表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

優しい未来の匂い

【Side;菜緒】


 カップに注がれたカフェラテから、ふわりと甘い香りが立ちのぼる。

 智士くんの部屋の灯りはいつも、ちょうどいい。明るすぎず、でもあたたかくて、まるで彼の腕の中にいるような安心感がある。


 ソファでまったりする私の隣には智士くんが座っている。こうして彼の部屋で過ごすのは、もう何度目だろう。最初はドキドキしてたのに、今はその空間が心地よくて、まるで「帰ってきた」と思える場所になっていた。優し気で落ち着いた顔、低く甘く響く声。違う意味でドキドキはしちゃうんだけど。


「そうそう」

 ふと、智士くんがコーヒーを置いて口を開いた。

「GG4がさ、今度、Asteria Visionにスポンサーついてもらえることになるっぽい」


「えっ……!?」

 思わずカップを置いて、前のめりになってしまった。


「まだ“っぽい”段階だけどな。ほぼ確実みたいでさ」


「……え、え、それ、ほんとに!? Asteria Visionって、あの……!? 本当に!?」


 声が裏返るくらい驚いた。

 Asteriaアステリア Visionビジョン──それはエンタメ業界の中でも、夢のような存在だ。その名は、エンタメ・配信業界の“本物”にしか与えられない。そのロゴがつけば「一流」と見なされ、場合によっては一晩で登録者数が倍になるとも噂されている。

 そんな大手がスポンサーに? 智士くんたちに? GG4に?


 心の底から嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。私なんかが言うのもおこがましいけれど、それでも。


「うわぁ……すごいよ、それ。ほんとに、ほんとにすごい。智士くんたち、頑張ってたもんね……! 私、誇らしいなぁ」


「……ん。ありがと」


 彼は照れくさそうに笑って、マグを口に運ぶ。

 その横顔を見ながら、ふと未来の光景を思い浮かべた。大きなステージ。観客の歓声。モニターに映る“GG4”と“Asteria Vision”のロゴ──。


「来月の公開実況、きっとさらに盛り上がるね。あぁ、楽しみだなぁ……!」


「……ってかさ、言ってくれれば招待席、用意したのに」


「え?」


「彼女なのに、なんで普通に一般席で観ようとしてんの」


 智士くんの不満そうな顔に思わず吹き出した。


「だって、私、彼女である前にGG4のファンなの。ちゃんと抽選当たったんだよ。愛の力、ってやつ!」


「……それ、誰への“愛”だよ」

 拗ねたように言う智士くんがちょっと可愛いくて、揶揄いたくなった。


「さぁ~、誰だろ~ねぇ?」


 わざと曖昧に笑ってみせると、智士くんはあきれたように微笑む。こんな当たり前のようにふざけ合える何気ない会話が、私にとっては何よりの宝物だった。


 ……その時。


 ピロン! ピロン! ピロン!


 いつものチャット通知音が立て続けに鳴って、私たちは顔を見合わせた。GG4メンバーのグループチャットだ。


「……ったく」

 智士くんは苦笑しながら、パソコンのモニターを覗き込む。

「あいつら、絶対わかってて送ってきてるだろ……」


「ふふ。そんなこと言わないの。大切な仲間でしょ?」


 画面にはGG4のグループチャットが次々に更新されていた。


 セイ:

 《マジで来たぞ!! アステリアぁあああ!!!!》


 ぐっち:

 《今、娘に「すごいねパパ! かっこいい!」って言われた。死んでもいい……》


 Ren:

 《おい生きろ。これからが勝負だ》


 羊:

 《……俺は今、大事な人と静かな時間を過ごしてるんですけど》


 セイ:

 《羊くんは菜緒ちゃんに報告したのかなー? すごいね! って言ってもらって、いつもより甘やかしてもらってるんだろ♡♡》


 ぐっち:

 《菜緒さんは羊くんのやる気スイッチだからなぁ》


 笑ってしまった。ほんとに、仲がいいんだなぁ。

 メッセージのひとつひとつが、智士くんにとってどれだけ大事な絆か、見ているだけで伝わってくる。


「みんな、嬉しそうだね」


「まぁな。今日聞いた時、Renさんはクールだったけど、プレイの集中度いつになくヤバかったし。セイは……うるさいぐらいにはしゃいでて。ぐっちさんなんて、奥さんに泣きながら電話してた」


 そういうと智士くんはふっと目を伏せた。その表情がどこか寂しげで。


「俺も……すごく嬉しいよ。でも、こうなるとさ、たぶんもっと忙しくなるだろ? 菜緒さんと、会える時間、減るかもしれないなって思うと……それだけは……やだな」


 その言葉に、胸の奥がぎゅっと熱くなる。


 この人は、あんなにも多くの人に求められて、応援されてるのに、それでも私との時間を大切にしてくれる。

 その優しさが、愛しすぎて苦しくなる。


「甘えたさんだなぁ、ほんとに」  


 私はそっと彼の手に自分の手を重ねた。


「でも、そういうところ、好きだよ」


 自然に唇が重なった。

 温かくて、やわらかくて、心の奥がじんわりと満たされていく。

 強く抱きしめられた体に、鼓動が伝わる。こんなにも近くで、同じ未来を見ていることが嬉しかった。


 ──こんな日々が、ずっと続くと信じていた。

 

 そう、信じたかった。

読んでいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、評価、感想いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ