夏の夜に咲く君の泣き顔(泣き顔+部活動)(作:山海月)
あれは、ある夏の日のことだった。
高校時代、僕は文芸部員として穏やかな青春を送っていた。全校生徒600人強に対し部員は2人。別館の部室塔の2階の一室で細々と活動し続けてきた。
1学期の終業式の放課後、僕たちはいつも通りあの部屋に集まり、各々黙々と本を読んでいた。
「ねえ、夏休み、暇?」
静寂を破ったのは黒崎さん。文芸部のもう1人のメンバーで、隣のクラスの女子だ。
「別に特に予定はないけど、どうした?」
「月末にさ、夏祭りあるじゃん。行ってみたいなーって思ってたけど、一人じゃ行きづらくて」
友達と行けばいいじゃん。喉まで出かかった言葉を飲み込む。彼女は教室でもずっと本の虫で、クラスメイトの女子とはあまり接点がないのだそうだ。
「じゃあ、行ってみるか」
「……! うん。行く」
その日はそこで会話は終わり、いつも通りの時間が流れた。
約束の日、彼女は普段と違う姿で現れた。学校外だから当然か。大きな縞模様のついた白いTシャツに、ぴたっとしたジーパン。それだけなのに、なんだか別人になったような気がする。
「おまたせ。じゃあ、いこっか」
普段と変わらない二人、少ない会話、穏やかな時間。だが、祭りの空気が不思議な高揚感を運んでくる。行き交う人々の声も自然と高鳴り、足取りは軽く、祭り拍子に運ばれて行く。
一通り縁日を回った後、彼女から思わぬ提案が舞い込んできた。
「丘の上にね、花火がすごく綺麗に見える場所があるの。お姉ちゃんに教えてもらったんだ。そこ、いってみない?」
打ち上げ花火は何度も見てきたが、そんな隠しスポットがあるなんて知らなかった。好奇心に駆られ、僕は彼女の後について行くことにした。
丘を登ると、そこには小規模な広場があった。祭りのにぎやかさが嘘のように静まり返り、穏やかな風が吹いている。
「確かに、ここならよく花火が見えそうだね」
夜空には僕の声が反響するばかりだ。暗がりが彼女の表情を隠す。
「ほら、向こうに祭りの会場が見える。僕たち、結構高いところまで登ったんだね」
彼女は何も言わず前を歩き続ける。今日の黒崎さんは何かおかしい。
「……ねえ、黒崎さ」
「あのねっ、白野くん」
振りかえり、彼女はこちらをじっと見ている。彼女の訴えかけてくるような瞳に、僕は何も言うことができない。
「高校入ったばっかりのころさ、白野くんが私を文芸部にさそってくれたじゃん」
ああ、そういえばそんなこともあったかもしれない。放課後、文芸部の募集ポスターの前で固まっている彼女に声をかけてみたんだった。
「あれね、私、すごくうれしくって」
目を伏せながら、彼女は続ける。真っ暗な空に似合わず、なまぬるい空気が肌にまとわりつくのを感じる。
「部活でも、こんな私といっしょにいてくれて…………それでね、それで———」
再び、彼女は僕を見つめた。少し潤んだ黒い瞳が揺れる。———沈黙が胸にのしかかる。僕は生唾を飲んだ。
その時、ふもとのほうで花火が一つ上がった。轟音を響かせながら、夏の夜空に大輪の花が咲く。それを皮切りに、次々と炎が打ちあがり、百の花が星空に咲いた。二人は何も言わず、ただ見つめあう。永遠とも思える一瞬が、二人に流れた。
高校を卒業して、僕は東京の大学に入学した。あれから数年が過ぎたが、僕の頭には、あの日の静寂が鳴りやまない。