第二章:呼ばれし者
都会の喧騒から離れた一室で、ひとりの青年〈アキト〉が、画面に映る一通のメールに目を通していた。
「本当の自分に出会いたい方へ――
一夜限りの“きぐるみの夜”へようこそ。
あなたの着ぐるみを持って、山奥の旧・天目小学校へお越しください。」
なんの前触れもなく届いたその案内メール。心当たりはないが、なぜか引かれるように目が離せなくなった。文末には地図も添付されていた。
彼の傍らには、自作したオリジナルの着ぐるみ――灰色のキツネ。鋭い目元に反して、どこか切なげな雰囲気を持ったデザイン。人前で披露することなどなかったが、その存在はアキトにとってまるで自分の“影”のようだった。
「たまには変わった場所に行くのも、いいかもな…」
そうして彼は、地図を頼りに車を走らせ、山道を登っていった。
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辿り着いた旧校舎。人気はなく、風に揺れる木の葉と、時折きしむ窓の音だけが耳に届く。入口のドアには鍵がなく、押せば簡単に開いた。中には誰もいない――そう思った瞬間、廊下の奥に“何か”が動いたように見えた。
「……誰かいる?」
声をかけるが返事はない。アキトはキツネの着ぐるみを抱えたまま、廊下を歩き始めた。
教室、職員室、図書室。どの部屋にも、整然と立ち尽くす“着ぐるみ”たちの姿があった。熊、犬、猫、ドラゴン、未知の生き物……どれも精巧にできていて、まるで本当に誰かが中に入っているように見える。
だが、どの着ぐるみもピクリとも動かない。
「……これ、人形…? いや、違う。なんだろう、これ……」
アキトはぞわっと鳥肌が立つのを感じた。けれど恐怖ではなく、何かに惹きつけられていくような感覚が勝っていた。
ふと、階段の上から風が吹いた。導かれるように、旧・音楽室へ。
そこには一体の、白い犬のような着ぐるみがいた。他の着ぐるみと同じように微動だにしないが、なぜかその瞳だけが、どこか優しくアキトを見つめ返しているように思えた。
「君は……もしかして……」
アキトはゆっくりと、自分のキツネの着ぐるみに袖を通し始めた。
すっぽりと頭を覆う瞬間、遠くで誰かが囁いた気がした。
「おかえり」
ぞくりとしたが、不思議と安心もした。
そして、着ぐるみの中で自分の心音が徐々に静まっていくのを感じた。手足の重みが消えていき、代わりに着ぐるみの身体が自分のものになっていく――まるで、夢を見ているような感覚。
立ち上がったとき、アキトの目はもう“キツネ”そのものの輝きを帯びていた。
かつてここに集った者たちと同じように、彼もまた“着ぐるみ”としての目覚めを果たしたのだった。
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こうして、“きぐるみの夜”はまたひとつ、新たな命を迎え入れた。
そして、いつかまた、新たな誰かがこの校舎を訪れる日まで――
廃校の着ぐるみたちは、静かにそのときを待ち続けるのだった。