番外編:あの人の隣に立つために【Side;菜緒】
番外編菜緒視点です。お楽しみくださいませ、
「えっ!? 彼氏、年下なの!? しかも実況配信者!? 菜緒、それ、大丈夫?」
その言葉に、思わずカップを持つ手が止まった。
珍しく定時で上がれた日。他の病棟に勤める同期と、病院の最寄駅のカフェに入った。普段あまり話せない同期とのおしゃべりは楽しいけれど、その質問は、やっぱり少しだけ胸に刺さった。
だけど、私はすぐに言葉を返す。
「うん、年下で、実況配信者やってるよ。……彼ね、すごく真剣に仕事してるんだ」
できるだけ優しく、でも芯のある声で言った。
真正面から否定されてもいい。だけど、彼のことを知らずに語られるのは、やっぱり嫌だった。
私は、彼が仕事に向き合う姿を知っている。
編集のとき、妥協しない目。
視聴者の言葉に真摯に耳を傾ける態度。
誰かに伝えるために。届けるために。
毎日、悩んで、考えて、考え抜いて。今できる最高のものを届けようと、日々の実況をこなす彼の姿を知っている。
「でも年下って……。頼りなくない? 菜緒の今までの彼氏って年上だったじゃない? なんか…意外」
友人はさらに突っ込んでくる。でも、その質問は私にとっては考えたこともないものだった。つい、ふふっ、と笑いが込み上げる。
「彼、たぶん私よりよっぽどしっかりしてるよ? 頼りないなんて思ったことないなぁ。むしろ私が年下扱いされてるかも」
天気予報で冷え込むという予報があれば《今日は寒そうなので、あったかくしてくださいね》とメッセージが来る。
彼の部屋に行くときに遅い時間になりそうだと、必ず迎えに来てくれる。彼はいつだって、私が甘えることを、許してくれる。
「それにね、実は私自身もしんどいとき、彼の動画と声にいっぱい助けてもらったの。誇りを持って仕事をしている彼を、すごく…尊敬してるよ。人を笑わせて、救って、元気にして……たくさんの声を届けている人だから」
「んー、でもさ、そういうのって不安定でしょ? 先が読めないっていうかさ」
友人に悪意はないのだろう。ただ、私を心配してくれてるだけ。
確かに、彼の仕事が世間的には不安定なものだって、私だってわかってる。見えない未来に不安がないって言ったら嘘になる。
でも。
胸の中にぽっと浮かんできた彼の笑顔を思い出す。
的確な突っ込みでその場を沸かしたり、冗談を言って場を和ませたり、繊細なコメントで誰かの気持ちを拾い上げたり。
画面越しでも伝わってくるあの温かさは、彼の人柄そのものだ。
「それでもね、私は思うんだ。あの人なら、きっといつまでも視聴者に求められる配信者でいられるって」
その思いに迷いはなかった。
彼のトーク力やセンス、努力。それは誰より近くで見てきた。画面越しに届くのは、あくまで彼の“完成された部分”だけど、そこに至るまでの時間を、私は少しだけ知っているから。
「それに……そんな彼が私を好きでいてくれるなら、私も彼の隣にずっと立てる女性になれるよう頑張れるの。ずっと、そう思ってる」
自分でも驚くくらい、はっきりと言い切っていた。
(……智士くんには、こういう話、直接言えないかもな)
頬が自然と火照ってくる。
でも、たぶん、伝わらなくてもいい。ただ、自分の中で確かめたかった。
彼の存在が、どれほど自分にとって大切か。
友人と別れた後、無性に彼に会いたくなった。スマホを開き、メッセージを打ち込む。
《今日、家行っていい?》
《もちろんですよ。飯何にします?》
その瞬間、胸の奥で何かがふわっとほどけた。
(ああ……大丈夫だ。あの人は、ちゃんとここにいる)
***
彼の部屋のソファで、ミーアキャットのぬいぐるみを愛でながら、カフェオレとコーヒーを入れる彼の姿を眺める。
智士くんはいつもよりなんとなく表情が緩んでる気がする。声も少し高いし。
何か、いいことあったのかな?
「智士くん、なんか今日……、機嫌いい?」
「……なんでもないよ」
そう言って智士くんはカフェオレとコーヒーをテーブルに置いて隣に座った。
なんでもないと言う割には、いつもより雰囲気が柔らかい。それになんだか…幸せそう?
彼はそっと手を伸ばすと私の頬を撫でた。優しくてあったかい、大好きな手。少しくすぐったいけど、何よりも幸せを与えてくれる手。
ふと、カフェでの出来事を思い出した。
自分の中で、彼の存在はこんなにも大きい。
彼はどこまでも高みを目指せる人。
私はそんな彼がどこまで行くのか見てみたいし、一緒に行ってみたいと思う。これからも、隣に立って。
「菜緒さん……」
彼の優しい声が私を呼ぶ。
「なぁに?」
彼が私の髪を耳にかけて、そこにそっと囁いてきた。
「……大好きです」
甘やかでどこまでも優しい深い声が心の奥まで沁み込んできて、身体がピクっと跳ねた。
顔中に血液が集まっているのを感じる。
「い……いきなり、羊さんボイスは反則だよ……」
ほんとに、それは反則。
そんな声で囁かれたら、私はもう離れられない。
私はきっと、これからも不安になることがある。
でも、彼がこうして隣にいてくれるなら、きっと大丈夫。
この人の隣に、私はちゃんと、立てている。
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