即位儀式に難色を示されると我が儘なもので面白くはないのである。
「神殿の主は倭国(日本)の主であるぞよ。大王なりし我をおざなりに即位を中断すれば如何なるや」
天皇の地位が空位など日本史にあってはならぬのだ。
皇族子たるヤマトタケルは凄い剣幕となった。今にも神官らに向けて腰の劍の束に手を掛けようかとする。
粗暴な振る舞いは今も昔も変わらない。宮殿で武力を執り行えば押さえるべき天皇はもはやいない。
このまま本人の意のままに即位などされた日には乱暴そのままに独裁者たる天さまとなり暴君になりかねない。
統治不安な日本は滅びかねない。神殿に仕える神官らは困ったものだと頭を抱えた。
「先の天さま景行さまは皇室子・小碓尊の即位を望まれたのか。この後に及び些か疑わしい。我々神官に即位否認の権利があらば簡単にこの神殿からつまみ出してみせるものである」
古代の天皇であれど祀り飾りの存在ではなかった。
宮中にて政治をしっかり行ない人身掌握の術に長けてなくてはいけないのである。東西征伐も完成をしてはいない。軍事に明るく兵士をコントロールしなければならない。
そのために宮殿に神官(内閣総理大臣格と大臣閣僚)が集まり日本各地の争い事や揉め事を相談(国会)し押さえていた。
主格神官(=総理)は横暴さに辟易し提案をした。
「どうだろうか。三種の神器が今のところ神殿に集まらないのである。即位などできないと却下されたい」
さらには主格からヤマトタケルに無理難題な試験をつきつけて不合格にしてしまえと提案した。
「あの凶暴さは異常であるぞ。即位できぬ身分である」
ところが神官は即位などさせるつもりはないと知れば(神官を)血祭りに挙げてしまいそうである。
インテリの集団たる神官らはさっそく相談場所をもうけ小碓尊の即位防止を様々に策案である。
よし決まった!
主格(総理大臣)は膝を打つ。我の意見ながら妙案ではないか。
ゴ~ンゴ~ン~
神殿にけたたましき銅鑼の音が鳴り響く。
(主格)神官はヤマトタケルに寄り添い耳打ちをしておく。
「皇室子・小碓尊さまお聞きください。今宵は"即位のための晩餐"を拝殿にて執り行うつもりでございます」
即位?
晩餐会にて即位の儀式!
「我々神官一同は即位の儀式を執り行うため今宵の晩餐をしたきと提案でございます。よろしいでございましょうか」
主格神官のボソボソと耳打ちされた言葉はすべからく"玉虫色"であった。
母が下僕に成り下がるなんて。不謹慎でございます」
古株のお后から神官に苦情である。不平の舌鋒は皇族子の母上というプライドが言わせた。
文句の数々に神官は誰ひとり聞く耳を持たない。
「だから我々は申したではないか。不平不満なお后は(神殿から)ご辞退をお願い致したい。皇族子を産んだソナタは確か(天皇のご寵愛から)数年遠ざかりではなかったか。古株はもはや神殿には不要であるぞよ」
寵愛を受けていないのは数年どころか何10年も数えてしまう。
古株の后は真っ赤な顔をし泣き崩れた。女としての色気も失せ高齢の身となり神殿を追い出されては生活ができない。
まして今から普通の結婚を望むことは難題である。
ビジネスライクに神官は次々とお后らに解雇を言い渡す。
元・お妃さまの面々はご辞退願いたい。
思えば后連中は全員が全員宮中で我が儘放題やりたい放題であった。
宮中の戒律取り決めを無視して神官らをずいぶんと悩ませた。
宮中から解雇に泣き叫ぶお妃。誰一人として下僕になったとしても残りますとは言わない。
側室の弟橘比売命も例外なく解雇の口である。天皇の晩年に寵愛を受けた后の身分でも下僕になりなさいである。
弟橘比売命にもプライドがある。花よ蝶よとチヤホヤとされた日から一気に下僕や臣下に叩き落とされてはたまらない。
「寵愛を受けられないのですか。なら元の身に戻りたいわ。私は岩手の小さな幼稚園の新米教諭なの。お願いだから先生に戻して欲しいの」
このおすべらかしの姫から現代の女の子に戻してもらえたら嬉しい。
可愛い園児と御遊戯が出来る。また素敵な男性と恋愛が出来る。
そう考えると弟橘比売命は居ても立ってもいられずである。
近くにいる神官に誰かれとなく尋ねた。
古代日本で物識りでインテリアなのは神官である。
知識人ならば弟橘比売命程度の小娘からの質問に答えられるはずである。
「神官さま教えてください。神殿で一番の物識りでございますわね。なんでも御存知でございますわね。私は元の身に戻りたいと思います」
いきなり尋ねた神官は不快である。じろじろと后の側室の弟橘比売命を眺める。
古代では可愛い姿の弟橘比売命である。だが神官からするとお后たる我が儘な連中は"内敵"であり排除すべき存在である。
寵愛を最後に受けていた弟橘比売命も完全に解雇のはずである。
ぐだぐだとした后からの質問も何もないのである。一刻も早く穢らわしい女どもは神殿からつまみ出して清々したい。
神官は面倒臭いだけ思い姫をツラツラ睨みつけるだけである。
弟橘比売命はそんな不遜な神官には構わずである。
「私は現代からやって来ました。元の姿になりたいです。可愛い幼稚園児の教諭をしておりました。そこに並ぶ臣下の姿は元来男児たちでございます。侍従らは女児」
真剣な眼差しで質問を繰り返す弟橘比売命。
姿は古代の姫であるが心は幼稚園の教諭になっていく。
邪険に側室を扱いたい神官はすがり付く姿勢をうっとうしいと思う。じっくり軽蔑をした目で弟橘比売命を眺めた。
現代から古代の"景行天皇"の世界に来たと姫は"からかい"を申している。
「ほほぉ~かようでございますか。姫さまは現代から景行の世にお越しされていたのでございますか」
軽蔑をする神官である。冷たく笑いまともに弟橘比売命を相手にしない。
后などになる女どもは一様にエリート神官から見たら軽蔑すべき存在である。
その場で腕を組み神官はいかにも考え悩みの姿を見せつけるだけである。
弟橘比売命は神官からの答えを待つ。インテリ神官ならばなんとか現代へ戻る方法を探っていただけると一鏤の望みを託す。
なにも考えない神官は真剣な顔つきな弟橘比売命を冷たく見る。
ハタッと考えが思いつく。
どうせ神殿から追い出される女だ…
神官は真面目な顔をして申しあげた。
弟橘比売命どの。ソナタは歌や舞いが得意であったな。では今宵の晩餐で舞いを披露していただく。(園児の化けた)臣下のものどもは歌謡や舞いの振り付けで踊ってもらう。
しからば…
晩餐の舞いをうまく踊り切れば。ごちゃごちゃ申す現代とやらに戻して差し上げよう。
神官は根も葉もなき作り話を嫌々そうに話した。
「さようでございますか!私は現代に戻ればなにも他に望みませぬ」
園児の臣下と侍従を集めると舞いのリハーサルを始める。
晩餐は酣となる。お妃らは半旗を翻し面白くもなんともない"最後の晩餐会"なれど。
神殿の中に銅鑼がゴ~ンゴ~ンと鳴り響くのである。
だが晩餐のもてなしは景行天皇の在命とはガラッとかわる。
晩餐の中心に新たなる主として小碓尊が天皇として座るのであろうか。
いや違う!
神官は天皇が座るべき高き主席を"空"として晩餐を取り決めている。
ヤマトタケルは主席に座れぬことを怒る。
「貴様らは何も知らぬのか。余は皇族子なるぞ。世嗣ぎたるは天皇なるぞ。拝殿の主は余であるぞ」
怒髪天を衝くヤマトタケルであった。
主席神官は怒りに任せて怒鳴り散らす赤ら顔の皇室子をニヤニヤと見た。
この程度の駄々っ子なら簡単に説き伏せてみせる。インテリ主席神官は怖れもなくである。
余裕を持って荒れ狂う野獣を囲い込み近くに寄る。
怒りに任せカッカッしている皇室子は劍の束に手を掛けようかである。
単細胞はやることなすことが決まっている。
「皇室子さま如何されましたか。晩餐の会食は楽しみを持ちあわせなくてはなりませぬぞ。さあ(末席に)お座りください」
主席神官に小碓尊は"皇室子"と呼ばれて不快である。
幾多かの子(内外に100人)がある艶福家の景行天皇である。その数のため神殿では"皇室子"と皇太子らを敢えてヤユしている。
小碓尊としては長兄と共に生まれた順番はトップである。他の妾腹なる異母兄弟などと一緒にされたとなればプライドが赦さない。
主席神官からその他大勢の中のひとりに過ぎない軽い扱いが皇族子である。
大した知恵もなき乱暴者である存在。宮中の人間に鼻つまみ扱いのヤマトタケルに喧嘩売る形となった。
「なんだとぉ。天皇になる余を邪険にする気か。非礼を知れ」
むげに末席に行けと言われて侮辱感である。
たちどころ単細胞は束に手を掛けた。
宮中では脇に劍の携えは禁止であり謀反扱いは常識である。
主席神官はハッハハと笑い出す。
なんと単純でバカな男なのだ。
ちょっとカマを掛けたら一発で挑発に乗る。
頭をいかに使って生きていないかの証拠。
まったくもって愚の骨頂である。
神官を睨みつけ怒鳴る。
「キサマは余をなんと心得るものぞ。余は天皇なるぞ。キサマは不敬なる者ぞ。成敗してくれよう」
劍の束に当てた手がギュっと抜き出す瞬間が来る。
神官はムッとして小碓尊を睨みつける。
高等教育を受け主席神官を務める身分からみたら"バカにつける薬はない"である。
「小碓尊さま。(まずは末席に)ついてくださいな。今宵の晩餐の主賓はなきでございます。では主賓なきままで四方丸く収めることはございません」
神官は理屈をあれこれコネクリ出した。
「晩餐会は私ら神官の深い考えがございます。劍を収めになり席にお着きくださいませ」
神官は冷静沈着な態度にて狼藉者を諭す。
いくらヤマトタケルが"日本武尊"という名に負けぬ獰猛な武者であろうともなかろうとも。
数に勝る宮中警護の兵士に敵いはしない。
バカな男め。宮中で劍を抜き暴れるものなら暴れてみよ。即刻打ち首にしてくれようぞ。お前程度の皇室子ならばいくらでも補充が効く。
神官の睨みに怖じけたのか小碓尊はニジリ寄られ末席につく。心中は穏やかならぬ腸が煮えたぎる。
拝殿に銅鑼のゴンゴンが鳴り響き晩餐は中断から再開である。
拝殿の間に光り耀く主賓の高き空席。絢爛豪華な座席はぽかんと気の抜けた光りばかりである。
主席神官は銅鑼の音が鳴りやむと拝殿の間に立ちよく通る声を張り上げた。
「今宵は景行天皇陛下の崩御と亡骸を哀悼したいと思います」
警護の臣下らは一斉に喪に服しますと胸に手をあてた。
「宮中は常ならぬ哀しみと(天皇の)安らかな旅立ちを念じたいものでございます。今宵は華やかな晩餐を催し崩御された天皇を敬いたいと存じます」
神官の挨拶が終わると拝殿に舞台がせりあがる。晩餐の後半を盛り上げる歌や舞踏の芸能が始まる。
拝殿に遠い末席に鎮座させられたヤマトタケルは面白くない。顔はふて腐れて座っていた。
「おのれ神官め。俺が即位をしたら真っ先にキサマを打ち首にしてやる」
怨あり。
怒あり。
ツラミあり。
楽しさが溢れているはずの晩餐に嫌気のみが差す有り様である。
舞台での華やかな芸能が一段落つく。神官らはそろそろ晩餐を逐えて審議を持ち上げようかと鳩首会議であった。
「よくご覧ください。小碓の野郎がふて腐れていますな。このまま晩餐会で劍を抜き暴れてくれたら簡単に成敗されてよかろうにでございますな」
どうにも神官らに暴れん坊は評判芳しくない。
舞踏の華やかな舞台が引ける。主賓神官はパンパンと手を打ち芸能を止めた。
「宴の席は最高の盛り上がりでございます。申し訳ないでございますが、この場にて一旦晩餐は中止にさせていただきます」
主席神官が晩餐を止めなければ次の芸能演舞に弟橘比売命と園児の臣下らであった。
弟橘比売命の妖艶な歌謡と園児らの舞いに披露寸前で待ったがかかる。
主席神官は拝殿をぐるりとまわり臣下らを眺める。晩餐のテーブルをゆっくりと見渡す。
視線は嫌でも末席に届く。
天敵ヤマトタケルと火花がバチバチと散る。主席神官を憎しみの目煮えたぎる目でキッと睨みつけていた。
まるで野獣だった。
「おおっこれはこれは皇室子さまではござらぬか」
主席神官は睨みを逆手に取る。柔和な態度を改め声を高め怒りを煽るのである。
拝殿の間に空けてある主賓の高き席。いつまでも空席にしてはおけない。ついてはこの場に仕えし約100人なる天皇の遺児たるは皇室子の面々に尽力をしていただき"天皇に即位"をしていただきたい。
皇室子に尽力してもらう?
ヤマトタケルは我が耳を疑いである。天皇に即位するのは小碓尊の我が身である。
父親の景行天皇に愛され跡継ぎだと言われて育てられた自負がある。
「オノレ神官め。どこまで余を侮辱すれば気が済むというのだ。もはや生かしてはおけぬ」
神官はシャッキとした姿勢を保つ。威厳を高めつつ言葉を選ぶ。
天皇への即位は皇室子らの中から選ぶことにする。
その即位のために試練を与えたい。
主席神官がこれはっと相応しい人材を選びたい。人選が決まれば即位をしてもらう。
幾多かに晩餐にいる皇族子。この発言に驚きであった。
いや皇族子ばかりではない。宮中のお后連中もである。
我が子が間違って天皇に即位をすることになれば大変な名誉である。
下僕の身分にならずお妃のまま安泰な老後は魅力である。
「さあさあ話の要旨はわかりましたな。では即位のための試練を伝えましょう」
主席神官はニヤリである。
普段からうじゃうじゃいる皇子らは宮中にて厄介な存在であった。
この試練で悉くお妃共々"退治"をしてしまいたいと神官は願っていた。
神殿の晩餐会。ぐるりとみた末席。そこに(怒りから)湯気をモウモウと立てヤマトタケルがいた。
ハッハハ我が儘な男め。哀れな程にふて腐れておるわ。
怒れ怒れっ。
もっと怒れ。
自分こそは即位だっ天皇だなどと安易に思い込みをして。
単純な奴だ。
神官はヤマトタケルだけは即位させたくない気概である。
ゆえに押しつけられる難問しだいで(即位できるどころか)奈落の底に突き落とされてしまいかねなかった。
天皇即位の試練(試験)とは何か。ヤマトタケルにはどだい無理なる難問であるのか。
拝殿の間からオモムロに巻物を取り寄せる。主席神官は一礼をするとゆっくり読み上げる。
「皇室子の皆様よくお聞きください。一度しか読み上げません」
お后連中は明日の身分が懸かっている。目をギラギラとさせ聞き入る。
息子がかような即位試練に合格をすれば宮中にとどまる。神殿から追い出されて母と子が路頭に迷うことはない。
即位されし者は勇気ありし者に限り赦すべきである。
東西(異民族の)征伐をおこなえる者。
ただ勇猛にて矢鱈に暴君なりし者は却下されたし。臣下の気持ちを推しはかり棟梁としての力量を示すさねば資格なし。
端的に言えばヤマトタケルは該当しないのである。
晩餐会はざわめいた。
お后連中としては息子は大丈夫であろうか。神官の試練を我が息子はクリアできるのかと心配をする。
ゴンゴン~
けたたましい銅鑼が宮中いっぱいに鳴り響く。
中断された歌や舞踊の幕があがる。
末席に居座るヤマトタケル。神官の宣言した東西(異民族の)征伐をおこなえる者の一言が気になる。
ただ勇猛にて矢鱈に暴君なりし者は却下し。臣下の気持ちを推しはかり棟梁としての力量を示すこと。
ヤマトタケルはフフンっと一笑にふした。
バカらしい話だ。
実にバカらしい。
宮中を牛じる(インテリ下僕の精鋭たる)神官のくせに大したことはないじゃあないか。
所詮この世というのは勝てば官軍なのさ。
(神官は)余を失脚させたいだけなのさ。ならば目に物を見せてやろう。オノレ神官ごときに負けてたまるか。
燭台にある炎をジッと見つめる。
居合いと供に劍を抜きサッと蝋燭を切り捨てた。
ゴ~ンゴ~ンの銅鑼が鳴り響く。
晩餐の歌と舞踊の芸能がそこにあった。
舞台に弟橘比売命と臣下が現れた。むさ苦しい武者どもは園児の変化である。かわいい女性の列は侍従の女児。
華やかな舞台など眼中にないヤマトタケル。じっくりと腕組みをしいかにして天敵なる神官をギャフンと言わせるか策を練る。
弟橘比売命は弟橘比売命で懸命に舞踊を務める。
神官から言い含められ一生懸命にである。
「この私たちの歌謡を皇族子の方に気に入ってもらえたら」
神官は弟橘比売命に耳打ちをしていた。
"舞が好評ならば現代に戻れますぞ"
「臣下や侍従が元の園児に戻り楽しい幼稚園で御遊戯できるの。私も園の教諭に戻りたい。失敗ばかりの新米先生になって楽しくやりたい」
きらびやかな衣裳に身を包み弟橘比売命は真剣に舞いを披露した。
園児の臣下も侍従も同様に勇猛な舞いにかわいい女性を見せていた。
弟橘比売命の第1幕が終わった。晩餐の席や観衆らからどことなく拍手がわきあがる。
素晴らしい舞いであった。
「なかなかやるじゃあないか」
そしてなかなか鳴り止まぬのはどうしたことか」
晩餐を盛り上げて華やかさを彩るその舞台を見た。
しげしげと興味もなさそうに眺めてみる。
舞台には拍手する観衆に感謝の意を表す可愛いい美女の弟橘比売命がいた。
「あの女は確か」
景行天皇の寵愛を最後に受けていた姫ではないか。チラッではあるが可愛く聡明な女という印象が残っている。
弟橘比売命は気をよくして第2幕を踊り始める。
華麗にして優雅な舞いを披露していく。第1幕は緊張して無我夢中な舞いだったが今は落ち着き払う。
舞いの衣裳にきらびやかな琥珀が着飾られた。華麗な舞いに備わった琥珀の装飾品。
見事なものである。
晩餐は魅了されるものとなりゾロゾロと神殿の臣下たちは舞台の前に集まる。
晩餐の警護をしなければならぬ臣下は職場放棄である。
「なんと魅力的な舞いなんだろう。舞台の中にかわいい華が一輪咲いているようだ。衣裳もキラキラと光輝き目映い。後ろにある臣下たちの舞いもラインダンスの侍従の女も見事な脇役だ。姫の名前はなんと言うのか」
瞬く間に弟橘比売命は有名となり宮中で名を知られていく。
「弟橘比売命なのか。寵愛を最後に受けていた姫なのか」
臣下たちに弟橘比売命が知れ渡る。美しく華麗に踊り歌う姫は晩餐の主役となった。
舞台が華やかになると晩餐の末席ヤマトタケルもお尻のあたりがモゾモゾとしてくる。
舞踊などの芸能はくだらぬとソッポを向いて拗ねていた。
が今は違う。
「なんときらびやかな舞踊だ。舞い姫は名前を弟橘比売命というのか。と言うと大碓命が惚れた女か。かように魅力のある姫であったのか」
末席から立ちあがると少し顔を隠した。舞踊の様子を観衆らの賑わいに紛れ見たくなる。
暴れん坊で粗暴な男は弟橘比売命に一目惚れをしてしまう。
観劇をする臣下の列の隙間から弟橘比売命を見ようかとする。
より近くで見る姫の舞いは素晴らしいものだった。
「弟橘比売命か。あの姫の舞いは見事の一言であるぞ。観衆を魅了してやまない」
芸能を舞う弟橘比売命は意地悪な神官の"言葉を信じて"舞いを踊る。
「私が園児と見事な芸能を舞踊を披露したら」
神官は神通力を持って現代に戻してくれる。
弟橘比売命の華麗な舞いは第2幕を閉じる。
観衆の臣下たちは魅了をされ惜しみない拍手を送った。
「素晴らしい。あの舞い姫は可愛いだけでなく舞いのしぐさひとつひとつに艶やがある」
評判は第1幕より第2幕である。
「(園児たちの)臣下や侍従らの脇役もしっかり弟橘比売命の舞いを盛り上げてくれている。見事な演舞である。華麗に彩られた舞いとしか言いようがない。宮中の芸能は舞いというものはかように素晴らしいものであったのか」
臣下たちは顔を綻ばしては弟橘比売命の舞いの余韻に浸る。
好評な弟橘比売命の第2幕が終わる。
主席神官が再び晩餐の席に現れた。
「弟橘比売命の舞いは素晴らしいですな。つい私も見とれてしまいました。いけませんな(私は)仕事の最中でした」
神官は手元に巻き紙を持ち朗々と読み上げる。
これにて即位試練の最終章を申し上げまする。
晩餐の華やいだ雰囲気は一掃された。弟橘比売命の舞いの華やかさはどこへやらである。
皇族子と后は緊張して神官の申し出を聞く。
ヤマトタケルも弟橘比売命の舞台袖にひっそりと身を隠し聞き耳を立てた。
「この神官が余の即位を阻むものだ。何が即位の試練なのだ。チャンチャラおかしいぞ」
舞台の袖にある弟橘比売命と(園児の)臣下らは心配そうに見つめ合う。
芸能の舞いは熱演で第2幕までを披露していた。これほど熱を入れ歌い踊りの舞いをしても現代には帰れないのはなぜか。
園児の臣下の中に神官の言葉に疑念を抱く聡い者もポツポツ現れた。
「姫は騙されているのではござらぬか。その神官という者は軽く信じてもよいのであろうか」
元は園児の臣下。弟橘比売命は園の先生の立場になると園児は信じてしまいたい。
「神官さまがデタラメを言うのですか。私たちは現代に戻してはいただけないのですか」
舞台の袖で神官に対して愚痴を溢してしまう。
弟橘比売命の一言を聞きつけたのがヤマトタケルであった。
「神官が"デタラメを言うだと"。なんのことだろう」
芸能舞台の裏側を覗き声の主をチラッと見たくなる。
幕合いをつまみチラッと盗み見である。
きらびやかな衣裳に身を包む姫であった。
「声の主は弟橘比売命である。なんだろう。神官に騙されたとか。現代に戻して欲しいだとか」
芸能の舞いをする姫が神官を批難とはどういうわけか。
現代とはなんだろう。
この世は古代であり景行天皇の時代であるとは。
ヤマトタケルは顔を隠しこっそりと舞台袖の中へ潜り込む。いきなり小碓尊の顔を出すと双子の大碓命と間違って姫に悲鳴を出されかねない。
そうとは知らず園児の臣下に神官なら現代へ戻してもらえると強調していた。
そこにヤマトタケルが顔を隠して潜む。
晩餐の中座は主席神官の最後の忠告であった。
「重ねて申し上げます。武勇に秀でる者、臣下に慕われ大君に相応しき人物を(天皇に)即位してもらいます」
晩餐の中座は神官の繰り返し述べる試練(試験)の内容である。
聞けば聞くほどに難題で困ったものである。
神官は最後の巻き紙を読み上げるとニヤリとした。これにて大役のお役目は終わったという安堵感であった。
神官が晩餐から退座をすると舞台では第3幕が始まる。
第3幕がサアッ~と開く。
観衆から拍手が巻きあがる。舞台の真ん中にいる主役弟橘比売命はお姫さま役ではなく勇壮な武勇美剣士で登場した。
たおやかな美女のイメージからガラリと変化し男勝りな美剣士役である。
観衆はホホォ~と一様に感心する。舞踊も第3幕ともなると趣きを変え品を変えてとなるのかと弟橘比売命の芸能の深さに天晴れとなった。
美剣士は腰に劍を携えていた。剣舞のため腰に携えているのは当然である。
美剣士の周りで剣の舞いを披露する(園児の)臣下。
美剣士・弟橘比売命の劍がスクッと抜かれキラリと光る。
臣下も腰から劍をシャキッと抜き出す。
月下の美剣士に続き全員がきれいに揃い天に突き上げ雄叫びを上げる。
その勇猛さは戦場の一場面を彷彿させるものであった。
第3幕の円舞は鬼気迫るものがあった。弟橘比売命と園児たちだけでない。舞台にひとりの背の高い若者が参加していた。
若者は顔をお面で隠して頑なな秘密剣士を演じている。しかし剣の扱いは見事なものでその場で生き物のごとく振る舞いである。
舞台は美剣士と勇猛果敢な野武士姿のお面のヤマトタケルの二大看板になる。次第に山場を迎えることになり観衆は背の高い男と美女なる姫に拍手である。
舞台上は美剣士とお面剣士の決闘の場面となる。二人は臣下を背後に従え左右に勇ましく分かれる。
きれいに並ぶ臣下と侍従は光りを放つ劍を高く掲げてみる。
総勢が剣を立てると圧巻だった。
舞台中央にあるは上段の構えのヤマトタケルである。
優しそうに下段に剣を構えさも女性らしさを強調をする美剣士。
観衆は剣舞の対決を山場として期待する。緊張の一瞬に目を見張る。
今まさに劍舞最大の見せ場である。
勇者は美剣士になるのか。
対決の勝者はいずれになるのか。
ええっ~い!
美剣士も剣士も劍を振り上げた。勢いよく舞台中央に飛び込んでいく。刄から一瞬の輝きが放たれると劍と劍がカチンっと音を立てた。
観衆の臣下はどうなるかと固唾を呑みハラハラドキドキである。
息の詰まるような剣舞に魅了された観衆の中に神官もいた。
「こんな絢爛豪華な剣舞を見るのは始めてだ。剣舞ではなく決闘そのものではないか」
ふたりが手にする剣。真剣である。
「美剣士の弟橘比売命は優雅に劍を構えて鋭く斬り込む。とても女とは思えぬ剣術だ」
さて?
神官は首をかしげる。美剣士は寵愛を受けた弟橘比売命だ。
ならば敵方の剣士は誰が役をしているのだ。神官はとんと想像がつかなかった。
舞台の剣舞が続く。
ヤマトタケルは俄然劍を華麗に振り回していく。芸能ゆえに観衆を楽しませるため劍を繰り出し美剣士たる弟橘比売命を舞台狭しと追い詰める。
弟橘比売命はヤマトタケルの劍を受けニジリニジリと舞台の幕間の袖下に後退してしまう。
優雅な剣舞はいよいよクライマックスを迎え入れようとする。
「もはやこれまで。我が太刀を心して受けよ」
美剣士は勢いに負け剣の勢いに押される。片膝をガクッとつくと最後の抵抗を試みる。
あっあ~
もはやこれまで。美剣士は華麗にして剣舞をするも今や犠牲にならんとする。
ピシュ!
美剣士に立ち向かうべき剣はその場に立てられた。
次の瞬間にタケルの手は懐にあり小刀がピュア~な光りを放つ!
ウグッ
いやはや剣術に長けるのは粗暴なる皇族子はヤマトタケルである。
かの人物は偉大であった。
これを見た警護臣下はお面の男はかなりの達者である。簡単には成敗できずと白旗を掲げる。
「コヤツはもしかしたら」
タケルではないか。剣の捌きが際立っている。
主席神官は一瞬にしてギクッとなる。タケルならばあれくらいに暴れることは承知の上ではある。
「お面は皇族子のタケルかっ!神官を殺るとは狼藉であるぞ」
主席は警護神官にタケルを成敗せよっと命をくだす。
だが武運に長けた武将タケルである。
臣下などコロコロと剣先でかわされ斬られてしまう。
「勘弁してください。参りました。もう我々は歯向かいはいたしません」
いとも簡単に降参を見せる。
武力は異常にあり誰が来ても勝てることはない。
「よろしかったでございますわね」
弟橘比売命の祝いの言葉に"御意である"と頷く。
姫とふたり剣舞の芸能で狼藉の機会を伺っていたのだ。
即位に反対する神官を武力にてねじ伏せたタケルは意気揚々である。
その時である。
ヤマトタケルの背後から白旗を掲げたはずの神官が劍を高く持ちあげた。
斬りかかろうかとする。背後ゆえに気がつかない。
あっ危ない!
神官と目が合った弟橘比売命は体を入れかえ身代わりとなった。
グサッ
鋭き剣は豊満な乳房に深く突き刺さる。
次の瞬間に胸の琥珀は揺れた。
斬られてしまいハラッと倒れる姫である。
息も絶え絶えにか弱き姫を周りを園児が囲む。
タケルは姫っ!姫っ!と声をあげた。
「しっかりするんだ。傷は浅いぞ。気を持つんだ」
おい!おい!
頬をひとつふたつぶってみる。
パチン
パチン
すると俄に舞台周辺から煙りがあがる。
ポワ~ン
ポワン
舞台の飾りはそこにはなかった。
周りの景色は現代になり幼稚園の遊び場になっていた。
心配そうに園長先生が歩み寄る。
ポワンとする園児たち。
大丈夫ですか
砂場には気を失った姫っがいた。
園長の呼び掛けにハッと目覚める。
"大丈夫ですか"
"気を失っていらっしゃるわ"
頭の中で目まぐるしく古代と現代が交錯して止まない。
うっすらと目を開けてみる。
頭の下に幼稚園の砂場があるとわかってくる。
視界の中に年長組の園児たちがひとりふたりと入ってくる。
園児の顔と名前を確かめるてホッと一安心である。
"先生っ先生"
「まったく長い遠足でございましたね」
懐かしい園長先生の顔が最後に見えた。