今日も声を届ける
【Side;智士】
“#羊の純愛”
なんてタグがトレンド入りする日がくるとは、さすがに想像してなかった。
控室のソファに沈み込んだまま、スマホ画面を眺めながら呆れたように笑った。
俺がステージの上で菜緒さんへの想いを語ったあのシーン——あれが切り抜かれ、SNSでバズった結果、このタグが生まれたらしい。
「“俺には特別な人がいます”って台詞、ここ数年でいちばん心臓に効いた、ってさ」
四宮が隣で笑いながら言ってくる。
「知らんよ、そんなの……」
恥ずかしさを誤魔化すように横を向いた。
あの一件のあと、Asteria Visionには視聴者からの抗議と要望の声が想像以上に殺到した。
《配信者個人の想いを尊重しないスポンサーに未来はない》
《人を傷つけることで利益を得る企業に応援などできない》
《GG4には、守りたい人を守れる自由が似合う》
そんな投書が、連日届いたらしい。
さらに、齊藤さんが本社の上層部に直接送りつけた証拠資料。
四宮が自分の配信やSNSを通じて発信した“スポンサー依存への警鐘”は若い視聴者の共感を呼び、話題に。
井口さんの「守りたい人がいるから、俺たちは笑える」というメッセージ動画は、たくさんの人の心を動かした。
そんな三方向からの力は、大手企業といえど無視できなかったらしい。
そして——Asteria Visionが動いた。
俺たちと契約しないことで失うものと、契約を続けることで得られる信用を天秤にかけ、下した結論はひとつ。
あの“例の幹部”はコンプライアンス違反で解雇。幹部の娘も姿を見せることはなくなり、俺たちには正式な謝罪が届いた。
その上で
『今後は一切、メンバーのプライベートには干渉しない』
この条件を明文化したうえで、再契約が結ばれた。
結果として、俺たちGG4は、晴れて、“Asteria”の称号を得ることになったのだ。
「GG4が一流の証を携えて帰ってきた、って声、すごいよ。コメント欄見てみ?」
スタジオで、井口さんがタブレットを手渡してくれた。そこには、何百、何千と寄せられたメッセージ。
《戻ってきてくれてありがとう》
《この4人じゃなきゃGG4じゃない》
《やっぱり大好きだ、この人たち》
《#羊の純愛、まじで泣いた……》
守れてよかった。
菜緒さんの想いも、GG4の仲間たちも、そして応援してくれるファンの気持ちも——ちゃんと、守れたんだ。
***
そして、今日。
GG4の収録スタジオには、差し入れを持ってきてくれた菜緒さんもいて、久しぶりに、穏やかな時間が流れていた。
「いや~~~、ほんっと、よかったよ。菜緒ちゃんいないときの羊くん、マジやばかったよね」
「なにが?」
俺が怪訝そうに返すと、セイが笑いながら椅子を回した。
「だってさ~、ずっとピリピリしてたじゃん。あれ、もう、“静電気ためすぎた羊”だったよ」
「おまえ、例えが斬新すぎるんだよ……」
「んで、今はすっかり“飼い主のそばに戻ったモフモフ羊”って感じ」
齊藤さんもそれに乗っかってくる。
「うるせぇ」
「ってか、羊くんさ」
井口さんが俺の手元を指差してくる。
「いつまで手、つないでるの?」
そう、俺の手は、彼女の手を自然と握っていた。
ずっと、離したくなくて。
「手離すと、この人どっかに行っちゃうんで」
「行かないよ!!」
即座に、菜緒さんが突っ込んでくる。その表情はほんのり赤くて、でも楽しそうで。笑い声がまたスタジオに満ちる。
「ほら、収録始まる! 行ってきて!」
「……うん。行ってくる」
握っていた手をぎゅっと一度強く握り返してから、俺は立ち上がった。
「よし、今日もやりますか!」
スタジオでコントローラーを握り、齊藤さんが音頭をとる。
「俺、今日は絶好調だから!ぶっちぎりで笑い取るからな!」
と四宮が元気いっぱいに叫んで。
井口さんは娘さんの爆弾発言のショックを引きずってたけど、それすらも笑いに変えていた。
俺もいつものように皆の空気を読み、ツッコミして、トークして間を繋ぐ。
“今の俺は、ひとりじゃない”
それが何より、力になる。
俺たちが守ったもの。
俺たちが貫いたこと。
そこには、誰かの気持ちが確かにあった。それを信じてよかったと、今なら胸を張って言える。
菜緒さんがくれた優しさ
メンバーがくれた居場所
ファンがくれた勇気
全部を胸に、はしゃいで、笑って、今日も俺は声を届ける。
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