番外編:あの人の隣に立つために【Side;智士】
番外編
各々の視点からお楽しみください
今日の配信も一区切りついて、ぽっかりと空いた時間。
俺は菜緒さんの勤める病院の最寄駅にあるチェーンのカフェにいた。スマホを繰りながら、のんびりとコーヒーを飲む。もうそろそろ菜緒さんも上がりかな。もしかしたら会えるかもしれない。そう思って連絡を入れようとした、その時だった。
「えっ!? 彼氏、年下なの!? しかも実況配信者!? 菜緒、それ、大丈夫?」
自分の名前が聞こえたわけではなかった。ただ、その声の調子と、続く言葉でピンときた。思わず顔を上げそうになったが、その直後、世界で最も愛おしい声が耳に届いた。
「うん、年下で、実況配信者やってるよ。……彼ね、すごく真剣に仕事してるんだ」
その声には、はっきりとした確信があった。何気ない会話だが、どこか芯が通っているような、そんな話し方。聞き耳を立てるような真似はしたくなかった。けれど、それは、あまりにまっすぐで、胸に刺さる声だった。
俺がいたのがちょうど観葉植物の影になっていたからだろう。菜緒さんはこちらに背を向けて、気づく様子はない。向かいにいるのは菜緒さんと同い年くらいの見知らぬ女性だった。
「でも年下って……。頼りなくない? 菜緒の今までの彼氏って年上だったじゃない? なんか……意外」
正直、大きなお世話だと思った。
信じてはいるけれど、それで菜緒さんが「そうかも……」と思い直したらどうしてくれる。
彼女と一緒にいられるためなら、なんだってする。でもいくら努力しても、彼女の年齢には絶対追いつけない。年上の頼り甲斐とか包容力とか、それを求められると、もうなす術がない。
でも彼女のふふっという笑い声がそんなささくれた気持ちを一気に沈めてくれた。
「彼、たぶん私よりよっぽどしっかりしてるよ? 頼りないなんて思ったことないなぁ。むしろ私が年下扱いされてるかも」
「それにね、実は私自身もしんどいとき、彼の動画と声にいっぱい助けてもらったの。誇りを持って仕事をしている彼を、すごく…尊敬してるよ。人を笑わせて、救って、元気にして……たくさんの声を届けている人だから」
表情はわからない。でもいつもと同じ優しい声。
「でもさ、そういうのって不安定でしょ? 先が読めないっていうかさ」
その声に悪意はなかった。確かに、それが世間の認識だろう。俺自身も、自分の選んだ道が安定したものとは思っていない。どこまでやれるか、正直、自分でもわからない日だってある。
でも。
「それでもね、私は思うんだ。あの人なら、きっといつまでも視聴者に求められる配信者でいられるって」
菜緒さんの声が、ぐっと強くなった。
俺の心の中で、何かが跳ねた。
彼女は迷いのない声で話し続ける。
「それに……そんな彼が私を好きでいてくれるなら、私も彼の隣にずっと立てる女性になれるよう頑張れるの。ずっと、そう思ってる」
ゆっくりと席を立った。背中を向けたままの彼女に気づかれないように、足音を立てずにカフェを出る。胸の奥がじんわりとあたたかかった。
その数十分後、スマホが震えた。
菜緒さんからメッセージが届いた。
《今日、家行っていい?》
無意識のうちに口元が笑っていた。
すぐに返信する。
《もちろんですよ、飯何にします?》
***
「智士くん、なんか今日……、機嫌いい?」
うちにやってきた菜緒さんが、ソファでミーアキャットのぬいぐるみ(この前動物園に2人で行った時連れて帰ってきた)と戯れながら、俺の方を向いて首をかしげる。
「……なんでもないよ」
彼女のカフェオレと自分のコーヒーをテーブルに置いて隣に座った。
彼女の頬をそっと撫でると、くすぐったそうに目を細める。可愛くて、誰よりも愛しい人。
秘密にしておきたかった。自分のいないところで、こんなにも彼女に大切にされていたことを。それを、自分が知っているということを。
どこまで俺は、この人のことを好きになるんだろう。
「菜緒さん……」
「なぁに?」
彼女の髪を耳にかけて、そこにそっと囁く。
たくさんの想いをこめて。彼女に届くように。
「……大好きです」
途端、彼女の身体がピクっと跳ねた。
頬が赤く染まっている。最高に可愛い顔。
「い……いきなり、羊さんボイスは反則だよ……」
俺は笑って、コーヒーに手を伸ばした。
彼女が自分を信じてくれる限り、自分はどこまでも前に進める。彼女の隣に立つ資格だけは、絶対に手放したくない。
(後日、GG4メンバーに「お前の実況、最近やたらパワーアップしてない?」と詰められたけど、「配信者としてのモチベーションが高まったんすよ」とだけ、答えておいた)
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