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ラスボス少女と旅に出る

「おいおい、なんだよその子は……!?」


 ボサボサな赤髪をしたその男は、慌てふためきながらブラッドの背負っている幼女を指さした。

 男の名は、カブ・スナイダー。

 若くは見えるが、年は三十代半ば。

 カブはブラッドが冒険者として活躍していた頃からの知り合いで、一年半姿を消していたというのに、変わらぬ態度で受け入れてくれた奇特な相手だ。

 頭に装着された特殊な形状のゴーグルや、腰回りのベルトにぶら下がった調査器具からもわかるように、カブは魔法鑑定士として生計を立てている。

 ブラッドは魔法鑑定士としてのカブの腕と知識に対して、絶大な信頼を置いていた。

 とにかくカブは、寝ても覚めても魔法についてばかり考えているような男なのだ。

 あの寝ぐせだらけの髪を見れば、昨晩も遅くまで書物に向かい、そのまま机で眠ってしまったのだと察せられた。


「突然訪ねてきたりして悪いな、カブ。急ぎで頼みがある。こいつにかかっている魔法の効果について分析してほしいんだ」


 そう伝えながら、ヴァルブルガを床に下ろす。

 解放されたヴァルブルガは、身に纏った布をぎゅっと握り締めたまま、不安そうに室内を見回した。

 ブラッドは魔力を戦闘関係に極振りしているため、分析魔法は最低限しか習得していない。

 ヴァルブルガには若返りの魔法がかけられているのか、それは古代魔法によるものなのか、魔法によって記憶障害が起こっているのは事実なのか。

 そういった諸々を細かく分析するのには、魔法鑑定士としての熟練の腕が必要なのだ。


「このオチビが魔法にかけられてる……? ……いやそれより先にぶつけたい疑問が山ほどあるんだけど。そもそも、この子どっから連れてきちゃったんだよ。てかめちゃ怯えてんじゃん。あーっと、お嬢ちゃんお菓子でも食うか?」


 がさごそと食料品棚を漁りはじめたカブを止める。


「子供として扱う必要はない。こいつは世界平和推進結社の代表ヴァルブルガだ」

「はああっっ!?」


 カブが素っ頓狂な声をあげる。

 大声に驚いたのか、ヴァルブルガはビクッと肩を揺らした。


「ブラッド、おまえ何言って……。……え。冗談じゃないの?」

「いっそ悪ふざけだったらよかったんだが」


 ブラッドは攻め込んだ世界平和推進結社本部で起きた出来事を、掻い摘んで説明した。


「――ということがあったんだ」

「うわあ……まじか……。ちょっと頭を整理させてくれ……」


 カブが状況を受け止めるのに四苦八苦している中、ブラッドはさりげなくヴァルブルガの様子を観察した。

 ヴァルブルガは身を縮こまらせて震えている。


(もしあれが演技なら、相当な役者だな)


 冷ややかな気持ちでそんな感想を抱きながら、カブに視線を戻す。

 カブは溜息をつきながら、寝ぐせだらけの赤髪をわしゃわしゃと掻き回した。


「はぁ……。情報量が多すぎるって。てか、ほんとに世界平和推進結社の本部に、一人で奇襲をしかけるなんて。信じらんねえ……」


 カブはブラッドが復讐計画を打ち明けた唯一の相手だ。

 火災を起こし、ルクスの命を奪った火魔法の使い手を割り出す際に、カブの魔法鑑定能力が必要となり、事情を説明せざるを得なかったのだが、話を聞いた直後から一貫して、カブは反対の姿勢を取り続けていた。


「やめとけってあんだけ言ったのに……。どんな組織を敵に回すのか、あんたが一番わかっているはずじゃないか」


 国中に支部を持つ世界平和推進結社は、政治面でも強い影響力を持ち、国王や貴族を含む権力者たちですら、世界平和推進結社の機嫌は損ねたがらない。


『そんな奴らに手を出すなんてどうかしている。奇襲で本部に痛手を負わせられたとしても、支部が黙っていない。必ず報復されるぞ。それも想像を絶するようなひどい方法で。俺は、友達のあんたがそんな目に遭うのを見たくねえよ……』


 ブラッドが計画を打ち明けた際、カブはそう言って、ブラッドを説得しようとした。

 けれどブラッドの決意は揺るぎないものだった。

 ブラッドの頭の中には、復讐の達成しかないのだから当然だ。

 結局ブラッドはその足で世界平和推進結社の本部へ向かい、本部の職員たちを皆殺しにしたのだった。

 たった一人、ヴァルブルガだけを残して――。


「あんたが宣言通りあいつらに復讐してきたってのはわかった。でもこのオチビが世界平和推進結社代表のヴァルブルガって……。いや、ありえないだろ! 若いとはいえ、代表って二十歳は越えていたはずだろ!?」

「魔法を使って若返ったようだ」

「魔法で若返る……ってまさか、古代魔法を発動させたのか!?」


 途端にカブの目の色が変わる。

 様々な魔法に日々触れている魔法鑑定士だけあって、カブは珍しい魔法に目がないのだ。


「めちゃくちゃ興味深い話だけど……。なんでこのオチビが古代魔法で若返ったヴァルブルガ代表だなんて、突拍子もない結論に至ったんだ?」

「こいつは世界平和推進結社本部にあるヴァルブルガの私室で見つけた。一瞬よく似た子供を身代わりに残して、姿を消したのかと思ったが。身に纏っている魔力は、間違いなくヴァルブルガ本人のものだ」

「んーっ、なるほどな。このオチビがヴァルブルガ本人なら、若返りの魔法を使ったとしか思えない状況ってわけか」


 腕を組んだカブが、ヴァルブルガを観察する。

 ヴァルブルガは、びくつきながら俯いた。


「なあ、ブラッド。古代魔法で若返ったとしても、なんか様子がおかしくないか? ヴァルブルガ代表って、こんなおどおどした性格じゃなかったよな? むしろこの世に恐れるものなど何もないって感じの、とんでもなく肝の据わった傑物って評判だったんじゃ……?」

「厄介なことに、若返り魔法の影響で内面まで幼児化している恐れがあるんだ。しかも本人は、『何もわからない、何も覚えていない』と主張している」

「んんっ!? つまり心まで幼児になっちゃったうえ、記憶障害を起こしているって言いたいのか!?」

「もちろん嘘をついているだけかもしれない。子供のフリをして、こちらの同情を引き、生きながらえようとしているのではないかと、俺は疑っている。だから古代魔法で若返っているのかだけではなく、魔法が記憶や心に影響を及ぼしているのかも調べてほしいんだ」

「おいおい、えらい複雑な要求するじゃん」

「おまえならできるだろう?」

「まあそうだけどさぁ」


 文句を言いながらも、カブはヴァルブルガを調べるための魔道具を準備しはじめてくれた。

 カブによって外されたカバーの下から現れたのは、巨大な椅子型の魔道具だ。

 背もたれや肘掛には、細かい彫刻で魔法文字や神秘的なシンボルが彫り込まれている。

 椅子の背面からは、触手のような管がいくつも伸びているし、その上には目玉のような形をした計器がふたつついているせいで、魔道具は不気味な生き物のようにも見えた。


「ひっ……」


 椅子を見上げたヴァルブルガの口から、絶望的な呻き声が零れる。

 自分がこれからどんな目に遭うのか。

 想像した途端、不安が爆発したのだろう。


「やっぱり食べられるぅううう!」


 怯えきったヴァルブルガは、妙なことを叫びながら逃げ出そうとした。

 もちろん好きにさせるつもりはない。

 身にまとっている布ごと、ヴァルブルガを摘まみ上げる。


「やめてえええ食べないでえええ」

「だからなんなんだ、その発想は。というか暴れるな」

「やだあやだあ!」


 宙ぶらりんの状態で、ヴァルブルガが足をバタバタさせる。


「ぷっ。駄々っ子の相手をしてるお父さんじゃん」


 微笑ましい光景を見たとでもいうように、カブが笑い声をあげる。

 そんなカブの言葉は、ブラッドを凍りつかせた。

 本物の娘との記憶が、また襲い掛かってきたのだ。


「あ……。ご、ごめん」


 ブラッドの顔つきから失言をしたと悟ったらしく、カブが慌てて謝ってくる。

 ブラッドは気にするなというように身振りで示してから、ヴァルブルガに向き直った。


「このまま殺されるか、あの魔道具に乗るか、二択だ。決めろ」

「……!」

「死にたいか?」

「やああ!!」


 ヴァルブルガが慌ててブンブンと首を振る。


「だったら大人しくしていろ。次に逃げだそうとすれば、問答無用で殺す」


 冷たくそう言い放ち、首根っこを掴んでいたヴァルブルガを、魔道具装置に向かって放り投げる。

 クッションのよく効いている椅子の上に着地したヴァルブルガは、ぼふんっとバウンドした。

 大人も座れる椅子の中で、幼児のヴァルブルガは余計に小さく見える。

 ブラッドはすっと視線を逸らし、カブに向き直った。


「さっさとはじめてくれ」


 カブは軽く肩を竦めてから、ヴァルブルガの体に管を接続していった。


「んじゃあやるよ。――オチビ、体には無害だから安心しな」


 ヴァルブルガにそう声をかけてから、カブがスイッチを押す。

 モーターは徐々に回転をはじめ、それとともに魔道具からゴウンゴウンという音が響きだした。

 紫色の液体が入ったタンクの中では、ぶくぶくと泡が沸き立っている。

 タンクの口から出てきた煙は、あっという間に部屋中に充満した。


「準備完了。魔法鑑定開始する」


 安全装置を解除したカブが、大きなレバーを力一杯下ろす。

 その途端、ヴァルブルガを乗せた魔道具がきらめく光に包まれた。

 魔道具と繋がったデータ読み取り機の口から、猛烈な勢いで鑑定結果の書かれた紙が溢れてくる。

 計測時間は一分にも満たなかった。

 放たれた光は、鑑定がはじまった時と同様、唐突に消滅した。

 床には溢れ出た紙が、大蛇のようにとぐろを巻いている。

 カブはそれを拾い上げた。

 ヴァルブルガは魔力測定器に座ったまま、キョロキョロとしている。

 自分の身に何が起こったのか理解できないらしい。

 ああいう態度が演技なのかどうか。

 答えはすぐにわかる。


「ふむふむ。うおっ。これは……うへえっ」


 カブは拾い上げた用紙を、すごい速度で読んでいる。

 横から覗いてみたが、羅列されているのは専門職でしか理解できない記号や数字ばかりだ。


「わーお。まさかそんな……。……なるほど。ふーむ」


 要領を得ない独り言を呟くカブの後ろで、ブラッドはやきもきした。

 さっさと結果を知りたい。

 今すぐヴァルブルガに復讐を果たせるのかどうか。

 頭の中にはそれしかない。


「まじで興味深いな。とんでもないじゃんこれ。因果関係はあるのか? うーん。判断むず」

「おい、カブ」


 さすがに我慢の限界だ。

 すっかり自分の世界に入り込んでいるカブに声をかける。


「っと、ごめんごめん! 夢中になってた」

「結果を共有してくれ」

「ああ。でもかなり複雑な状況だよ。まずこのオチビは、古代魔法で若返ったヴァルブルガ本人だ。さらに古代魔法の弊害によって、ほとんどの記憶に蓋がされているのも事実だった。飲み食いや言語とか、体に染みついている単純な生活習慣以外、ほぼ何も覚えていない状態といえる」

「ほぼって?」

「この子は今、自分の名前すら知らないよ」

「……お名前わかるよ。ヴァルブルガだよ。この人がそう呼んだもん……」


 ヴァルブルガが恐る恐るというように話に参加してくる。

 カブの態度が優しいから、気を許したのかもしれない。

 もし記憶が残っていたら、即座に命を奪われるというのに、ヴァルブルガは名前を伝えるとき少し誇らしげな態度を取った。

 その様子がブラッドをより失望させた。

 このヴァルブルガはやはり、状況を一切理解していない哀れな子供なのだ。


「オチビ、自分の名前以外でわかることはあるか?」

「うーん……? わかんない」

「これまでどこで誰と暮らしていた?」

「わかんない」

「お父さんやお母さんは?」

「……? わかんない」


 その後もカブがいくつかの質問投げかけたが、ヴァルブルガは一切答えられなかった。


「ブラッド、今聞いた通りだ。この子は一切の記憶を持たない推定四歳の女の子でしかない。世界平和推進結社や、ブラッドの存在、君の奥さんの事件についても、何一つ覚えていないと断言できるよ」

「ヴァル、何も覚えてない!」


 カブが視線を向けたせいで、何か反応しなければいけないと思ったのか。

 ヴァルブルガは右手をピンと上げると、自信満々な声でそう言い放った。

 その無邪気な明るさにカッとさせられたブラッドは、気づけばヴァルブルガの両肩を掴んでいた。


「ふざけるな! 忘れるなんてあり得ない!! おまえ、何をしでかしたと思っている!? 彼女はあんな……あんな目に遭ったのに……! 今すぐすべてを思い出せ!! そして懺悔しろ……!!」

「わっわっ……ご、ごめんなさ……わあわあ……」

「おい、ブラッド! 落ち着けって!!」


 ヴァルブルガをガクガクと揺さぶるブラッドのことを、カブが慌てて制止してくる。


「相手は子供だって! それに力で脅したって、思い出させることはできねえよ!!」

「……っ。……くそ」


 ブラッドが手を離すと、バランスを崩したヴァルブルガはよたっとよろめいた。

 青ざめてはいるが、泣きはしない。

 突然、大人から本気の怒りをぶつけられ、驚きすぎて心が受け止めきれないのかもしれない。

 ブラッドはすべてを忌々しく感じながら、ヴァルブルガに背を向けた。


「カブ、どうしたらヴァルブルガの記憶は戻る?」


 カブは申し訳なさそうに首を横に振った。


「古代魔法は俺の専門外だからさ。古代魔法の専門家に訊ねるしかないだろうな」

「誰か目ぼしい人物はいるのか?」

「ちょっと待っててくれ」


 カブは部屋の奥に向かうと棚の中を漁り、辞典のように分厚いファイルを持って戻ってきた。


「これは王立アカデミーに登録されている魔法研究者のリストだ。古代魔法研究者の項目はーっと。あったあった。ニムーゲン博士。やっぱ古代魔法の第一人者っていえばこの人だよな。ニムーゲン博士は、オルフォード村に、古代魔法研究所を構えているってよ。ニムーゲン博士に尋ねれば、記憶の戻し方がわかるかも!」


 オルフォード村は、今ブラッドがいるニーダベルクの街から、馬車で十日ほどの距離にある。

 情報を得られるのなら、そのぐらいの日数なんということもない。

 問題はヴァルブルガをどうするかだ。


「カブ。俺が戻るまでの間、ヴァルブルガを預かってくれないか?」

「はあ!? 無理無理! 無理だって! 世界平和推進結社の連中は、ヴァルブルガを血眼になって捜すに決まってる。奴らの情報網じゃ、すぐに居場所が割れるはずだ。俺は技術者だ。戦闘はからっきしだぜ。襲撃されたら一分も持たずに俺は殺され、この子は世界平和推進結社に奪われる。わかりきってんだろ。あんたが連れてくしかないよ」

「冗談じゃない。こんな奴とともに旅なんてできるか。だって、こいつは――……!」

「ブラッド!」


 カブが慌ててブラッドの言葉を遮る。

 それから物言いたげな態度で、ヴァルブルガを顎で示した。

 怯えた顔で二人のやりとりを眺めている少女が、ブラッドの視界に映る。

 カブはブラッドを隣の部屋に連れていくと、潜めた声で伝えてきた。


「復讐をやめろとは言わない。代表はそうされても仕方ないことをあんたにした。けど……。言っただろ。今のおチビは、なんの記憶も持たない子供だ。元の人格がしでかした罪を自覚させるのはさ……さすがに哀れだよ」

「……」


 カブの伝えたい内容は理解できる。

 とはいえ記憶を持たないあの少女を、妻の仇と完全に切り離すことは、ブラッドにとって容易くはなかった。


(あいつはヴァルブルガ本人なんだ。別人として接するなんて無理がある)


 そんな相手と二人きりで旅をするなど考えられない。

 とはいえカブも危惧していた通り、ヴァルブルガと離れれば、彼女は確実に世界平和推進結社に連れ去られてしまうだろう。

 本部襲撃の後だ。

 世界平和推進結社は総力を尽くしてヴァルブルガを護ることになる。

 敵討ちが遠のくような状況は避けたかった。

 となると古代魔法研究所までの旅路に、ヴァルブルガを同行させるしかなさそうだ。

 ブラッドは重い息を吐いてから、腹を括った。


「わかった。ヴァルブルガは連れていく」


 夜が明ければ、本部で起こった惨事はあっという間に知れ渡るだろう。

 余計な邪魔をされたくはないので、騒がしくなる前にこの街を出発したい。

 けれど先に一つだけ、片付けておかなければならない問題がある。

 とても重要な用事だ。


◇◇◇


「――いい加減にしろ。またあんたか」


 ヴァルブルガを連れたブラッドが用事を果たすために訪ねた先は、ドルク司祭の屋敷だった。

 熟睡していたらしいドルク司祭は、明け方の迷惑な訪問者に向かい、ふてぶてしい態度で鼻を鳴らした。


「一体どういうつもり――」


 わざわざ文句を聞いてやる必要もない。

 ブラッドは、ドルク司祭の肥えた顔面を鷲掴みにすると、そのまま玄関脇の壁に叩きつけた。


「ぐおァッッ……!?」


 悲痛な声がドルク司祭の口から溢れる。

 それを無視して、もう三度ほど頭を壁にぶつけてやった。

 ヴァルブルガは扉の影から、固唾をのんで二人のやりとりを眺めている。

 さすがにマントを纏っただけの状態でいさせるわけにはいかず、カブが寄越したお古のシャツとズボンを着せはしたが、ぶかぶか過ぎて見られたものではない。


(面倒だが、早い段階で子供服を手に入れたほうがいいな)


 頭の片隅でそう考えながら、ブラッドはドルク司祭に視線を戻した。


「あれから毎晩、自分がどの選択を間違えたのか考えている。この運命になってしまった分岐点は、果たしてどこだったのか。もし貴様が墓を掘り起こす行為に対して、不当な金を要求しなければ、俺の妻は助かっていたのだろうか? なあ、どう思う?」

「何を言っているのか、わから……グアアッッ!!」


 さらにもう一発。


「ふごぉおおッッ……!!」


 石壁にはドルク司祭の薄汚い血が飛び散った。

 倒れ込んだドルク司祭は、泣きながら体を丸めている。

 ブラッドは、ドルク司祭の見苦しい姿を冷ややかに見降ろした。

 掘り返した娘の棺は、結局、土の中から出さずに、再び埋葬した。

 今その隣には妻も一緒に眠っているが、性根が腐りきったこの司祭に、家族を任せたくはない。


「俺はしばらくこの地を離れる。その間、墓を守る人間が、おまえのような下衆では安心できない。だから今この瞬間を持って、聖職から退くと神に誓え」

「へ……? ど、どういう意味だ……?」


 血だらけのドルク司祭が、震えながら問いかけてくる。

 まったく理解が追いついていないというような、間の抜けた面が心底腹立たしい。


「貴様のように穢れた人間に、墓を守る資格はないと言っているんだ。聖衣を脱ぎ、この地から立ち去れ」

「そんな無茶な……!」

「勘違いするな。貴様に拒む権利などない」


 ドルク司祭の傍らに片膝をついたブラッドは、肉づきのいい手を問答無用で捻りあげた。

 ドルク司祭が呻きながら顔を顰める。


「ひぐぅッッ!! や、やめろおッッ。離せッ……離してくれッッ……!!」


 じわじわ痛めつけるつもりなどない。

 指輪で飾りたてられたドルク司祭の人差し指に手をかけると、ブラッドは勢いよく負荷をかけた。

 ボキッという間の抜けた音が鳴る。

 一瞬遅れてドルク司祭の絶叫が響き渡った。


「ぃぎゃあああッッッ!! 指ぃい指がぁあああ」


 あらぬ方向に曲がった指を見つめながら、ドルク司祭が涙を流す。


「聖職を辞する気になったか?」


 ブラッドは落ち着いた声で訊ねた。


「口答えするたびに、折れる骨の数が増えるだけだぞ」

「あひぃいいッッ! わ、わかったッッ! わかったからあッッ!!」

「後任には、おまえと正反対の真っ当な人間を指名するんだ」

「私には後任者を選ぶ権利はない……!」

「そうか。だが、それでも後任者がクズだった場合、責任を取るのはおまえだ」

「そ、それはさすがに無茶苦茶――」


 ポキッ――。


「ぎぃやぁあああアアッッ!!」

「口答えをするなと言っただろ。わかったか」

「は、はひぃいい」

「この痛みを忘れるな。後任の選別は慎重に行うんだ。適当なことをしてみろ。俺はおまえがどこにいても探し出し、心が壊れるほどの苦痛を与える」

「わ、わかりましたあああッッッ!!」


 涙と涎に塗れてあぐあぐと泣いているドルク司祭は、解放された途端、地面に崩れ落ちた。

 どのぐらいの恐怖を与えれば、人が言いなりになるか、ブラッドは熟知している。

 もうこの男は決してブラッドには逆らえない。

 妻と娘の安寧が約束された結果に満足しながら、ブラッドはヴァルブルガに視線を向けた。

 いつの間にか扉の影から出てきていたヴァルブルガは、大きな目を見開いたまま、ドルク司祭を凝視している。


「この人わるもの? だから成敗した?」


 ヴァルブルガが憧れるものを見つめるような瞳で問いかけてくる。

 ブラッドは困惑しながら眉を寄せた。


「おまえには関係ない」

「ヴァル、わるものきらいかも……。だからえっと、わるもの倒すひと、すき……かも!」


 ヴァルブルガの発言を聞き、ブラッドはハッと息を呑んだ。


「悪者が嫌いだった? そういう記憶があるのか?」

「おぼえてない……。でもそんな気がしたの……」


 ブラッドの圧に押されて、ヴァルブルガがもじもじと口ごもる。

 一瞬、記憶の断片が呆気なく戻ってきたのかと期待したが、事はそう容易くはなさそうだ。


「ねえねえ、いまのあいつ、わるものだったんでしょ? ヴァルなんかわかったよ! いじわるなお顔してたもん。ね、ね! あいつ倒したのいいことなんでしょ? あなたちょっとこわかったけど、わるもの倒したからいいひとなんだ!」

「うるさいぞ。話しかけてくるな」

「なんで?」

「……」

「ねえねえ、なんで? ヴァル、あなたのこともっと知りたい!」


 ブラッドはむっつりとしたまま、ヴァルブルガに背を向けた。

 怯えて泣き叫んでいるくらいがちょうどいいのに、興味を持っているような態度で接せられ、嫌悪感を覚える。


(まったくなんのつもりだ)


 ヴァルブルガに記憶がないという事実を、頭では理解している。

 だから妻殺しの件で、目の前にいるヴァルブルガを責めたりはしていない。

 それでも、心は簡単に割り切ってなどくれなかった。

 記憶がなかろうが、純粋な幼い子供だろうが、ヴァルブルガはブラッドにとって憎むべき存在なのだ。

本日、まだまだ更新します。

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― 新着の感想 ―
うーむ 難しい設計(設定)で始めましたねぇ 小説的には凄く面白い設定なんですけれど 救いやモヤモヤや爽快感など、情緒面でのアドやヘイト管理がめっちゃ大変そう どんな楽しいイベントも仇と一緒となれば心浮…
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