そして戻ってきた(1)
【Side;智士】
菜緒さんが抱きしめ返してくれて、それだけで、心が満たされた。
やっと、彼女をこの腕に取り戻すことができた。またここから始められる。
そんなことを考えていた、次の瞬間——
「……!! ってか、智士くん!!」
急に菜緒さんが身を離し、俺の胸を軽く叩いてきた。
え? 今、すっごくいいムードじゃなかった?
「ステージ! まだ本番中でしょ!? 何やってんの!? 主役がこんなとこで!」
わたわたと焦る菜緒さん。
涙の跡と擦りすぎて真っ赤になった目元。鼻も少し赤い。きちんと正面から見れて、嬉しい。可愛い。
「あー……」
俺は、少し空を見上げて、口元を緩めた。
「……たぶん大丈夫だよ」
「なにが!? どこが!?!?」
「だって、あいつらいるし。Renさんとセイとぐっちさんが。……たぶん今頃、Renさんのリードにセイが悪ノリしてぐっちさんが拾って、盛り上がってるんじゃないかな」
それでも菜緒さんは治まらない。
「いやいやいや! そういう問題じゃないから! 社会人として、アウトなやつだから!」
「……だって、菜緒さんが逃げるから」
「そ、それは……」
「追いかけないわけ、ないでしょ」
目線を合わせて静かにそう言うと、菜緒さんは一瞬言葉を詰まらせて——
耳まで真っ赤になって、目を逸らした。
そして、小さく笑って言った。
「……とにかく、戻ろう。ちゃんとステージ、終わらせてきて。ね?」
「うん。でも……」
ふと手を伸ばした。彼女の手を取って、指を絡める。
「菜緒さん、もうどこにもいかない?」
もう2度と、彼女を失うことはしたくなかった。
ぱちりとまばたきをした菜緒さんが、俺を見上げる。
「……いかないよ」
「絶対?」
「絶対」
優しい笑顔とその一言に、胸があたたかくなる。
この手をもう離さないと、指先にそっと力をこめた。
会場裏の楽屋通路に戻ると、ちょうど場面転換のタイミングで誰もいなかった。
顔馴染みの守衛さんに片手をあげて挨拶して、俺たちは楽屋に入る。
菜緒さんをソファに座らせて言った。
「じゃあ、行ってくるね。すぐ、戻るから」
「“すぐ”って言うと、ほんとにすぐ戻ってきそうで怖いんだけど。ちゃんと、最後まで立って来てね」
釘を刺された。
「……立つよ。ちゃんと、締めてくる。だから、待ってて」
「うん」
彼女の髪を撫で、そっと額にキスを落とした。
「いってくる」
「いってらっしゃい、羊さん」
彼女のその言葉だけで、たぶん俺は何でもできる。
舞台袖に戻ってくると、三人がそこにいた。
「おかえり」と、齊藤さん。
それだけで、全部を許されたような気がして、胸の奥がぐっと熱くなる。
「捕まえた?」
「……あぁ。やっと」
言葉にした瞬間、感情がこみ上げてきそうになる。それを察したのか、井口さんが俺の肩にポンと手を置いた。
「で? 愛の告白は? 100回くらいした?」
「……いや、100はしてないけど」
「ふ~ん? で、どっちが泣いたの?」
「……両方」
素直に言った俺に、「お~~」と声を上げて手を叩いたのは四宮。
そして、いきなり真顔を作って言った。
「羊くん。今から最後のコーナーあるけど——全力の“羊ボイス”はやめとけよ?」
「……は?」
「いやだってさ、今のお前、明らかに“想いの臨界点”超えてるじゃん? その状態であのボイス使ったら、観客一発で昇天するぞ? 命の責任、負えないからな?」
井口さんも、無言で深く頷き、齊藤さんも「否定はできないな」とニヤついている。
「何それ。音波兵器かよ」
そんなバカな話をして、皆笑っていた。
「みんな……、マジで、ありがとうな」
心からの言葉だった。
こいつらは、俺を信じて待ってくれた。こいつらがいなければ、俺は彼女を取り戻せなかった。
「ちなみに、あの幹部と娘さん、いつの間にか消えてたらしいよ」
井口さんが言うと、齊藤さんがふっと口元を歪めた。
「ま、証拠は今日、本社の上層部にも届くように手配済みだから。あとは、大人たちに任せようかねぇ」
……黒い。笑ってるのに、怖い。
「……絶対、Renさんは敵に回さないようにしような」
四宮と井口さんと囁き合った。
「正解」
と齊藤さんに軽くウィンクされて、背筋がゾワッとしたのは内緒だ。
音響スタッフさんが「そろそろお願いします」と声をかけてきた。
俺たちは視線を合わせると、ステージの光が差す方へ歩き出した。
場面転換のBGMが切り替わる。ステージの照明が再点灯し、観客の視線が集まる。
「……すみません、ちょっと野暮用でー!」
俺がマイク越しにそう言うと、観客席からは笑い声と拍手が起きた。
「羊、帰ってきた!!」
「ほら! やっぱ演出だったじゃん!」
「セイ、普通にトーク繋いでたし!」
「他のメンバーも全然焦ってなかったし!」
ざわざわとした声が、楽しげに会場を埋めていく。
あいつらのフォロー、マジで完璧すぎる。
俺が突発的に抜けたのに、全く動揺せず、むしろ“演出”として見せてくれるって、どういうチーム力なんだ。
「それじゃあ、ラストコーナー、いくぞー!」
四宮が元気よく叫び、会場が応える。
井口さんが軽口を叩き、齊藤さんがピタリとボケを拾う。俺の声がそこに加わって、再びGG4の空気が生まれる。
もう、迷わない。
彼女も、仲間も、夢も——全部守る。
「最後まで楽しんでいこう! GG4を選んでくれたみんなに、最大級の感謝を!」
俺は、全力で、声を届ける。
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