表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

第一章:着ぐるみの夜、廃校にて

「本当に、ここでイベントがあるのか…?」


ユウトは手にした案内メールを見直しながら、鬱蒼と茂る山道を抜けた。道なき道の先に突如として現れる、錆びた鉄門とツタに覆われた木造の校舎――そこが、噂に聞いた“きぐるみの夜”の舞台だった。


校舎の中は古びていたが、どこか暖かい空気が漂っていた。懐かしい木の匂い、きしむ床、消えかけた黒板の文字。昭和のまま時が止まったようなその空間に、既に何人かの着ぐるみ姿の参加者が集まっていた。動物やキャラクター、オリジナルのデザインまで様々だったが、皆その姿のまま自然に会話をし、笑い合っていた。


「君の着ぐるみ、いいね。なんていうキャラ?」

「特に名前はないんだ。ただ、こういう“自分”でいたくて作ったんだ。」


自分の着ぐるみ姿――白を基調とした犬のようなフォルムに、柔らかな表情のマズルと丸い耳。中に入ってしまえば、自分の表情も声も見えなくなる。でも不思議と、話している相手の“気持ち”がよく伝わってくる。


イベントのメインは、夜通しの“交流”。暗い廊下を探検したり、旧図書室でキャンドルを囲んで語り合ったり、理科室に置かれた不思議な鏡で自分の姿をじっと見つめたり。着ぐるみのまま過ごす夜は、現実から完全に切り離されたような、奇妙に心地よい時間だった。


「ここにいると、現実なんかよりも“本当の自分”でいられる気がするよね。」


誰かがそう呟いたとき、ユウトはうなずいた。着ぐるみの中の熱が、だんだんと自分の体と一体化していくような感覚。皮膚の境界が曖昧になり、まるで着ぐるみそのものが“自分”であるかのような錯覚に陥る。


深夜、眠るために旧教室に集まった参加者たちは、誰ひとり着ぐるみを脱ごうとしなかった。というより、脱げなくなっていたのだ。それは恐怖ではなく、むしろ当たり前のことのように受け入れられていた。


「もう、戻らなくていい気がする。」


ユウトはそのまま床に横たわり、やがて意識が遠のいた。



夜が明ける。薄明かりが割れた窓から差し込み、埃の舞う空間を静かに照らす。ユウトはゆっくりと目を開けた。


そこには、着ぐるみの姿の“人々”が、静かに立っていた。だがそのどれもが、もはや“人間”ではなかった。動かず、喋らず、それでも不思議と“生きている”気配だけは感じられる――そんな存在。


「……みんな……」


声を出そうとして、自分の声も変わってしまっていることに気づく。いや、声だけじゃない。自分の身体の感覚もすっかり変わっていた。手を見れば、もうそれは布でもゴムでもない。自分自身が、着ぐるみの素材でできている。


ユウトはその場に立ち尽くし、呆然とする。でも、恐怖はなかった。ただ、胸の奥に静かに広がっていく確信。


「これが……“本当の姿”なんだな。」


仲間たちもまた、自分と同じように、着ぐるみという形を選んだ。そして、それが最後の“選択”だったのだ。


ユウトは一歩、また一歩と外へ向かって歩き出した。静かな森の朝。校舎を背に、誰にも気づかれず、誰にも知られず、新しい一日が始まろうとしていた。


けれど、それはもう人間としての人生ではない。


“着ぐるみとしての生”が、ここから始まるのだった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ