不気味な予兆(1)
【Side;智士】
大手企業ってのは、会議室も広い。
俺たちは今日、Asteria Vision本社に来ていた。契約内容の確認とこれからの展開について、話し合うため。
壁に沿った間接照明。艶のある黒い長テーブル。その片側に、GG4のいつもの4人——齊藤さん、四宮、井口さん、そして俺が並んで座っている。
対面には、Asteria Visionの担当者、幹部と呼ばれる貫禄も恰幅もあるスーツの男、その隣はきちんと整えられた前髪に冷たい眼差しの秘書らしき男性。
……そしてさらにその横に、俺たちと同世代か、少し下くらいの女の子が一人。……誰?
そして俺はずっとその子に見られている。
「それでは、まずは改めてお互いの自己紹介と、今回のスポンサー契約の内容についてご説明を…」
担当者が進行を始めた。
お互いの自己紹介の間も、女の子からのじっとりとした視線が途切れない。
こういうの、知ってる。
媚びた笑顔、服の袖を無駄にいじる指先、上目遣いで探るような視線。
そういうの、過去に何度か経験したことがある、けど。
——何一つ響いてこなかった。
むしろ、思い浮かぶのは、最近急患が多くて忙しいと言っていた菜緒さんの顔。
「疲れた~」って言いながら、ちょっと甘えた声出すのが、妙にかわいかったなぁ…。
「……羊さん? 自己紹介を」
「あ、はい。羊です。よろしくお願いします」
少し遅れて頭を下げると、例の女の子がふふっと小さく笑った。
そして自己紹介によると、どうやら、この子は幹部の男性の娘らしい。いや、だから、なんでここにいる?
打ち合わせはスムーズだった。
齊藤さんが主となって説明してくれたが、GG4が今、取り組んでいる企画、公開実況、今後のプロモーション展開——Asteria側は、こちらの話をよく理解しているようだったし、俺たちも自分たちの方向性を的確に伝えられたと思う。
途中、四宮が少しテンション高めで、井口さんが「ちょっと座ろっか」となだめる場面もあったけど、それすらも和やかさとして場を和ませていた。
「では、来月の公開実況で正式発表ということで、ご協力よろしくお願いします」
資料も全部確認して、そろそろ解散ムードかな、と思った、その時。
それまでずっと黙っていた幹部の男が、唐突に口を開いた。
「……実はね、羊さん。今回の件とは別に、個人的なお話があるんですよ」
場の空気が微かに張り詰める。
「うちの娘がね、あなたの大ファンでして」
娘。
打ち合わせ中、まったく喋らなかったけど、ずっとこっちを見て来た視線女のことか。
「ぜひ、プライベートでもお付き合いを——と望んでるんです。親としてはねぇ、可愛い娘の願いですし、できる限り叶えてやりたくて。どうでしょう? ここで関係性を強化するっていうのも、今後GG4にとって悪い話じゃないでしょう」
一瞬、誰も声を発さなかった。
オロオロしている担当者。いや、止めてよ。あんたのとこの人でしょ。
「ちょっと~、お父さん、やめてよー。羊さん、困ってるぅ~」
女が、甘ったるい声で笑いながら言う。
その声と目線が、ぞわりと背筋を這った。
ああ、ダメだ。無理。
心の中で即答してるのに、口に出せなかったのは、相手が“企業”だからだ。
個人じゃない。相手は、GG4にとって今後の活動基盤にもなりうるほどのスポンサー企業。
「もちろん、すぐにとは言いません。ただね、羊さんのような方には……“ふさわしい相手”がいると思うんです。うちの娘のように、業界のことも理解していて、将来的にあなたを支えられるような」
担当者は気まずそうに笑って黙っている。そこに笑顔でフォローに入ってくれたのは、齊藤さんだった。
「はは……まぁ、いきなりのことで、羊も驚いたと思いますしね。その件は、また改めて。今はスポンサー契約を成功させることが第一なので」
「もちろん、もちろん。今後に期待ということでね」
幹部の男性はそう言いながらも、俺をじっと見てくる。娘の視線は、まるで“獲物”にでも向けるようだった。
この話、たぶん終わってない。
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