不気味な予兆(2)
会議室を出た後、俺たちはすぐ近くのカフェに避難した。
個室のような半個室席に入った瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。多少なりとも緊張していたんだな。
齊藤さんがカップを置いて、ぽつりと漏らす。
「最後の、なんだったんだ? 全く……意味、わかんないんだけど」
「だよな? あの幹部、スポンサー契約使って、羊くんを“娘のお相手”にしたいって感じ?」
井口さんが首を傾げながらアイスコーヒーを飲む。
「なにその古風な戦略……今どきマンガでもやらんて」
四宮がジュースの氷をかき混ぜながら苦笑する。
「ってかさ、どんだけ言ったところで、羊くんって、そもそも菜緒さん以外に懐かなくない?」
井口さんが笑いながら言う。
「懐く、ってなんだよ。ペットかよ」
「いや、懐くどころか興味なさすぎて笑うよな。今日だって羊くん、ずっと目線かわしてたし」
四宮も笑う。でもその口元はどこか緊張していた。
「でも……正直、あの空気、不気味だった」
齊藤さんがコーヒーを一口飲んで、眉をひそめる。
「幹部のあの言い方もそうだけど、あの女の子。羊くんしか見てなかったし。あれ、完全に狙ってるよな」
「羊くん、気をつけた方がいいぞ? 菜緒ちゃんが知ったら、最終的に君が泣くことになる」
「泣かねーよ」
齊藤さんの言葉に呆れたように返すと、3人がまた笑った。
「まぁ、でも菜緒ちゃんいるからな。菜緒ちゃんいれば永劫バフがかかるだろ? 羊くん、無敵だわ」
四宮の茶化しに、井口さんも乗っかる。
「というか、菜緒さんの存在自体が羊くん専用バフでしょ。彼女じゃなきゃダメなんでしょ? 前も言ってたじゃん。“菜緒さんが笑ってくれるなら、なんでもできる”って」
「……言ったっけ」
言ったな。
たぶん、酔ってた。
でも事実だ。菜緒さんが笑ってくれれば幸せで、悲しそうな顔をしていれば気になって仕方ない。俺の世界、菜緒さんで回ってるな。
でもそれが幸せだって、胸を張って言える。
「……まぁ、でもさ、Renさんの言うとおりだな。担当の人はいい人だったけど、あの幹部と娘は、ちょっとヤバいかもな。俺の……勘だけど」
四宮が低くつぶやく。こいつの勘は侮れない。
たしかに、あの幹部の“個人的なお願い”ってやつ、どう考えてもただのファンのノリじゃなかった。
“関係性を強化する”。
あれ、つまり俺を“差し出せ”ってことだろ。
「……この先、気ぃつけよ」
「俺たちはあくまで対等なパートナーだ。変に踏み込んでくるようなら——対策、考えなきゃな」
齊藤さんの言葉に皆、無言で頷いた。
テーブルの上のグラスに映った自分の目は、いつもより少し鋭くなっていた。
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