姫ぎみ誕生1~古代への招待状
秋の深まりゆく久慈琥珀博物館。
岩手県内の幼稚園児が元気にやってきた。園児の一行さんは遠足である。
バスを降りた園児たちは琥珀という装飾宝石に興味津々である。
「わぁ~い。博物館はキラキラがいっぱいあるの。金銀キラキラですよぉ~」
年長組さんは素直に喜びである。何にせ園にいるときに博物館はきらびやかな宝石ばかり展示されていますと園児に教えていた。
若い幼稚園教諭に連れられた園児はバスからお友だち同士仲良く手を繋ぎ正面ロビーから入る。
博物館は壁飾りからショーウインドからあたり一面装飾品である。
ワアッ~
ワアッ~イ
遠足という雰囲気も楽しみである。館内に入ると園児たちはどこを見ても眩いキラキラが出迎えている。幼児は口をポカンとし動けなくなる。
「ワアッ~凄いぞ。綺麗な宝石ばかり。博物館の中身は全部キラキラだぁ~。お菓子の国より宝石の国がいいかな」
園児たちは博物館いっぱいにあるきらびやか琥珀や装飾品に子供ながらも圧倒された。
「先生~見て見て」
おませな年長組さんは引率先生のスカートを引っ張る。
お気に入りの琥珀を見つけたのだ。園児は大好きな先生にあれこれと教えてくれる。
いつもいつもスカートを引っ張られては幼稚園教諭もたまらない。スカートは触らないでっと園児を諭したくなる。
「本当ね。どれもこれも綺麗ね。先生も博物館(琥珀が)欲しくなってしまうのよ」
教諭も若い女の子。キラビヤかな琥珀装飾品は園児に負けず劣らず好きである。
園児が琥珀を見てキラキラだっと素直に言うのが羨ましいのである。
少なからずとも教諭は園児と同じレベルなのか。琥珀の魅力で年頃の教諭も口を開けてしまい動けなくなってしまう。
「先生っ綺麗な宝石ばかり。どこを見てもキラキラだぁ~」
天真爛漫な園児たちは各フロアの装飾宝石を鑑賞して感激である。
「先生このキラキラ(琥珀)見てみて。可愛くキラキラしている。でもねっ私がじっと見たらなんとなく悲しくなっちゃうなあ。淋しいキラキラちゃんもあるのかな」
お気に入りの琥珀を見つけた園児が先生に教えてくれた。
園児にお気に入りスカートをグイッとされた。力の強い年長組さんの園児である。興奮しながら引っ張ってしまう。
スカートはヘタをするとズルッと脱げそうである。
「そうなの。悲しい琥珀があるの」
園児の指す悲しげな琥珀を見てみる。園児の表現する"悲しい琥珀"とは何かと気になるのである。
「どれもこれもキラキラして綺麗ですわね。悲しみってどれかしら」
園児が見た展示の琥珀には『琥珀の涙』『人魚の涙』というサブタイトルが掲げられていた。
園児にいつもタイトスカートを引っ張られる幼稚園教諭は20歳の新人教諭である。地元岩手生まれのかわいいお嬢さん先生である。
小さな子供が大好きで保育専門に進学をする。今春念願の幼稚園教諭となり地元の園に就職をしていた。
新米教諭は園児たちを一通り館内引率をする。年長園児はおとなしく先生の言うことを聞いてくれて手が掛からない。
「さあキラキラはこのくらいにしましょうか」
展示場からダイニングルームへ向かう園児たち。
「よい子の皆さん。たくさんキラキラ見ちゃいましたね。疲れましたか。では今からお昼の御食事にしましょう」
園児は食事と聞いてわぁーいと歓声を挙げた。年長組は先生のスカートを引いてダイニングルームへすたすたといく。
昼食の用意されたダイニングルーム。園児らと共に一般観光客もいた。
昼食の用意がなされると博物館学芸員が壇上にあがる。
「よい子の皆さんこんにちは。ようこそ我が久慈琥珀博物館においでくださいました」
学芸員は冒頭の挨拶で簡単に久慈琥珀を説明する。
普段は数分の説明をし琥珀の歴史ビデオを見せるのだが今日は違っている。
「本日は岩手のよい子が来ております。見た感じたくさんご来館されております」
幼稚園は他にも2~3園が遠足である。
岩手が生んだ偉大なる童話作家・宮沢賢治の話も盛り込んだ。
学芸員が宮沢賢治の話を園児にする。
「岩手の作家宮沢賢治ですものね。先日に園児たちに賢治の童話を紙芝居でお話しておいたけど(年長組さんは)わかったかなあ。あららっ御食事に夢中で誰も話なんか聞いていないわ」
教諭は園児ひとりひとりの食事の席を見回る。年長になっても手の掛かる園児は目が離せない。
岩手が生んだ童話作家宮沢賢治は幼少の頃から大の石好きで『石っこ賢さん』とも家族や知り合いから呼ばれていた。
盛岡高等農林学校(現・岩手大学農学部)で鉱物を専門に学び宝石や鉱物に詳しい知識がある。
賢治文学には多くの宝石が登場し空や太陽・月・星・海などを様々な宝石に喩えている。
賢治にしたら宝石の持つきらびやかさより自然の作り上げた原石の美しさや不思議な色合い、原石を磨いたときに耀きだす美しさに感動をしている。
賢治が愛した宝石の一つに琥珀がある。琥珀は賢治文学に多く登場をする。
英語名をamber。
賢治は文章で宝石には必ず英語名のルビをふっている。
・金剛石
・蛋白石
・紅玉石
ところが琥珀には一度も
(アンバー)とルビを振らない。
久慈琥珀は岩手県の特産品。岩手出身の賢治にとって久慈琥珀は身近なもので特別な存在だったと推測される。
ビデオが終わる。園児は誰ひとり賢治と琥珀の話は聞かない。皿を舐めるようにしてお食事である。
「先生美味しかったよ。おかわりできないかなあ」
恰幅のよい園児におかわりと言われて先生はやれやれだわっと首を竦めた。
「園児が羨ましいなあ。私なんかダイエットしなくちゃ。痩せないといけないと思っているくらいなのに」
昼食が済むと園児さんの博物館遠足はおしまいである。園のバスに乗り込んで幼稚園に帰るだけである。
「エッ~もう帰るの。つまんない。もっとキラキラ見てもいいでしょ」
年長さんから苦情が出る。短時間だけで宝石の鑑賞が終わりとは殺生である。
園児の食事が済むと学芸員からお別れの挨拶である。
「(園児の)よい子の皆さんさようなら。博物館はいつも皆さんをお待ちしております。お父さんお母さんと来てくださいね。琥珀さんもよい子の皆さんとお別れは淋しいと泣いているかもしれません」
琥珀が淋しいと言われ展示されている『琥珀の涙』に目をやる。
物悲しい琥珀。海中に棲む"人魚姫の涙"と説明されている。
園児は帰りますと言われてもバスに向かわない。
よちよちと1~2歩展示された琥珀に近づく。まるで吸い込まれるようにスゥ~とである。
顔を近くすると琥珀の中に女神か姫らしき存在が現れた。ぼんやり見ると涙をポトリと溢した。光の屈折程度にしか見えなかったが涙のように見えた。
園児は琥珀から離れる。すると壁に掛けられた琥珀から何やら白い煙りが現れ付き添いの教諭の頭にスッと入る。
うん?なんだろう
何か冷たい感じを背筋に。
園児らは半日で博物館を退館である。園児を仲良く二列に並ばせ玄関先のバスに戻らせる。
「博物館の皆さんにお別れの挨拶をしましょう。今日は楽しかったですって。大きな声でさようならしましょう」
園児に挨拶を促す。
ありがとうございました~
園児の大合唱が玄関ロビーに巻き起こる。挨拶された博物館の店員は大笑いをした。
園児たちは博物館の玄関からゾロゾロと教諭を先頭に園児さま一行をする。
その瞬間であった。
館内装飾の琥珀が次々と白い煙りに変わり園児らの中にスッと入る。園児の中には何か背筋に触るのかなっと手をあてる者もいた。
幼稚園一行はバスに乗り込む。待っていたバスの運転手。競馬中継をラジオで聞いていたが慌て消した。
団体バスでは幼稚園教諭が各園児の点呼をする。
園児人数は揃えられているか。怪我をした様子の園児はいないか。長い間博物館を歩かせたからぐったりしてはいないか。
バスはプップッ~と発車する。教諭はホッと一息である。
「これで園まで安心していられる」
教諭席に腰掛け園児たちの健やかな顔を見ると疲れも感じなくなる。
園児らが退館した後である。琥珀売り場/装飾品お土産売り場の店員が青ざめていた。
「なっないわ。ウィンドゥに飾りつけた琥珀がなくなったわ。盗まれたのかしら」
店員はすぐ売り場主任に報告をした。
見当たらない琥珀の数々。主任が数えたら"園児の数"と同じであった。
園児たちを乗せたバスは軽快に三陸海外沿いを走る。運転手は早めに幼稚園に到着をして競馬の結果が知りたい。
だが軽快にドライブとはならなかった。博物館を出た時まで晴天であった三陸沿い。
「おおいっ何やらあやしいぞ。靄が立ち込めてきた」
運転手が呟いた。三陸の沖から空はぐずつき始めて暗くなってくる。一雨きそうな気配である。
運転手は視界が悪くなったなっと注意する。
園児バスは国道沿いのトンネルに差し掛かかりライトを点灯させる。
うん?
運転手は視界を明るくするためライトをつけると奇妙な感覚に襲われた。
暗いトンネルに入ったら視界がなにか違う。トンネルの中であるが見える先はトンネルではなかった。
不審に思いアクセルを緩めた。
園まで安心だわっと夢心地でいた教諭もバスが減速した異変に気がつく。
なんだろう
窓の外がおかしいわ
トンネルが消えかけ灯りがつく。目の前に眩いばかりの神殿が現れた。
園児らは盛んに窓外をキョロキョロし始める。
運転手は顔いろを変えバスを停めた。ブレーキが効けばトンネルの中で停まるはずである。
運転手に手応えはまったくなく。するするっと神殿の広場まで走行した。
暗い一本道のはずが視界が開けて広場である。トンネルの先は暗闇のはずが太陽の燦々と降り注ぐ景色と神殿であった。
一体何がどうしたのか。
なんだこれはっ!
神殿とはなんなんだ
理解できない運転手。
ハンドルを握りしめ怒鳴るばかりである。
教諭も外の異変にびっくり。だが元来から気丈夫な岩手の女。
園児が騒ぐ前にバスを降りて回りの様子を観察してみようかと思う。
"神殿"がここに?
夢を見ているのかなっ私たち。
バスを離れたらからだがふわっと浮く感じ。足取りが怪しくなっていく。
「ヤダッ私って!気が変になっちゃってる」
靴の底がしっかり地面についていない。雲の上をふわふわっしている。
私って夢うつつなのかな
バスがトンネルをくぐったら黄泉の世界に入ってしまったのかな
そっそんなバカな!
夢物語だわっと思えば恐怖心もなくなる。ずんずんと神殿に近くなる。
遠目に見た神殿はかなりな豪奢神楽造りである。本殿や拝殿の間は白木であり祀られる神々の高貴さを象徴している。
「立派なものだわ」
門構えをくぐり抜け拝殿に辿り着く。荘厳な雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「本当に神様がいらっしゃるみたい」本殿の基幹造りの白木はがっちりとし威厳を放っている。
拝殿の間にくると自然に頭をさげて拝礼をしたくなる。
パン!パン!
柏手を打ちゆっくりと頭を垂れる。
その様子を背後から運転手はじっと見ていた。
「先生って…」
いったい全体どうしちまったんだ。俺はトンネルをくぐり抜け早く園に戻ってしまいたいとしたまでだ。
「なんで神殿が出て来やがるんだ。なんで先生が厳かに拝礼なんかしているんだ」
遠足でどっかの神殿に行きますよっなら話はわかる。
「誰が拝殿に行きますと言ったんだ」
ケッ!
運転手はイライラが募ったようでストレス解消のつもりでバスのエンジンを掛けようとする。
いつものようにエンジンキーを回そうとした。
うん?
「ウヘッ~そんなバカな」
ハンドルの右手にあるはずのキーホールがなくなっている。
「エッ!鍵穴はどこに消えちまったんだ」
運転手は頭を引っ込めて鍵穴を探す。キーホールがないのは目の錯覚であり歳のせいかもしれない。
バタバタ
運転席でごそごそとやり出した。
「ないはずはない。俺は免許を取ってこのかた40年を越えるんだ。鍵がないクルマなんかに乗ったことがない」
右手に持つ鍵をエイヤァ~とメクラ滅法にダッシュボード付近に差してみる。
目がおかしくなったんだ。単にキーホールが見えないだけだ!
ガチャガチャ
ガチャガチャ
ポッ~ツン
スゥ~と鍵は押し込まれていく。運転手はいつもの確かなキーホールの手応えを実感した。
よしっ!
運転手はイグニッションを回そうと試みる。エンジンを掛けてみる。
クルリクルリ
エンジンはブルンと起動はしない。その代わりバスの白い排気ガスがもくもくと排出されてしまう。
白い煙りは不完全燃焼の証拠。運転手はエンジントラブル発生だと焦る。
「ちくしょう。こんな時にエンコか」
悔しいっとハンドルをパチンと叩いた。
もくもくと巻き上がる白い煙り。どこからか車内に入ってくる。
「プッハッ~堪らん」
運転手は口を押さえ煙を防ごうとした。
白い煙りは車内一面に広がり園児らも巻き込まれてしまう。
もくもく
もくもく
車内は白い煙で燻されてしまう。
やがて…
煙りは薄められバスに平和が訪れていく。
園児ら全員はぐっすりと眠っていた。安らかな寝顔がぞろりと並ぶ。
だが運転手の姿はなかった。運転席はガランとして誰もいなくなっていたのである。