俺たちが選んだもの(2)
公開実況はクライマックスに差しかかり、ステージ照明が一度落ちる。
俺たちは舞台の中央に立った。
そして再び光が当たる。
齊藤さんがマイクを取った。
「ここで皆さんに、大切なお知らせがあります」
観客がざわつく。大ビジョンに「お知らせ」の文字が浮かぶ。
幹部と娘が、何かを察したように身を乗り出してくる。
でも、齊藤さんはそのまま淀みなく言い切った。
「俺たち、Game Geek 4は……、今回のスポンサーのお話……Asteria Visionさんのスポンサードを、正式にお断りします」
「理由は、明確です。メンバーへの過度な干渉があったためです」
場内がどよめく。
そのどよめきの中、井口さんがはっきりと声を上げる。
「俺たちは配信者である前に、ひとりの人間です。大切な日常があって、大切な人がいる。それがあるからこそ、今日まで声を届けられた。それだけは、譲れません」
セイがニカっと笑う。
「だから、俺たちの大事なものに手を出されたら、俺たちは、黙ってません」
そして、俺が最後に言う。
「GG4は、“自由であること”を選びます」
直後、ビジョンが切り替わる。俺たちが仕込んだとっておきのサプライズ。
表示されたのは——あの幹部の証拠。
不自然な取引記録、外部業者との関係、内部告発の証言の一部。
ざわつきが驚愕へと変わり始める。SNSが一斉に騒ぎ始めるのが、空気でわかる。
一瞬で凍りつく幹部と娘。
観客に動揺が広がる中、俺はゆっくりと客席に目を走らせ——
ある一点で、目を奪われた。
なんでそこだったのか、説明はできない。でも、わかったんだ。
大きめの帽子に眼鏡。驚いている表情の女性。世界で一番大切な人。
みつけた
菜緒さん——
愛おしさで、息が止まりそうになった。
大きく目を見開いて。
信じられないという表情。
それでも、視線は俺を、まっすぐに見ていた。
一瞬、あの頃の記憶が蘇る。
そう、まだ彼女が、俺が“羊”だと知らなかった時。
ステージの上と下で目が合ったんだ。
あの時は、すぐに目を逸らしてしまった。
——でも、
あれからたくさんの日々を積み重ねて来た。
たくさんの時間を過ごして、言葉を交わして、心を通じ合わせた。
あなたのことを俺はずっと、ずっと想い続けている。そんな気持ちを込めて、彼女と視線を合わせた。
そして、隣にいるセイにマイクを渡すと、小さくささやいた。
「見つけた。行ってくる」
「りょーかい」
「いってこい」
「ちゃんと伝えろよ」
オフマイクでこっそり交わした言葉。たった一言のメンバーの言葉が、何より頼もしかった。
俺は躊躇なく、ステージの端から飛び降りた。
観客席がざわめき、悲鳴混じりの歓声が上がる。
次の瞬間、彼女は踵を返して、観客席を抜け、会場の出口へと走り出していた。
(絶対、逃すかよ……)
ステージの上では、メンバーのアドリブが炸裂する。
「あっ、ごめんなさいね! 羊くん、ちょーーっと急ぎの用があるって!」
「多分、推しに会いにいったんだと思いまーす!」
「いやーほんっと、本番中に何やってんだあいつ、バカかよ! ……大好きだけど!」
観客が爆笑し、視線がそれる。
俺は会場を抜け、一直線に、彼女を追いかけた。
この先に、菜緒さんがいる。
あの日、俺を守って、全部を背負って消えた、優しい人。
もう逃がさない。
全部を、この手に取り戻してやる。
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