姫ぎみ誕生3~弟橘比売命との出逢い
第12代景行天皇に関する文献
『日本古事記』
『日本書記』
『その他古文書』
第12代景行天皇の功績が仔細に描かれている。
第12代景行天皇は齢120歳まで生きている。
現実離れした描かれ方であるため想像上の人物の可能性が高い。
天皇陵は奈良県山辺の道(天理~桜井)。
有名なのは日本武尊の父であること。
『古事記』では景行天皇にいくらかの数の后がいて子供がジャスト100人(内に48人。外に52人)。よく数えたものである。
神話で人気の日本武尊は双子の兄弟。
大碓命(兄)
小碓尊(弟=日本武尊)
双子で次男である。
(諸説では三つ子とも言われている)
おっとりした長男大碓は父親の命に従い大人しい性格だった。
次男小碓は反対にソコツもので乱暴。父親の景行天皇にその狂暴性は恐れられた存在である。
父親の第12代景行天皇は穢れを知らぬお坊ちゃん育ち。皇族に生まれ皇太子となり苦しみもなにもなく育て上げられている。
「オホホ。柔ら肌じゃのう。もっと近くでよく見せて欲しい」
衣食住足りて都も安泰。天皇の為すべきことは后をはべらかせ夜伽をすること。
たおやかな天皇のしぐさに弟橘比売命は我を忘れる。
天皇の愛撫をそのまま受け入れ寵愛されてしまう。
「弟橘比売命は余の女になりしものぞ」
幾らでも好き勝手に女に手をつける天皇さま。
(正室の)后が神殿に宮中にいるというのに。
はたまたそこらここらに側室が数多に侍るというのに。
際限のない天皇である。
弟橘比売命が天皇の寵愛を受け側室になったことを後日に知ったのは双子の大碓命と小碓尊。
きらびやかな美女として弟橘比売命の存在は宮中で話題となり出先にいる双子にも伝えられる。
「何っ!本当か。父上が寵愛する姫は(秀目美女)だとな。名を弟橘比売命と言うのか」
宮中にいくらでもいる側室の中でも一際目立つ美女であることを知るのである。
美女の弟橘比売命の噂を耳にした兄(大碓命)は征伐遠征の途中であった。平気で早馬を飛ばし宮中に戻ってくる。
異民族征伐戦の功名より己れが貰う"后"が気になる。
弟・小碓尊(=ヤマトタケル)は強敵なる東方民族征伐に余念がない。
宮中の最大なる武力を駆使しても東方は強敵ゆえなんとも成敗されぬ。
武功が歯痒く必然的にイライラが募る。
「兄が(征伐途中で宮中に)戻っただとぉ。兄上に何かあったのか。敵矢に突かれたのか。剣に折れ負傷したか」
それとも兄の征伐する民族は簡単に降参した弱い族なのか。
小碓尊は父上の厳命で東方征伐の剣を振るうのである。この異民族を成敗し領地化してしまわねば宮中には武功高き英雄として帰ることはできない。
「兄上は成敗をしたのか」
武運に任せて勝ち戦となりなのか。
小碓尊は勇敢な兵士を従え闘う最中である。宮中より早馬の使者が来る。
「(天皇様より)伝達がございます。東方征伐は一旦途絶えよ。宮中に帰せよでございます」
景行天皇の伝達は小碓尊の東方征伐があまりに手間取ることだった。
いくら強敵ゆえ征伐に苦労するとしてもイライラを募らせてしまうらしい。
伝達に納得しかねない小碓尊である。武運高き今こそ一気呵成に打ちのめしてしまいたい。
「父上の命令では致し方がない。東方征伐は中止だ。悔しいが一旦は引き揚げだ」
馬に乗ると小碓尊はピシャと鞭を打った。心中は穏やかならずである。勇猛果敢な武将に従う臣下兵も重苦しい表情である。
早馬で宮中(神殿)に帰る。
ゴ~ンゴ~ン
臣下が激しく銅鑼を打ち鳴らす。
「おおっ帰ったか」
父上景行天皇が戦より戻る息子を出迎えてくれた。
景行天皇の両の脇や背後に美しい姫がいた。姫のひとりが弟橘比売命である。天皇の背後に座り優しく微笑みである。
「我が息子よ。よく帰って来たものよ。さあさあ今宵は晩餐会をもうけようぞ」
天皇には征伐の生臭い血の匂いは似合わない。あるのはのんびりとした宮中の雅やかな生活と側室である。
久しぶりに見る自慢の息子に天皇は機嫌がよかった。
側室の弟橘比売命もそれはそれで気が休まるところである。
側室にいることは大変なことである。ともすると気紛れな天皇の寵愛を常に受けるため努力をしなければならない。
宮中にある数々のお妃ら同等のライバルに優る美貌を誇示しなくてはならない。
美貌を保つために女としての努力は惜しまない。
それとは別に…
一足早く現れた皇族子・大碓命が問題である。
弟橘比売命の美貌を聞きつけるが早いか宮中の至るところでちょっかいを出してきた。
父が父なら子も子である。
側室とは言えお妃の身分は天皇のお手つきなる弟橘比売命ではないか。
この狼藉ぶりは驚くばかりである。
「皇族子さま。お悪戯けはおやめください。宮中でございます」
手を掴み嫌がる姫を見てもいっさい構わず。幼い時から叱られたことがない悪童ぶり。
宮中にては弟橘比売命の姿を探しては言い寄る。
弟橘比売命に隙あらば平気で抱きついてくるので気持ちが悪い。
なんとか会わぬようにと遠くにと逃げ回る。
世間知らずな息子の皇族子・大碓命。いかようにも女につきまとうことは強引であった。
「余は姫ぎみが好きであるぞ。父上に頼み申す。余のお妃は弟橘比売命としてもらう。よいな姫。余の后になれば皇后になるんだぞ。余は皇族子なるぞ」
勢いから親子でお妃にされそうである。
父親の景行天皇には皇族子の狼藉ぶりは何も知らされてはいない。
仔細な問題があれども大碓命にしろ小碓尊にしろ宮中に留まることは少ないのである。常に鎧兜に身を纏い東西異民族征伐に明け暮れていた。
ゆえに子煩悩な天皇は日本統一のために活躍する息子は武力行使し異民族征伐支配を敢行しているとしか見えなかった。
完全統治は気長に待てばいずれの日にか成し遂げると第12代景行天皇は極めて楽観である。
お気楽な天皇は拝殿の間に威厳である。その脇に神々しき美少女・弟橘比売命がお后として座る。
今のところ飽きることもなく(?)天皇の寵愛を美女たる姫として受けていた。
天皇の脇横からチラリッと皇族子・小碓尊(=ヤマトタケル)を弟橘比売命は見た。双子の次兄。
弟帝の武勇伝は宮中のお妃や下女からと何んやから噂であった。
チラリッと横顔であるが気になる存在は存在である。
皇族子の帰還祝い宮中の晩餐会は調えられた。神殿の拝殿には臣下がずらりと取り囲み物々しい警戒ぶりである。
食卓に様々な料理が運ばれる。芳ばしい香りのする肉や海から採れたばかりの魚や魚介類が並び出す。
神殿警護する臣下は腹がグウグウ鳴り我慢ができない。
天皇の高座席を中心とし周りをお妃連中がずらりと並びだした。
寵愛を受けて来たお妃の歴史を順番に見せつけていく。
この総勢に弟橘比売命も驚く。同じ宮中にいながらこれだけの人数のお妃や側室がいるとなると腰が抜ける。
ゴ~ンゴ~ン
銅鑼の高き鳴り響きが聞かれる。
荘厳な雰囲気に囲まれ天皇が晩餐に現れた。神殿の警護は言うに及ばず出席者全員が最敬礼をする。
筆頭席に陣取る長男大碓命も次兄小碓尊も父上に頭を下げた。
けたたましい銅鑼の音が終わる。うって代わって宮中音楽が演奏される。
晩餐での天皇は終始笑顔である。征伐に明け暮れた最愛なる息子たちに会えた喜びである。
「大碓命も小碓尊も勇ましき大将になったものだ。今宵の余は嬉しい限りぞ」
たまに謁見をする父上に褒められた息子たち。宮中音楽の優雅さに恐縮する。
晩餐も酣となる頃である。皇族子・大碓命は自ら席を設け歌を唄い舞を舞うのである。芸能に長けた才能があった。
舞を披露して大碓命は晩餐を盛り上げていく。するとスクッと背を伸ばし上座の天皇に一礼した。
「父上殿。私は(父上に)申し上げたいことがございます」
なにやら畏まる。晩餐会の盛り上げをさらに敢行するのであろうか。
偉大な天皇に対顔する長兄の皇族子は真面目である。
芸の数々を披露され上機嫌な景行天皇であった。長兄・皇族子の大碓命が何を言い出すか聞いてみることにする。
両脇に侍る后たちもジッとし聞き耳をする。
「よいっぞ大碓っ。何事か申してみよ。余は許す」
天皇の許可を得た大碓命。一息ついて声を高らかに宣言をした。
「父上っ今宵の重要な任務(西の征伐)は私に任せていただいております。この西の異民族を成敗致し征服させました暁には…そのぉ」
一息に思いを吐き出した。大碓命は次に下を向いて口ごもる。スゥ~と深呼吸をした。
なんとなく二の句が言いにくい様子である。
フゥ~
「弟橘比売命を。美しい弟橘比売命を私の后にいただきたい。私は姫が大好きでございます」
弟橘比売命をお妃に欲しい。
父の寵愛する姫を欲しい
長兄大碓命は晩餐の場で申し出た。
景行天皇は驚く。
名指しされた弟橘比売命も同様である。長兄から好意を抱かれては充分に知るがその顔をみたら逃げて回った皇室子でもある。
天皇の傍らでヒョンっとし驚きの顔をする。目が点となった。
「私をお妃にって…。天皇さまの側室なのよ。無理難題なことを言ったらダメですよ」
恋の悩みを一気に吐き出した皇族子は目をギラギラとさせている。
思うことを申し上げれば道理は通るのである。側室を戴きたいとは決して冗談や戯言ではない。
日焼けした顔を見せて美しい姫を愛していると真剣さを強調する。
天皇としての心は聞きたきない話ではある。
気を反らしたいと目の前の山海料理をパクつく。
晩餐に出た雉の肉を何事もないかのごとくムシャムシャ食べている。
長兄の色恋噺を他人事として聞くだけである。
ヤマトタケルは大物であろうか。
雉肉は柔らかな食感ゆえいくらでも腹に入る。
「兄皇族子は何を血迷いなされたのだ。弟橘比売命の姫をだと」
父上の寵愛なる姫を欲しいとは気迷いではないか
雉肉を食べ終わって冷ややかな笑いを浮かべた。
「私に側室は関係ない話である。だがなっ」
目をキッと輝かせ果実を口にひとつ含んでみせる。
「尊敬する我が父上のお妃を。身分をわきまえず我が身に譲れと言うは鼻白みだ」
軽く頭を振る。兄に対し不愉快だと思う。父親を小バカにしたな兄は。
小碓尊に芸を操る今の大碓命は間抜けな面構えに映るのである。
「その弟橘比売命とはどの姫なんだ。お妃はわかったがどこにいるのだ」
好みの肉を食べ終わり満腹感を味わい箸を置く。とろとろの肉を味わう後、ナプキンで口を押さえた。
小碓尊は後ろをクルリと見る。奉仕に控える臣下をつかまえ弟橘比売命を聞いてみる。
「父上の右脇後ろに侍る姫か。美しい姫が弟橘比売命なのか」
景行天皇の脇あたりをじろじろと見た。色白で清楚なお后がいることがわかった。
しっかり見ると古代人にはない目鼻立ちのくっきりとした姫ぎみではないか。
この瞬間が武勇伝にあるヤマトタケルとそのお妃となる弟橘比売命の出会いである。
美女たる弟橘比売命を欲しがる長兄。温厚な天皇は困惑するばかりである。
脇にある弟橘比売命の顔をうかがう。
「余は困ったものぞ。姫とて長兄皇族子に"我のお后"などと言われては困るであろう」
天皇は寵愛する弟橘比売命を眺め返事を渋る。側室の姫ではあるが手放したくはないのである。
弟橘比売命は天皇の寵愛を受け入れる最たる姫であり近くお后さまである。
すると…
天皇のもてなし晩餐にも関わらず(身分の低い)皇族子・大碓命はズカズカっと前に出てしまう。
我が儘な長兄は強引に弟橘比売命をお妃にもらいたいと積極的に出た。
「お父上殿。私は弟橘比売命に恋をしております。この西の征伐が成功し領土となりましたら祝言を挙げて貰いと思います」
いかようにも大碓命は真剣に弟橘比売命を后に迎え入れたいと天皇に直訴である。
※晩餐の席でも何でも天皇の許可なく前にツカツカ出てしまうのは不敬である。
天皇は親子であるが不快な気持ちとなる。
同じ晩餐の席で長兄の蛮行を見てしまう。父親の景行天皇の苦々しい顔は鋭い観察眼で察知した。
大碓命は不快な顔をする天皇を無視してしまう。天座にまで勝手に乗りあげたら弟橘比売命の手をグイッと引いてしまった。
ヒェ~
弟橘比売命は驚くだけである。毛嫌いする大碓命に手を持たれるような強引なやり方はまずかった。
兄皇族子の失態に業を煮やすヤマトタケルはスクッと席を立つ。
腰にある剣の束をグッとつかむ。
天皇と弟橘比売命の上座に居座る長兄・皇族子の肩をポンと触り揺さぶる。
「兄さん」
弟皇族子に肩を叩かれる長兄皇族子である。
「何事か」
長兄・大碓命は振り向く。今は取り込みの最中ゆえ忙しいのだ。
そこにキラリと光る劍が見えた。
ハッ
一瞬の出来事である。
ヤマトタケルは長兄皇族子の背に劍を押しつける。
黙して天皇のいる上座から無礼を改め退座をするように命ずる。
長兄皇族子はその高飛車な態度にヒヤリッと汗が流れた。
凶暴なる性格が弟皇族子のヤマトタケルをよく知っていた。
「兄じゃさま。父上様天さまに平に謝りなされ。こちらにおいでください。兄じゃさまのために特別な席はこちらにもうけてしんぜよう」
劍の矛先は長兄の背中にグイッと感じる。長兄はチクリっと突かれ痛みすら感じる。
晩餐のテーブルに集まる神殿の者は一様に心配である。皇族子の双子のしでかす事。似た顔の兄弟が今から何事か揉め事をしでかすと危惧をする。
劍はキラリと鈍き輝きを見せ長兄を無理やりに退座させる。
「さあこちらに」
天皇と弟橘比売命は互いに言い寄られ困ったが少し綻ぶ。
だが新たに問題である。乱暴な男・弟皇族子の劍を剥き出した振る舞いは看過できない。
ヤマトタケルは長兄の背中に劍を突きつけたまま晩餐のテーブルからいなくなる。
その頃合いを見はかり神殿に雅楽が厳かに鳴り響き始める。天皇の損ねた気分を和ませる計らいであった。
雅楽が盛り上がり晩餐の雰囲気は元のそれに回復してくる。食材も出し尽くされいよいよお開きである。
待てども暮らせども皇族子の双子兄弟は晩餐に戻っては来なかった。
翌朝になる。
天皇に朝の訪れを知らせる側室がある。添い寝をする弟橘比売命は優しく手を額にあてていた。昨夜は何かしら異様に興奮しカッカしていた。
が朝に解熱したようすである。
「うん早いものだ。もう朝か」
天皇は寵愛する弟橘比売命が添い寝に気がつく。近くにと呼び寄せ弟橘比売命をかしずかせる。
「昨夜は悪心から気分が悪くなった。まるで悪魔が来たようだ。ソナタは余を看病してくれたのか」
弟橘比売命はこっくりと頷いた。気立ての優しい弟橘比売命は天皇の心を穏やかなものにする。
人を疑わない性格は幼稚園児のごとくである。扱い方がわかれば楽な年長さんだった。
朝の食が準備されている。天皇は弟橘比売命と寝室を出てダイニングにいく。
ダイニングには臣下が列をなして天皇を護衛する。
大碓命と小碓尊の双生児は朝の食になかった。
「昨夜の皇室子たちはどうしたのじゃ。申してみよ」
大きな図体の護衛の臣下たちに尋ねた。問われた臣下は誰ひとり行方を知る者はなかった。
「皇族子さまは行方不明でございます。詳しくは存じ上げませぬ」
天皇は皇室子を捜すように命ずる。
「昨晩の小碓尊が劍を取り出したことは不気味である」
凶暴さが備わる弟皇室子だった。父親の天皇は何やら胸騒ぎがしたようだ。
天皇が着席すると朝の食卓に新鮮な果物や豆・木の実類が並び始める。
タイミングよく門番の臣下が慌てて駆けてくる。
「申し上げます。申し上げます」
門番に仕える臣下は息も絶え絶えに報告した。
小碓尊殿がたった今帰りました。ハアハア
ただいま神殿の玄関におらせます。ハアハア
おらせますが…そのぅ~
常尋常ならぬ格好であるという。
「尋常ならぬだと。なんとしたことか」
天皇は門番に詳しく申してみよと詰め寄る。
「門を開けよ!天さまに謁見じゃあ」
小碓尊は門番の制止も聞かず神殿門下から拝殿にあがる。
皇室子とはいえ天皇の命なくして拝殿に勝手に侵入は許されはしない。
たちどころに腕っぷしの強い護衛に槍や刀で立ち囲まれた。勇者ヤマトタケルも拝殿の中では粗暴な振る舞いはしない。
「皇室子さまお待ちください。それまででございます。(天皇の許可なく)拝殿にはあがれませぬ。狼藉をすることは許されません」
これ以上は息子でも勝手に天皇に近寄れぬと臣下に言われてはつまらない。
拝殿前にかしずくと大声をあげた。
「父上に申し上げます!天さまに謁見を願います」
朝食の天皇はことの騒ぎを聞きつけ拝殿に回る。弟橘比売命も天皇につき従う。
常尋常ならぬ騒ぎに気を向け拝殿に向かう。
拝殿からチラリッと覗く。
ヤマトタケルが警護の臣下に槍を幾重にも突きつけられていた。まるで捕物帳である。
弟橘比売命が見たヤマトタケル。獣のごとく荒々しく野蛮な男にしか見えない。
着物の前はなぜか血に染まり荒々しき野武士である。
「父上に申し上げます」
天皇の顔が拝殿より見えると雄叫びをする。
狼藉たる大碓命は成敗してくれようぞ!
ヤマトタケルは晩餐の途中に問題行動の多い長兄を外に連れひと太刀に首をハネてしまった。
「なっなんだと!貴様は(大碓命を)成敗しただと」
ヤマトタケルは御意にございますと天皇に頭を下げた。
手に持つズタ嚢を天皇に見えるように高く掲げる。中に生首・頭蓋骨が収納されていることは明らかである。
「ええっ…」
か弱き女の弟橘比売命はヤマトタケルの残忍さに恐怖を覚えてしまう。
血のついた衣服。
たっぷり生血を吸い込んだ劍。
拝殿の間で人殺し事件を知りその場に気絶してしまう。
ヤマトタケルは弟橘比売命がゆっくり倒れていく姿を見てワッハハッと豪快に笑うだけである。
景行天皇はギョッとする。
皇族子・小碓の残忍さは常に気になっていた。
まさか実の兄に手を掛けるとは。
「小碓尊っオマエという奴は(なんと残酷な男なのだ)」
天皇もことの残忍さに血の気がスゥっ~と引いてしまう。
『古事記』によれば天皇は130歳なる高齢老人である。昨夜からの悪心も引き継ぎ目の前が真っ暗となりバタンと倒れた。
なんとそのまま帰らぬ人になってしまった。
宮殿は蜂の巣を突っついた騒ぎに成り変わる。お妃らは右往左往し泣き叫ぶ。
皇族子の長男は他界している。
天皇もいなくなってしまう。
生き残ったヤマトタケルは宮殿でひとりになる。
雄叫びをあげる。
「ならば拙者小碓尊が代を継ぎし(天皇)即位したもうぞ」
皇族子・小碓尊は天皇の葬儀準備もそこそこにである。
拝殿につかつかと入り込み即位の準備を構えた。神官や位を司どる皇官らは無謀なる皇族子に逆らうことはできず。ただ指をくわえて見るだけであった。
「余が天皇即位の条件を満たすにはどうするのか」
ヤマトタケルは拝殿に仕える神官に尋ね天皇の条件『三種の神器』を知る。
天皇の象徴を携えなくしては即位はなかった。天皇に場所を聞けない歯痒さがあった。
ヤマトタケルは拝殿にて神器を捜すことにする。
天皇の象徴『三種の神器』とは何か。
日本創造"神話"では神代の天孫降臨に天照大神より瓊瓊杵尊に授けられた神器となっている。
・八咫鏡
天照大神が隠れた際に岩戸隠れ石凝姥命が作った鏡とされる。
天照大神が岩戸を細めに開け天照大神自身を映し興味を持たせ外に引き出した。
岩戸から再び姿を表すと世の中は明るくなった。のちに鏡を天照大神が瓊瓊杵尊に授ける。
現在は伊勢神宮の皇大神宮に奉納されている。
・八尺瓊勾玉・八坂瓊曲玉
大きな勾玉で一説には八尺の緒に繋いだ勾玉ともされる。
岩戸隠れの際に玉祖命が作り八咫鏡とともに榊の木に掛けられた。
・天叢雲剣草薙剣
須佐之男命が出雲・簸川上で倒したヤマタノオロチの尾から出剣。
その時の名前は都牟刈の太刀(偉大な力を持つ太刀)であった。
出雲国風土記では出雲国意宇郡母里郷(島根県安来市)にてオロチ退治が行われ剣は須佐之男命から天照大神に奉納天皇家に天照大神の神体として八咫鏡とともに手渡された事になっている。
一説に鍛冶の神で "天目一箇命が製作者。
皇居には天照大神の御神体として八咫鏡と祭られていた。
崇神天皇(伝紀元前148年-紀元前30年)の時代に皇女豊鋤入姫命により八咫鏡とともに皇居の外に祀る。
途中で垂仁天皇(伝紀元前69年-70年)の皇女倭姫命に引き継がれ約60年をかけて現在の伊勢神宮の皇大神宮(内宮)に落ち着いた。
倭姫命から蛮族の討伐に東へ向かう倭建命に渡され野火攻めから脱出する為この太刀で草を薙いだ事が草薙の名前の由来。
臭とナギ。ナギは蛇の意で原義は"蛇の剣"の説が有力。倭建命が病死をしたのちに熱田神宮に祀られている。
『日本書紀』より
穂積氏忍山宿禰の女。日本武尊との間に稚武彦王がある。
武尊の東征に同行する。
走水の海(現在の浦賀水道)に至った時に武尊の軽はずみな言動が海神の怒りを招いてしまう。
海は荒れ狂い、先に進むことが不可能。海神の怒りを解くため弟橘媛は一計を案じる。
「私は夫である皇族子の身に替わって海に入水します。どうぞ皇子の東征を護らせ給え」
念じては立ち上る浪の上に菅畳八重、皮畳八重、畳八重を敷いて、その上に座って入水した。
たちまち波が穏やかになり船を進めることが可能になった。
彼女の櫛は7日後に海岸に流れ着いた。現在の東京湾沿岸に"こゆるぎ"という地名や"袖ヶ浦""袖ヶ浜"などが多くある。
これは弟橘媛の帯や袖が流れ着いたという伝説に基づいて名付けられた地名である。
媛を忘れられない武尊は『日本書紀』によれば碓日嶺(うすひのみね。現在の碓氷峠)、『古事記』によれば神奈川県の足柄の坂本(足柄山)において
「吾妻はや」(我が妻よ)と嘆いた。
日本の東部を「あずま」と呼ぶは故事にちなむという。(地名起源説話)
『古事記』は弟橘姫は海に身を投じる際に歌を詠む。
さねさし 相武の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも
佐泥佐斯 佐賀牟能袁怒邇 毛由流肥能 本那迦邇多知弖 斗比斯岐美波母
「相模の野に燃え立つ火の中で、わたしの心配をしてくださった貴方」
相模の国造に騙され火攻めにあった時のことを言っている。
『古事記』にのみ存在する歌である。
武尊に対する感謝の気持ちがよく表れている。
尊の「吾妻はや」という言葉とあわせると、ふたりは固い絆で結ばれていたことがわかる。
風土記の弟橘媛 [編集]
『常陸国風土記』において
お妃は橘皇后。夫の日本武尊は倭武天皇
表記では天皇と皇后と称されている。
行方郡条では日本武尊が大和から降ってきた弟橘比売命と常陸の相鹿(あうか、現在の茨城県潮来市および同県行方市)で再会。
多珂郡条では日本武尊が野に橘皇后が海に別れて狩りを競い合ったことが記されている。
古代神話の恋物語はかようにあるのである。
日本武尊と弟橘比売命は古代ドラマのヒーローとヒロインになる。