“ふさわしい”の影(1)
【Side;智士】
「……なんだよ、これ」
モニターの前で、思わず声が漏れた。
今日の配信は、いつも通り、シリーズもののゲーム実況。プレイも悪くなかったし、喋りも冴えていたと思う。なのに、コメント欄にじわじわと広がっていたのは——まるで、悪意の落書きのような文字の羅列だった。
《こいつの実況って前から面白くなかったよな》
《こんなプレイでプロ気取り? 笑》
《顔出しもしないくせに人気あるとか意味不明》
どれも内容は浅く、まるで中身のないイチャモンばかり。ただ、俺の存在を否定するためだけに投げつけられた石みたいな言葉たちだ。
それに対して、いつも応援してくれるリスナーたちが真面目に反論してくれている。
《根拠のない批判はやめて》
《羊さんのプレイは上手いとか下手じゃない。トークとか世界観とか、そういうのがいいんだよ》
《こういうアンチは無視でいいよ。気にしないで》
その言葉が、どれだけありがたかったか。でも、そのやりとりにさえ、今度は別のIDが噛みつく。
《擁護してる奴も信者でキモい》
《お似合い同士じゃん。負け犬同盟》
悪意に次ぐ悪意。コメント欄の空気が冷たく、どす黒く塗り変わっていくのがわかる。
触らぬ神に祟りなし。そんな雰囲気がリスナー全体に伝染していくようで、やがて反論も減り、視聴者数も少しずつ減っていった。
——おかしい。
いつものアンチコメントとは明らかに性質が違う。
これまでの経験上、荒れる時には“理由”があった。だけど今回は前触れもなく、特に理由も見当たらない。なのに一斉に現れた悪意あるコメントたち。しかも既存のリスナーにまでその悪意をぶつけてくる。
ただ——壊そうとしている。炎上を装ってこちらをおとしめようとしている。そんな印象を受けた。
解決策が見出せないまま、それが今度は、GG4のメンバーや、グループ配信にも波及してきた。
Renさんの投稿にも、セイのライブにも、ぐっちさんの編集動画にも、そしてGG4の配信にも。
同じような新規アカウントが登場して意味のない否定を繰り返す。
そして既存のファン達が距離を取り始める。
「羊くん、最近変なの湧いてない?」
「俺の方にも来てる。しかも内容がほとんど同じで、明らかに連携してんだよな…」
「俺なんか、動画関係ないのに“羊の味方だから”って理由で叩かれてんだが? なんでだよ」
皆、同じことを感じていた。
この流れは“自然なアンチ”じゃない。どこかの誰かが、意図的に動かしている。動画そのものじゃなく、俺たちの周囲を揺さぶるためだけに。
このままじゃまずい。
俺たちGG4は、楽しさと一体感を届けたくて集まったチームだ。それが壊されそうになっている。
ふと、脳裏をよぎったのは、あの会議室。
あの幹部と、隣にいた娘の姿。
あの時は齊藤さんがやんわり断ってくれたけど、視線の圧は最後まで変わらなかった。
——まさか。いや、でも。
不気味だったのは確かだ。
何かの線がつながりそうで、つながらない。ただ、胸の奥にざわりと残る嫌な感覚だけが確かにあった。
そして、菜緒さんの顔が浮かぶ。
彼女はきっと心配しているだろう。
この理不尽な波に、彼女を巻き込むことにならないだろうか。
俺は、唇を噛んだ。
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