ダーツ(作:霞黎元)
とあるバー。男は、黙々とダーツを続けていた。
ハイブランドの時計に、服。外に停めてある高級車も、おそらくは彼のものである。その風貌から、彼が俗にいう成功者であることは容易に想像できる。
手元のものを投げ尽くし、プルに刺さった大量のダーツを取りに行こうとした彼を、ある女性が呼び止めた。
「何か、私にご用ですか?」
「いえ、あまりにもお上手だったから。続けて頂戴」
一度首を傾げたが、そのまま男はダーツに戻った。
「少し、お話できるかしら? ダーツは続けながらでいいわ」
「ええ、いいですよ」
「いきなり失礼だけれど、貴方、どこかの会社のオーナー? それとも、大企業の大株主かしら?」
「両方です」
「やっぱり。どうりで、充実してそうに見えるわ」
男は、淡々とダーツを続ける。
「でも、何か悩みでもあるようにも見えるわ」
男の手元が一瞬止まる。その日初めて、男の投げたダーツはプル以外の場所に刺さった。
「あら、当たってるみたいね。ついでに、何の悩みかも当ててもいいかしら?」
返答せず、男はひたすらダーツを投げ続けた。一度もプルには当たらなかった。
「人間関係、じゃない? 貴方、人と親しくなるのを恐れてるでしょ?」
男は口を開かず、ひたすら投げる。ダーツの当たる場所は、徐々にボードの外側にズレていく。
「家族ともそんなんじゃ、きっと今まで親しくなった人はいないでしょうね」
男の投げたダーツは、ついにボードを避けていった。男は初めて彼女を見た。ワインを左手に、ダーツを右手に持っている。吸い込まれそうな、美しく、それでいて不思議な雰囲気の目で、彼を見ていたのだ。
彼女はダーツを投げた。プルの中心に命中し、静かにその場を去った。
その後、男の投げたダーツがボードに当たることは二度となかった。