表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/34

全部、取り返そう

【Side;智士】


 Asteria Visionからスタジオに戻ってきた俺たちは、誰も言葉を発しなかった。

 あの幹部の、商品を選ぶような物言い。

 まるで俺の人生が、商品棚に並べられてるみたいだった。



 菜緒さんを、取り戻したい。

 でも、彼女を選べば、GG4が壊れるかもしれない。

 Asteriaの後押しを失えば、配信のチャンスも、成長も、全部失われる可能性がある。

 そうなったら、四宮も、齊藤さんも、井口さんも……俺のせいで、夢を絶たれるかもしれない。

 ……もしかしたら菜緒さんもそんな思いで、俺の元を去ったんだろうか?



 そんな沈黙を破ったのは四宮だった。


「なー、羊くん?」


「……何?」


「もしかしてさ、菜緒ちゃんの手を取ったら、GG4(オレたち)が困るとか、余計なこと考えてない?」


「……別に、余計じゃないだろ。現実の話だよ。俺が彼女を取ったら、俺たちの今まで積み上げて来たもの、崩れるのかも——」


「なんで?」


 齊藤さんが遮った。


「なんで、菜緒ちゃん取ったらGG4が取れないんだよ。両方取ればいいじゃん」


「……簡単に言うなよ」


 そう絞り出した声は思った以上にかすれていた。


「俺たち、やっとここまできたんだぞ? 再生数も、登録者数も。スポンサーもやっと安定して……これからってときに、俺の私情で、全部壊したら——」


「いやいや、もう壊れかけてんじゃん?」


 あっさりと言い放つ齊藤さん。


「だってさ、正直、最近の羊くん、トークのキレ、明らかに落ちてるよ? そろそろ俺たちでも、カバー限界なんだわ」


「そうそう。羊くんのツッコミがなきゃ、セイくんのボケ、すべり倒すんだから」


 井口さんが加勢する。


「えっ!? 俺、すべってるの!?」


「気づいてなかったの!? お前のすべりが酷すぎて、スポンサーやファン、冷めたらどうすんだよー」


「ひどくね!?」


 くだらない会話に、笑ってしまいそうになる。でも——


「……でも、それでみんなに迷惑かけてるなら、なおさら、俺が身を引くべきじゃ——」


「違ぇっての!」


 四宮の拳がテーブルを叩く音が響いた。

 そして真っ直ぐに俺の顔を見た。


「全部、取り返そうぜ。菜緒ちゃんも、GG4も」


「羊くんには、菜緒さんが必要。そしてGG4には、羊くんが必要。ほら、簡単な話じゃん。」


 何でもないことのように笑って、井口さんも言う。


 胸の奥が熱くなった。

 喉の奥が詰まって言葉が出ない。


 みんな、分かってたんだ。俺が、がんじがらめになって、動けないでいること。


 俺は、深く息を吐いて、みんなを見た。

 Renさん、セイ、ぐっちさん。


「……ごめん。俺、これからGG4のチャンスを潰すかもしれない。最悪……GG4を壊すかもしれない」


 一瞬の沈黙。でもすぐに、四宮が笑いながら肩を叩いてきた。


「その時はまた別の名前でやりゃいーじゃん! “GG4・Z”とか、ちょっとカッコよくない? なんか続編っぽくてさ」


「いや、普通にダサい」


 齊藤さんが即ツッコミを入れる。

 そして楽しそうに言った。


「また、一からっていうのも、それはそれで面白そうだよな。配信スタイル、がらっと変えてみるってのも手か?」


「はいはい! じゃあオレ、羊くんみたいな落ち着き系配信者、目指すわ!」


「「「それは無理だろ」」」


 四宮以外の3人の声がハモった。俺も思わず声が出ていた。


「なんで!? なんで一斉即答!?」


「だってお前の辞書に“落ち着く”って言葉、あるの?」


「むしろ真逆。見ててハラハラする。ハラハラしかしないわ」


 齊藤さんと井口さんのツッコミに四宮が「ひでー!!」と叫んでて、俺は、笑ってしまった。

 こんなふうに笑うのは、いつぶりだろう。


 井口さんがこっちを向いて、少しだけ真面目な顔で言った。いつもの穏やかな声で。


「そんでまた登録者数稼いで、スポンサー見つけてさ。GG4って名前は大して重要じゃないよ。大事なのはさ……“俺たちがやる”、ってことだろ?」


 “俺たちがやる”


 それは、この活動を始めたときの原点だった。面白い配信をして、少しでも誰かを笑わせたい。声を届けたい。仲間と一緒に、笑いながら。


 それが、いつの間にか……肩書や称号や、戦略の上に乗っかるものになっていたのかもしれない。


「……ありがとな」


 自然と、そう言葉がこぼれた。

 俺の声は、たぶん震えていた。


 失うのが怖くて、菜緒さんも、GG4も守ろうとするふりをして、実はどちらにも真正面から向き合えていなかったのかもしれない。

 でも、こいつらがいてくれるなら、怖くても、前に進める。



 「よっし!! じゃあ菜緒ちゃんも、GG4も、全部取り返そうな」


 そう言って、四宮が拳を突き出してきた。


 それに俺が拳を合わせると、井口さんも、齊藤さんも、同じように拳を差し出して来た。


「取り返そう、全部」


「ああ、取り返す」


「もう一度、始めようぜ。俺たちで」


 拳が合わさったその瞬間——

 心のどこかでくすぶっていた迷いが、消えていくのが分かった。


 たとえ道が崩れても、ここに俺の仲間がいる。

 だったら、もう一度、全部賭けてみよう。

 彼女も、夢も、全部取り返す。そう決意した。




 ——ねぇ、菜緒さん

 今、どうしてる? まだ泣いてるのかな。1秒でも早く駆けつけて、その涙を拭ってあげたい。大丈夫だよ、っていって抱きしめたい。もうちょっとだけ、待ってて。必ず、見つけるから。

読んでいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、評価、感想いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ