君が守ったもの(2)
幹部たちが部屋を出たのと入れ違いに、菜緒さんの弟である、拓実くんが訪ねてきた。
菜緒さんを見つけるために連絡したところ、今日はちょうど空いてると言って来てくれたのだ。
「ごめん、忙しいのに。わざわざ」
「いえ、むしろすみません。姉ちゃんが、なんか心配かけてるみたいで」
菜緒さんと一緒に働いている拓実くんなら、何か知ってるかも、と思った。しかし——
「姉ちゃん……病院にも体調不良ってことで、有休取ってるみたいで」
拓実くんが申し訳なさそうに言う。
「俺から連絡しても、“大丈夫だから”しか返ってこなくて。実家にも帰ってないみたいだし、話そうとすると、はぐらかされるし……正直、ちょっと怖いです」
「……そうか」
手がかり、なし、か。
喉がきゅっと締め付けられるように痛む。
でも、彼女は“自分で選んで”離れたんじゃない。何かがあった。それだけは確信していた。
しばらくの沈黙——
ふと、拓実くんがドアの方を振り返り、口を開いた。
「あの、さっき俺が来た時、何人かとすれ違ったんですけど。あの人たちって……スポンサーとか、関係者の方ですか?」
「ああ、そうだよ。Asteria Visionの……幹部と、娘さんと……あと、秘書の人もいたけど」
俺がそう答えると、彼の顔色が変わった。
「恰幅のいい人と女性がいましたよね。それで、1番後ろを歩いてた人が…?」
「細身の人?秘書の人だと思うけど」
なんでこんなことを気にしているんだろう?
すると拓実くんが真っ直ぐに俺を見て言った。
「……俺、あの秘書の人、見たことあります。前に姉ちゃんが、その人に声かけられてて。姉ちゃんの顔がこわばっていたんで、なんとなくすれ違い様に、顔、見ちゃったんです。あの星型の社章、見覚えあるし。多分、間違いない、です」
息が詰まった。
菜緒さんにAsteria Visionの幹部の秘書が会っていた? 何のために?
「姉ちゃん、『道を聞かれただけ、でも羊さんには内緒にして』って。ヤキモチ妬くからって笑ってたんで、てっきり冗談だと思ってたんですけど……」
「……それ、いつ頃の話?」
震える声で聞く。メンバーたちも息を潜めて俺たちの話を聞いていた。
「たぶん、2週間くらい前じゃないですかね」
「確かその日……羊さんがカレー作ってくれる、って言ってました」
その瞬間、頭の中で何かが繋がった。
あの夜、菜緒さんはどこか上の空だった。そして俺に聞いたんだ。耳の中で彼女の声が蘇る。
『もしも、私と一緒にいることで、智士くんが傷つくことがあったら……どうする?』
アンチコメントが急に湧いて、急に無くなったこと
同時に菜緒さんが俺の元から去ったこと
Asteria Visionの幹部と娘の視線
その秘書が菜緒さんに接触していて
そして、今さっきの幹部の、俺に“彼女がいない”と決めつけるような言い方
目の前にあったパズルのピースが、音を立ててはまり込むような感覚。
まさか、菜緒さんが、守ろうとしてくれていたのは——
「……拓実くん」
俺は、声を絞り出すように言った。
「ありがとう。来てくれて。本当に」
彼を見送ったあと、俺は静かにソファに腰を下ろした。俺の周りには話を聞いていた3人が集まってきた。
「羊くん」
齊藤さんが口を開いた。
「わかったんだろ。今の話聞いてて、なんとなく俺もわかった。菜緒ちゃんが守ろうとしてくれたもの。答え合わせしよう。何が、あったのか。彼女が、何をしようとしたのか」
「えっ!? えっ!? どういうこと?」
「俺、まだ状況把握できてないよ!?」
四宮と井口さんはまだ混乱している。
俺の頭の中では、菜緒さんの最後のメッセージが、何度も繰り返されていた。
《ごめんね、もう会えない》
——何で、一人で決めたんだよ。
胸の奥が、焼けつくように痛かった。
読んでいただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、評価、感想いただけると嬉しいです。




