シロツメクサの花言葉 (作:山海月)
「はい、これ。アンタ本読むの好きだったわよね」
「わああ! ありがとう華凛ちゃん! これ手作りだよね。ふふっ。ありがと、大切にするね」
そう言って、受け取った手作りのしおりを大事そうに胸の前で握りしめる。目を伏せながら、少し遠慮がちにはにかむこの子の仕草は昔から変わらない。暖かな春に着るにはすこし厚手のブラウスと、そこから伸びる透き通った白い手。夕べにできた水たまりに、はかなげな横顔が反射する。
そういえば、私たちが出会ったのもこんな暖かい春の日だった。
みんなで四葉のクローバーを探して遊んでいた時、ひとりだけ遠くで座り込んで一生懸命にじぃっと地面とにらめっこしている姿が少しおかしくて声をかけたんだっけ。あの時は確か、あたり一面に生えていた花でかんむりを作ってかぶせてあげたんだ。たれ目がちな黒い目を細めていじらしく微笑むこの子の顔が、ひどく綺麗に映ったのを覚えている。
この子の笑顔も見納めかと思うと、少しさみしい気持ちがしてくる。
「それで? 東京行くんだっけ、菫」
「うん……。お父さんの仕事の都合でね」
遠くのほうで、街を行きかう車の音が聞こえる。街はずれのこの駅を訪れる人はめったにいない。いつ
からかこの場所は、私たちのたまり場になっていた。
「でも、来てくれてありがとね。出発の日、忘れちゃってたらどうしようかと思ったよ」
「トーゼンでしょ!菫は私しか友達いないんだから。私がいってあげなきゃ、かわいそうじゃない」
菫の家族は、新居の手続きがどうたらで昨日のうちに東京へ行ってしまった。菫は昨晩私の家に泊まり、いつも通りに何でもないことを話していた。歩き慣れた道を歩き、行きつけの駄菓子屋でアイスを買って、お気に入りのこの場所でお話しして。
「華凛ちゃんと一緒の高校、行きたかったなあ」
「…………」
そんなことをしていたら、遠くのほうでガタゴトと列車の音が聞こえてきた。
「そろそろ時間だね。しおり、ありがとう。私はしばらく東京行っちゃうけど、絶対また会おうね!」
「そんなこと言って、向こう行ったら私のことなんてすぐ忘れるわよ」
違うだろ、私。
列車の音が響き渡る。日差しがジリジリと肌を焼いてくる。嫌になるほどの暑さが、車輪の鳴らす轟音が、そして透き通るような菫の笑顔が、私の胸を貫く。
「絶対! 約束だよ!!!」
「約束……」
菫の姿が列車に吸い込まれていく。その時、菫に渡したしおりが電灯の光に照らされてきらりと光った。この駅に生えている花で作られた押し花のしおり。うすく色づけされた白い紙の中央には、純白の花が彩られている。
そうだ、思い出した。この純白は、あの日、菫と初めて会ったあの日にあげた花と同じものだ。少し長い草丈に、白く丸い花を咲かせた暖かな花、幸運の象徴、シロツメクサ。
「菫待って! ………約束だよ。また会おうね!」
「うん。またね!」
扉が閉まり、菫は列車に連れていかれてしまった。あとに残ったのは、思い出と、約束。
約束――それは真っ白な春の風。
約束――それは二人をつなぐ絆。
とある田舎のとある無人駅。ある暖かな春の日に、予報外れの雨がポツリと降った。