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守りたいものがあるから

【Side;ぐっち】


「……あー、ダメだな」


 タイムラインがずれてる。カット割りのテンポが悪い。いつもなら、一発で決まるような編集も、今日は何度やってもしっくりこなかった。


 机の上には、ぐちゃぐちゃになったメモ用紙と、開きっぱなしの動画ファイル。

 閉じようとして、ふと目に入った。


 PCの横——そこにテープで貼られた、小さな色鉛筆の絵。


 《パパとおともだち》


 その絵には、GG4のメンバーが子どもらしいタッチで並んでいる。真ん中にいるのは、俺。両隣に羊くんとセイくん、その後ろにRenくん。そして——菜緒さんもいた。


「……みのり」


 娘の名前を口にした瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。


 あの子は、菜緒さんにすごく懐いていた。学校の友人とも、両親とも違う。歳の離れた姉妹って感じで、一緒にショッピングに行ったこともある。


「こーかいじっきょーの打ち上げ、菜緒さんも来る? 菜緒さん、可愛くて優しくて大好き! また遊びたいなぁ」


 そんなふうに無邪気に聞いてきた。


 その菜緒さんが、いなくなった。



 羊くんと菜緒さんが別れたと知ったとき、俺は信じられなかった。あのふたり、一緒に居るとほんとに自然で、めっちゃバランスが取れてたから。

 菜緒さんと思いが通じ合った後の羊くんは本当にパワーアップしていた。実況の雰囲気も明らかに洗練されたし、収録中も彼のツッコミがあるだけで、一回りも二回りも笑いが膨らんだんだ。


 だから今の羊くんを見てると、ああ、ほんとに“半分”失ったんだなって思う。

 そして、菜緒さんが俺たちを守ろうとして取った行動を知って衝撃を受けた。

 けど——心のどこかで彼女の気持ちも、わかってしまった。自分を犠牲にしてでも守りたいものがある気持ち。俺もきっと妻や娘のためなら、自分が引くことを選んでしまったかも、しれない。



 俺たちがいくらフォローしても、視聴者は正直だ。コアなファンは残ってるけど、離れて行った視聴者も何人もいる。数字は確実に下がってる。そりゃそうだよな。中心が傾いたままじゃ、どんなに飾っても崩れて見える。


 妻にも言われた。


「最近、あんまり笑ってないね。……パパ、つらい?」


 図星だった。



 でも、俺には“逃げられない理由”がある。守るべき人がいるから。支えてくれる人がいるから。

 そのおかげで、俺は今日もマイクの前に座れる。


 羊くんも、きっとそうだったんだよな。

 菜緒さんが、隣で見ていてくれてたから。だから、あいつは迷いなく、前に向かって走れてたんだ。

 支えてくれる人がいる、守りたい人がいる、それが俺らの力になる。それは誰よりも俺が知っている。



 その夜、ひとりで配信をした。


 ゲームは起動していたけど、操作はしなかった。

 ただ、静かに、マイクをオンにした。


「……こんばんは。ぐっちです。今日はちょっと、雑談だけ」


 コメント欄がざわつく。“いつもと違う”ってのは、すぐに伝わる。


「俺には、大切な家族がいます。嫁さんと、娘と、毎日笑って過ごせるように、配信して、動画編集して……こんなバカみたいな生活を、真面目にやってます」


「でもね、こんな生活、ただのおふざけじゃ続けられない。本気で“守りたい人”がいないと、毎日マイクの前には立てないんですよ」


「それは、家族だったり、仲間だったり、ファンだったり……恋人だったり。いろんな形があると思うけど」


 息を整えて、続けた。


「今回、色々お騒がせして、すんません。俺たちはいろんなものを失いかけました。信頼とか、希望とか、仲間とか……でも、まだ終わってないんです。守るべき人が、もし傷つけられるなら——俺らは、黙っていません。全力で守ります。配信者である前に、守りたい人を守れる人間でありたいんです。」


 コメント欄が、ぽつぽつと反応し始める。


「これが、GG4のやり方です。俺たちは、仲間を、ファンを、支えてくれたすべてを守っていく。バカみたいに笑いながら、それでも真剣に」


 コメント欄が、静かに流れはじめた。

「泣きそう」「ぐっちさん、ありがとう」「“守りたい人を守れる人間に”私もなりたい」

 中には、昔から見てくれていた視聴者の名前もあった。



 配信が終わった後、俺はスマホを取り出した。羊くんへ、ぽつんとメッセージを送る。


 《羊くん、みのりは菜緒さんいなくなったら泣くぞ。あいつ、菜緒さん大好きだからな。……そんなことになったら、俺、許さねぇからな》


 それから少し迷って、つけ足した。


 《みのりの名言、覚えてるか?『A連打』だ笑》

 《A連打で、押して押して行けば、勝てるんだって。だから、俺たちでA連打、し続けようぜ。全部取り返そう。菜緒さんも、おまえの未来も、GG4の夢も』


 俺には、守りたいものがある。

 それを守るためなら、何度でも立ち上がるし、何度でも“おふざけ”で世界を変えてみせる。

 それを、画面の向こうに伝えることが、俺みたいな“家庭系実況者”の役目なんじゃないか、勝手にそう思ってる。

読んでいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、評価、感想いただけると嬉しいです。

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