そして戻ってきた(2)
【Side;菜緒】
楽屋のソファに腰を下ろし、備え付けのモニターを見つめる。
目の前にはステージの様子が映し出されていた。
スポットライトの下で、智士くんがメンバーと一緒に笑っていた。
セイくんの小ボケをぐっちさんが膨らませ、Renさんはちょっと呆れ顔をしながらもちゃんと回収して、その間をぴったりのテンポで繋いでいく、智士くん。
私の好きな羊さんが、そこにいた。
ちゃんと“戻ってきた”彼の姿が、胸の奥をふわっとあたたかくしてくれた。
やがて、ステージはエンディングへ。
メンバーが順番にマイクを持って、それぞれコメントを始めた。
Renさんは、きりっとした声で「今日の公開実況に来てくれた皆さん、ありがとうございました。」とお礼を述べる。ウインク一つで黄色い歓声が上がる。
セイくんは「今日は俺、まじめ!」とふざけながらも「みんなが応援してくれるからやれてます!これからも俺らしいハイテンションで突っ走るぞ!」と胸を張っていた。
ぐっちさんは少し涙声で「皆さんの歓声が本当に嬉しかったです。明日も明後日もその先も、俺たちGG4にしかできない形で、全力ではっちゃけていきます!」と言うと、観客から大きな拍手が起きた。
そしてマイクは、智士くんに渡された。
「今日は、ありがとうございました」
彼の十八番。低音癒しの羊ボイス。
「ここにいる皆さんは、俺たちを応援してくれる、大切な方々です。今日、俺たちはちょっとばかり予定外のことをしでかしましたが……決して、皆さんを裏切るようなことはしません。これからも、皆さんが望むGG4であり続けます。」
堂々と、でもどこか照れくさそうに続けるその姿がすごく誇らしかった。
そして私の大好きなふわっと笑った顔で彼は続けた。
「……俺には、特別な人がいます」
……え?
胸がどくん、と跳ねた。
「今回、彼女にもたくさん心配をかけました。だけど、その中で改めて気づいたんです。彼女がいるから、俺は俺でいられるんだって」
「俺の声が、誰かの救いになっていたら嬉しい。だけど、俺にとっての救いは、たったひとり、いつも俺を信じてくれた人の笑顔でした」
「だから、これからも俺の全てをかけて、守っていきたいと思います。どうか——見守っていてください」
一瞬、ステージの空気が止まり、すぐに、大きな拍手と歓声に包まれた。
会場に響く声。ファンの人たちが“羊さん”の言葉に応えてくれている。
私はもう、涙が止まらなかった。
でも、それは悲しい涙じゃない。
あたたかくて、優しくて、幸せすぎて、こぼれた涙だった。
あとから知ったけれど、あの智士くんの告白は、SNSで「#羊の純愛」としてトレンド入りしたらしい。
「こんな風に想われてみたい」とか、「大切な人のために声を出す“羊”が好きだ」とか、たくさんの言葉が飛び交っていた。
……ほんとに、もう。
あの人は、どうしてこうも人の心を動かすんだろう。
しばらくして、楽屋の扉が音を立てて開いた。
「ただいま」
智士くんだった。
真っ直ぐに私を見て、少し照れくさそうな笑顔で。
「……おかえりなさい」
声が震えそうで、必死に堪えた。
その後ろから、セイくん、ぐっちさん、Renさんもぞろぞろと入ってきた。
「えっ!? 菜緒ちゃん!? 本物!? ほんとに!!??」
セイくんが目を丸くして叫んだ。
「菜緒さん……っ! よかった……よかったよぉぉぉ~~~!」
ぐっちさんは私と握手した手を上下にぶんぶん振っている。目が真っ赤だ。
「ほんとに……無茶なこと、するよね。でも……ありがとう」
Renさんが静かにそう言って頭をそっと撫でてくれて。その声が、胸に染みた。
そしてガバッとセイくんが抱きついてきた。
「そうだよ! 菜緒ちゃん、ありがとう! GG4のこと、守ってくれ——いったぁ!」
そう言ったか言わないかのタイミングで、智士くんがセイくんの首根っこをつかんで引き剥がす。
「調子、乗りすぎ」
「いいじゃーん! 感謝のハグだよ!」
「それは、俺がする」
「羊くんの独占欲~~!」
わちゃわちゃする声、笑い合う空気。ほんの数週間前までは、当たり前だったこのやり取りが、今は奇跡みたいに感じた。
気がつくと笑っていて、言葉がこぼれていた。
「ただいま」
智士くんが、そっと横に立ち、手をギュッと握ってくれた。
「……おかえりなさい」
その言葉が、あたたかくて、優しくて——
ここが、私の居場所なんだと思った。
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