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それは愛ではなく自由

【Side;菜緒】


「大丈夫?」

 電話でそう問いかけた自分の声が、どこか震えていた。


『こっちは大丈夫だから』

 智士くんはそう答えた。あくまで軽く、明るく。

『でもちょっと忙しくてさ。完全に菜緒さん不足なんだけど』


 少し笑っているように聞こえたけど、その声の奥に疲労がにじんでいた。言葉の選び方も、テンポも、いつもよりわずかに遅い。


「……本当に、大丈夫?」


 そう問い直すと、間があった。

『……うん、大丈夫。だから終わったら甘やかしてね、めちゃくちゃに』


 そう言ってくれた。でも、私は知っている。

 彼は「大丈夫」じゃないときほど、「大丈夫」って言う人だ。心配をかけないように。とても優しい人だから。



 動画のコメント欄は、相変わらず荒れていた。

 最初は意味のわからない中傷から始まった。

 今ではGG4全体に飛び火していて、どこを見ても、嘘か誇張かわからないような書き込みがあふれていた。

 本当に信じて応援している人たちの声さえ、かき消されるほどに。

 誰かが意図的に、壊そうとしている。智士くんや、GG4の絆までも。



 そんな日々の中で——あの男の言葉が、ずっと耳から離れなかった。

『あなたが日辻さんの元を去ってくれれば、この騒動は何事もなかったかのように、静かに終わる』

『大企業の幹部と、一般市民。どちらの言葉を世間が信じますか?』

『暴露したところで、傷つくのは彼らですよ』

『このままでは、GG4に“Asteria”の称号がつくことを納得しない人たちも、出てくるでしょうね』


 それは“忠告”という名を借りた、冷酷な“圧力”だった。


 智士くんやGG4のみんなに、伝えた方がいいんじゃないかと何度も思った。

 こんな理不尽な攻撃の裏で、誰かが意図的に糸を引いていること。

 知らせれば、きっと彼らは怒って、立ち上がって、何か行動に出てくれる。そんな気がした。


 だけど、

 もし私がそれを話したら、彼らの夢に水を差してしまうかもしれない。

 せっかくここまで築いてきた道が、Asteriaの“称号”が、GG4の努力が、すべて疑われてしまうかもしれない。


 そんなの、私が一番望んでいないことだった。


 そして何より——

 もし本当に争いになってしまったら、勝てる相手じゃない。


 大企業幹部の影。私の言葉がどれだけ真実でも、信じてもらえるとは限らない。

 そのとき世間が見るのは、私ではなく「Asteria Vision」という名前だ。


 暴露することで救われる未来があるなら、私は何度でも声を上げる。

 でも、その代償が、智士くんや皆の心を傷つけることになってしまうのなら……



 苦しむ彼を、守りたい。

 でも今の私は、彼を守るどころか、足枷になっているだけじゃないか。



 何度も何度も考えて、それでも答えは出せなくて。

 その日、私はふらりと、智士くんたちの配信スタジオへ足を運んだ。

 少しでも、顔を見て、声を聞いて、「あなたを信じてる」って伝えたくて。

 そして——心のどこかで“答え”を確かめに行ったのかもしれない。



 でも、スタジオの入り口で聞こえてきた声に、足が止まった。


「……もう、Asteriaの称号、諦めなきゃいけないかもしれないな」

 智士くんの声だった。すごく疲弊している。


「そう言うのはまだ早ぇって。いくらアンチが騒いでるからって、契約白紙にすんのはこっちじゃなくて向こうの都合だろ」

 それは、セイくんの声。


「……でも、これ以上荒れたら、コラボも全部飛ぶ。大事にはしたくないけど、俺たちの配信は“綺麗”じゃなきゃスポンサーは離れるよ」

 Renさんの言葉は、いつも冷静で現実的だった。


「……羊くん、大丈夫か? 菜緒さんも、今の状況じゃしんどいだろうし……」

 ぐっちさんの優しい声。


 そして、再び聞こえてきた、智士くんのつぶやき。

「……なんで、こんなことになったんだろうな……」


 私はその場から動けなかった。

 胸がぎゅうっと締めつけられる。息をするのも痛いくらいだった。


 私がそばにいたいと願うことで、智士くんが苦しんでる。

 GG4の皆さんの未来まで、歪めてしまっている。


 きっと、彼らは気づいていない。

 あの男が言っていた“我々”がどれほど冷酷に、周囲をコントロールしているのか。


 もし、私が身を引けば——すべてが終わるなら。

 元通りの平和な世界に戻るなら。


 智士くんも、Renさんも、セイくんも、ぐっちさんも。また前みたいに笑えるかもしれない。自由に、夢を追えるようになるかもしれない。


 彼の笑顔も、彼の仲間の未来も、守れるなら。


 ……それで、いい。

 きっと、それが——一番正しい選択なんだ。



 私は静かに、踵を返した。

 こっそり涙をぬぐって、声が漏れないよう、唇を噛み締めて。


 心の中で、彼の名前を何度も呼んだ。

 でもそのたびに、喉の奥がきゅっと痛んだ。


 心の奥に、ひとつの決意が芽生えていた。

 この手を離せば、きっと、彼は前に進める。

 できることなら、私も彼の夢を隣で見ていたかった。

 でも、いま彼に必要なのは。

 誰かの“愛”じゃなく、“自由”なのかもしれない。そう思った。

読んでいただき、ありがとうございました。

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