全部、取り返そう
【Side;智士】
Asteria Visionからスタジオに戻ってきた俺たちは、誰も言葉を発しなかった。
あの幹部の、商品を選ぶような物言い。
まるで俺の人生が、商品棚に並べられてるみたいだった。
菜緒さんを、取り戻したい。
でも、彼女を選べば、GG4が壊れるかもしれない。
Asteriaの後押しを失えば、配信のチャンスも、成長も、全部失われる可能性がある。
そうなったら、四宮も、齊藤さんも、井口さんも……俺のせいで、夢を絶たれるかもしれない。
……もしかしたら菜緒さんもそんな思いで、俺の元を去ったんだろうか?
そんな沈黙を破ったのは四宮だった。
「なー、羊くん?」
「……何?」
「もしかしてさ、菜緒ちゃんの手を取ったら、GG4が困るとか、余計なこと考えてない?」
「……別に、余計じゃないだろ。現実の話だよ。俺が彼女を取ったら、俺たちの今まで積み上げて来たもの、崩れるのかも——」
「なんで?」
齊藤さんが遮った。
「なんで、菜緒ちゃん取ったらGG4が取れないんだよ。両方取ればいいじゃん」
「……簡単に言うなよ」
そう絞り出した声は思った以上にかすれていた。
「俺たち、やっとここまできたんだぞ? 再生数も、登録者数も。スポンサーもやっと安定して……これからってときに、俺の私情で、全部壊したら——」
「いやいや、もう壊れかけてんじゃん?」
あっさりと言い放つ齊藤さん。
「だってさ、正直、最近の羊くん、トークのキレ、明らかに落ちてるよ? そろそろ俺たちでも、カバー限界なんだわ」
「そうそう。羊くんのツッコミがなきゃ、セイくんのボケ、すべり倒すんだから」
井口さんが加勢する。
「えっ!? 俺、すべってるの!?」
「気づいてなかったの!? お前のすべりが酷すぎて、スポンサーやファン、冷めたらどうすんだよー」
「ひどくね!?」
くだらない会話に、笑ってしまいそうになる。でも——
「……でも、それでみんなに迷惑かけてるなら、なおさら、俺が身を引くべきじゃ——」
「違ぇっての!」
四宮の拳がテーブルを叩く音が響いた。
そして真っ直ぐに俺の顔を見た。
「全部、取り返そうぜ。菜緒ちゃんも、GG4も」
「羊くんには、菜緒さんが必要。そしてGG4には、羊くんが必要。ほら、簡単な話じゃん。」
何でもないことのように笑って、井口さんも言う。
胸の奥が熱くなった。
喉の奥が詰まって言葉が出ない。
みんな、分かってたんだ。俺が、がんじがらめになって、動けないでいること。
俺は、深く息を吐いて、みんなを見た。
Renさん、セイ、ぐっちさん。
「……ごめん。俺、これからGG4のチャンスを潰すかもしれない。最悪……GG4を壊すかもしれない」
一瞬の沈黙。でもすぐに、四宮が笑いながら肩を叩いてきた。
「その時はまた別の名前でやりゃいーじゃん! “GG4・Z”とか、ちょっとカッコよくない? なんか続編っぽくてさ」
「いや、普通にダサい」
齊藤さんが即ツッコミを入れる。
そして楽しそうに言った。
「また、一からっていうのも、それはそれで面白そうだよな。配信スタイル、がらっと変えてみるってのも手か?」
「はいはい! じゃあオレ、羊くんみたいな落ち着き系配信者、目指すわ!」
「「「それは無理だろ」」」
四宮以外の3人の声がハモった。俺も思わず声が出ていた。
「なんで!? なんで一斉即答!?」
「だってお前の辞書に“落ち着く”って言葉、あるの?」
「むしろ真逆。見ててハラハラする。ハラハラしかしないわ」
齊藤さんと井口さんのツッコミに四宮が「ひでー!!」と叫んでて、俺は、笑ってしまった。
こんなふうに笑うのは、いつぶりだろう。
井口さんがこっちを向いて、少しだけ真面目な顔で言った。いつもの穏やかな声で。
「そんでまた登録者数稼いで、スポンサー見つけてさ。GG4って名前は大して重要じゃないよ。大事なのはさ……“俺たちがやる”、ってことだろ?」
“俺たちがやる”
それは、この活動を始めたときの原点だった。面白い配信をして、少しでも誰かを笑わせたい。声を届けたい。仲間と一緒に、笑いながら。
それが、いつの間にか……肩書や称号や、戦略の上に乗っかるものになっていたのかもしれない。
「……ありがとな」
自然と、そう言葉がこぼれた。
俺の声は、たぶん震えていた。
失うのが怖くて、菜緒さんも、GG4も守ろうとするふりをして、実はどちらにも真正面から向き合えていなかったのかもしれない。
でも、こいつらがいてくれるなら、怖くても、前に進める。
「よっし!! じゃあ菜緒ちゃんも、GG4も、全部取り返そうな」
そう言って、四宮が拳を突き出してきた。
それに俺が拳を合わせると、井口さんも、齊藤さんも、同じように拳を差し出して来た。
「取り返そう、全部」
「ああ、取り返す」
「もう一度、始めようぜ。俺たちで」
拳が合わさったその瞬間——
心のどこかでくすぶっていた迷いが、消えていくのが分かった。
たとえ道が崩れても、ここに俺の仲間がいる。
だったら、もう一度、全部賭けてみよう。
彼女も、夢も、全部取り返す。そう決意した。
——ねぇ、菜緒さん
今、どうしてる? まだ泣いてるのかな。1秒でも早く駆けつけて、その涙を拭ってあげたい。大丈夫だよ、っていって抱きしめたい。もうちょっとだけ、待ってて。必ず、見つけるから。
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