第七章:想いの抜け殻
教室の扉を開くと、そこには十数体の着ぐるみが並んでいた。
教壇に向かって整列したまま、誰もいないはずの空間でじっと佇んでいる。
慎は、ゆっくりと歩み寄った。
その一体一体に、まるで“誰かがそこにいた”気配が漂っている。
かつての持ち主の温もりが、うっすらと残っているような気がした。
最初に手を伸ばしたのは、赤いリボンをつけたウサギの着ぐるみ。
手に触れた瞬間、慎の頭の中に声が響いた。
――「わたし、本当は人前に立つのがこわかった。でも、着ぐるみなら笑えたの」
少女のような声だった。
笑いながら、誰かの前でパフォーマンスをしていた、ひとりの記憶。
次は、少しボロボロになった犬の着ぐるみ。
胸元には小さな破れがあり、手当てした跡が残っている。
――「弟のために、毎晩かぶってた。“お兄ちゃんは犬のヒーローだ”って……」
優しくて、不器用な兄の記憶が流れ込む。
彼も、もうここにはいない。
慎は一体ずつ、順に見て回った。
それぞれが誰かの想いを宿した、いわば“抜け殻”。
だが、そこにはただの喪失ではなく、確かに託された感情が息づいていた。
「……みんな、何かを残していったんだ……」
そして彼は気づく。この世界に呼ばれた自分も、
もしかしたら“まだ託されていない想い”を抱えていたのではないかと。
ふと、教室の隅にぽつんと置かれた、一体の着ぐるみに目が留まる。
それは、まるで誰にも触れられずにいたかのように、少し埃をかぶっていた。
慎は、その前にしゃがみ込む。
目の奥に、わずかな光が宿っているように見えた。
「君は、まだ……誰かを待ってるの?」
声に出すと、着ぐるみが微かに揺れた気がした。
まるで、“そのとき”を、今も待ち続けているように――。