優しい未来の匂い
【Side;菜緒】
カップに注がれたカフェラテから、ふわりと甘い香りが立ちのぼる。
智士くんの部屋の灯りはいつも、ちょうどいい。明るすぎず、でもあたたかくて、まるで彼の腕の中にいるような安心感がある。
ソファでまったりする私の隣には智士くんが座っている。こうして彼の部屋で過ごすのは、もう何度目だろう。最初はドキドキしてたのに、今はその空間が心地よくて、まるで「帰ってきた」と思える場所になっていた。優し気で落ち着いた顔、低く甘く響く声。違う意味でドキドキはしちゃうんだけど。
「そうそう」
ふと、智士くんがコーヒーを置いて口を開いた。
「GG4がさ、今度、Asteria Visionにスポンサーついてもらえることになるっぽい」
「えっ……!?」
思わずカップを置いて、前のめりになってしまった。
「まだ“っぽい”段階だけどな。ほぼ確実みたいでさ」
「……え、え、それ、ほんとに!? Asteria Visionって、あの……!? 本当に!?」
声が裏返るくらい驚いた。
Asteria Vision──それはエンタメ業界の中でも、夢のような存在だ。その名は、エンタメ・配信業界の“本物”にしか与えられない。そのロゴがつけば「一流」と見なされ、場合によっては一晩で登録者数が倍になるとも噂されている。
そんな大手がスポンサーに? 智士くんたちに? GG4に?
心の底から嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。私なんかが言うのもおこがましいけれど、それでも。
「うわぁ……すごいよ、それ。ほんとに、ほんとにすごい。智士くんたち、頑張ってたもんね……! 私、誇らしいなぁ」
「……ん。ありがと」
彼は照れくさそうに笑って、マグを口に運ぶ。
その横顔を見ながら、ふと未来の光景を思い浮かべた。大きなステージ。観客の歓声。モニターに映る“GG4”と“Asteria Vision”のロゴ──。
「来月の公開実況、きっとさらに盛り上がるね。あぁ、楽しみだなぁ……!」
「……ってかさ、言ってくれれば招待席、用意したのに」
「え?」
「彼女なのに、なんで普通に一般席で観ようとしてんの」
智士くんの不満そうな顔に思わず吹き出した。
「だって、私、彼女である前にGG4のファンなの。ちゃんと抽選当たったんだよ。愛の力、ってやつ!」
「……それ、誰への“愛”だよ」
拗ねたように言う智士くんがちょっと可愛いくて、揶揄いたくなった。
「さぁ~、誰だろ~ねぇ?」
わざと曖昧に笑ってみせると、智士くんはあきれたように微笑む。こんな当たり前のようにふざけ合える何気ない会話が、私にとっては何よりの宝物だった。
……その時。
ピロン! ピロン! ピロン!
いつものチャット通知音が立て続けに鳴って、私たちは顔を見合わせた。GG4メンバーのグループチャットだ。
「……ったく」
智士くんは苦笑しながら、パソコンのモニターを覗き込む。
「あいつら、絶対わかってて送ってきてるだろ……」
「ふふ。そんなこと言わないの。大切な仲間でしょ?」
画面にはGG4のグループチャットが次々に更新されていた。
セイ:
《マジで来たぞ!! アステリアぁあああ!!!!》
ぐっち:
《今、娘に「すごいねパパ! かっこいい!」って言われた。死んでもいい……》
Ren:
《おい生きろ。これからが勝負だ》
羊:
《……俺は今、大事な人と静かな時間を過ごしてるんですけど》
セイ:
《羊くんは菜緒ちゃんに報告したのかなー? すごいね! って言ってもらって、いつもより甘やかしてもらってるんだろ♡♡》
ぐっち:
《菜緒さんは羊くんのやる気スイッチだからなぁ》
笑ってしまった。ほんとに、仲がいいんだなぁ。
メッセージのひとつひとつが、智士くんにとってどれだけ大事な絆か、見ているだけで伝わってくる。
「みんな、嬉しそうだね」
「まぁな。今日聞いた時、Renさんはクールだったけど、プレイの集中度いつになくヤバかったし。セイは……うるさいぐらいにはしゃいでて。ぐっちさんなんて、奥さんに泣きながら電話してた」
そういうと智士くんはふっと目を伏せた。その表情がどこか寂しげで。
「俺も……すごく嬉しいよ。でも、こうなるとさ、たぶんもっと忙しくなるだろ? 菜緒さんと、会える時間、減るかもしれないなって思うと……それだけは……やだな」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと熱くなる。
この人は、あんなにも多くの人に求められて、応援されてるのに、それでも私との時間を大切にしてくれる。
その優しさが、愛しすぎて苦しくなる。
「甘えたさんだなぁ、ほんとに」
私はそっと彼の手に自分の手を重ねた。
「でも、そういうところ、好きだよ」
自然に唇が重なった。
温かくて、やわらかくて、心の奥がじんわりと満たされていく。
強く抱きしめられた体に、鼓動が伝わる。こんなにも近くで、同じ未来を見ていることが嬉しかった。
──こんな日々が、ずっと続くと信じていた。
そう、信じたかった。
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