俺なら可能だ
それからしばらくの間、一行は黙々と山を登り続けた。
ヨナスは若干息を切らしているが、足手まといにならぬよう必死で食らいついてきている。
娘を思う気持ちが、ヨナスを支えているのだろう。
とはいえヨナスの動きに疲労が滲んでいるのは事実だ。
空を見上げれば、日が沈みはじめている。
まだ山の中ほどだ。頂上までは遠い。
無理をせず、大事を取ったほうが無難だ。
「今日はこの辺りで野宿としよう」
ブラッドがそう声を掛けると、ヨナスはぎょっとしたのか目を見開いた。
「この吹雪の中で眠ったりしたら、凍死してしまうんじゃ……」
「当然だ。だからほら」
ブラッドは魔法を発動させると、全員が問題なくすっぽり収まるサイズの防御エリアを展開させた。
ドーム型をした防御エリアは、光り輝いている。
「二人とも中に入ってみろ」
ブラッドは防御エリアを顎で指し示しながら伝えた。
不思議そうなヴァルブルガとヨナスが、防御エリアの中へ踏み込む。
途端に二人の顔つきが変わった。
「わあ! 寒くない!!」
「ほんとだ……! すごい……!! これって空間自体に防寒のバフを発動させてるんですか……!? でもとんでもなく高度な魔法なんじゃ……」
「まあな。ただ猛吹雪に干渉されているため、温かさを感じられるほど、気温を上げられるわけじゃない。あとは自然の力に頼るつもりだ。焚火を起こすために少し枝を集めてくる」
枝はすぐに見つかったが、吹雪のせいでどれも湿気を含んでいる。
このままでは燃えそうにないので、魔法を用いて乾燥させた。
それから指先に灯る程度の小さな火を発動させ、焚火に仕立て上げた。
野宿のたびに何度も行ってきた行動だが、ヴァルブルガは飽きもせずにじっと眺めている。
子供の習性なのか、ヴァルブルガはなんにでも興味を示し、この世界の理すべてを心底楽しんでいた。
ブラッドはヴァルブルガの視線を間近に感じながら、鍋を火にかけた。
「ね、ね! ブラッド! これお湯をわかすんでしょ! ヴァル知ってるよ!」
返事の代わりに、皮の水筒から鍋に水をそそぐと、「ね! ね! ヴァルあってた!」とうれしそうな声が返ってきた。
沸騰した湯でまずはカモミールティーを用意した。
心底冷えた体を早急に温めるのなら、お茶に限る。
ヴァルブルガには当人用のマグカップで、ヨナスの分はお椀に注いで手渡した。
「あれ? ブラッドさんは飲まないんですか?」
ヨナスから遠慮がちに尋ねられ、ブラッドは答えに窮した。
旅に出てからずっと、ヴァルブルガと同じタイミングで飲み食いをするのは避けてきた。
ブラッドは、気を許した特別な相手としか飲み食いをともにしない。
飲食をともに摂れば、心の距離は自然と近づく。
ヴァルブルガとそんな関係になるのは絶対に避けたかったのだ。
だから今回も当たり前に自分の分は用意しなかったのだが、ヨナスが違和感を覚えるのも無理はない。
ヨナスは当たり前にブラッドとヴァルブルガを親子だと思っているだろうし、この状況の中、ブラッドだけが後から一人で食事を摂るというのも不自然極まりない。
ブラッドは数秒間迷った。
(……どうせここ最近はヴァルブルガの食事中、つきっきりで面倒を見ているしな)
そこまでしていたら、最早ともに食卓を囲んでいるのと変わらない。
結局ブラッドは、自分の分も用意しはじめた。
旅のはじまりでは考えもしなかった変化が、心の中に起こっていると気づきもせずに……。
お茶で体が温まった後は、夕食の準備に取り掛かった。
幸い野宿になる可能性も見越して、里で食材は入手してきた。
ブラッドは鞄の中から調理用の道具と食材を取り出した。
いつもの野宿と同じように、今回も簡単なスープとパンを用意するつもりだ。
ブラッドは、小型のナイフを器用に扱って、人参とジャガイモの皮を剥いた。
セロリと玉ねぎは粗みじん切りにして鍋に加える。
次に小さく切ったベーコンを投入した。これによって、いい出汁が出て、スープに深みを与えてくれるのだ。
具材をすべて入れ終えたので、風味と味付けのために、ドライハーブのタイム、ローズマリー、それから塩を少々振り入れる。
木のスプーンで混ぜると、湯気とともに豊かな香りがふわりと漂う。
さっきよりも前のめりになったヴァルブルガが、すんすんと鼻を鳴らす。
「ごくり……。おいしそうな匂いする……。はやく、はやく……」
どうやら腹が減っていたらしい。
「もう少し待て。まだ人参が硬いぞ」
「うー」
後は、野菜がじっくり煮えるように火の調節を行った。
スープが煮立つのを待つ間に、ブラッドはパンをスライスして、おのおのの皿に分けた。
パンの上には一切れのチーズと、ハチミツ、それから砕いたクルミを乗せた。
ちょうどその頃には、スープも出来上がっていた。
ブラッドがパンとスープを配ると、ヨナスは全身全霊で感動を現してきた。
「まさか雪山でこんなご馳走にありつけるなんて……。ありがたくて涙が出そうです……。というかブラッドさんすごいですね。男性なのにこんなに手際よく料理ができるなんて……。俺には到底真似できません……!」
「冒険者に野宿はつきものだ。このぐらいの料理、誰だってできる」
実際はほとんどの冒険者が、調理の必要がないビスケットや林檎だけでやり過ごすのだが、余計な情報を与えて過剰に感謝されても鬱陶しい。
「さっさと食べてくれ」
「わかりました! 大事に噛みしめて食べます……!」
一方、ヨナスの向かいでスプーンを握りしめたヴァルブルガは、スープとパンどちらを先に食べるか迷っている。
「どうしよ……。どっちもおいしそう……。ヴァル、選べない……」
「火傷するから、スープは少し冷めてからにしておけ」
ヴァルブルガは焦って物を頬張る癖があるのだ。
ブラッドが忠告を与えると、ヴァルブルガは素直に従った。
「わかった! ヴァル、パンからたべる!」
小さな両手でパンを抱えると、「あーん」と言ってかぶりつく。
その直後、ヴァルブルガはとろけるような笑顔を浮かべた。
「おいひい……!」
膨らんだ頬を掌で押さえて、ヴァルブルガが幸せそうに呟く。
スープを飲んでいるヨナスも、無言のまま何度も頷いている。
(……俺も食うか)
ブラッドが静かにパンを口に運ぶと、それまで食事に夢中だったヴァルブルガが突然動きを止めた。
大きく見開かれたヴァルブルガの瞳は、ブラッドを捉えている。
「ブラッド、ごはん一緒に食べた……」
小さく呟かれた指摘を、ブラッドは敢えて無視した。
「ね! ね! ブラッド、ごはんおいしいね!!」
今度は声を弾ませたヴァルブルガが、同意を求めてくる。
ブラッドはしばらく黙っていたが、ヴァルブルガはやけにしつこい。
「ねってば、ね!」
「はぁ……。そうだな」
諦めてそう返す。
ブラッドの答えを聞いた途端、ヴァルブルガはふにゃっと笑った。
目の前のヴァルブルガは、パンを口にしたとき以上に幸せそうな顔をしている。
「おいしいの、一緒に知れて、ヴァルうれしい!」
喜びに満ちた純粋な瞳でそう告げられ、ブラッドは今度こそ本当に言葉を失った。
何を思い、何と返せばいいのか、まったくわからなかったのだ――。
◇◇◇
「ところであなた方はなぜ雪霧山に……?」
翌朝。頂上を目指して雪霧山を登っていく道中、息を切らしながらヨナスが尋ねてきた。
「ヴァルたち竜さんに会いに行くの」
ヴァルブルガがにこにこしながら答える。
「氷竜フリギアに……? ……では、あなた方は里長が呼び寄せたギルドの冒険者様? いや、でもお子さん連れなのに……?」
混乱した様子でヨナスが首を傾げる。
里長と違い、ブラッドが子連れなのに違和感を覚えたのは、ヨナスが小さな子供を持つ父親だからだろう。
「里長にも言ったが、俺たちは冒険者ギルドとは何の関係もない。こっちはこっちの事情で、雪霧山にある素材が必要なだけだ。だが俺が氷竜を殺せば、結果的にあんたたちの問題も解決することになる」
「え……? そんな、まさか……あなたは氷竜フリギアを殺すつもりなんですか……!?」
「猛吹雪を起こしている飛竜の魔法を解除するには、その方法が一番手っ取り早い」
「ですが氷竜フリギアはこの山の主で、ずっとこの山や里を見守ってきてくれたんです。……命を奪う以外に方法はないのでしょうか?」
「随分と強欲だな。子供が助かればそれがすべてだろう?」
「それは……もちろんそうです」
ヨナスはブラッドの発言を肯定しながらも、複雑そうな表情で俯いた。
そう簡単には割り切れないのだろう。
ブラッドは、家族のためなら何を犠牲にしても構わないという思考のもと生きてきた。
ただ、自分が極端な考えの持ち主であることもわかっている。
それに田舎の里で素朴に生きてきたであろうヨナスが、山の主と崇めてきた氷竜の命を蔑ろにできない感覚も理解はできた。
「猛吹雪の原因が、本当に氷竜にあるのかはわからない。氷竜をどうするかは、状況を見極めてから決めるつもりだ」
「でもあの……そもそも氷竜を倒すって……上級冒険者数人がかりでも難しいはずじゃ……?」
「いいや」
ブラッドはまったく動じることなく、揺るぎない真実を伝えるような口調で答えた。
「俺なら可能だ」
そう言いながら、ブラッドはヨナスの背後をゆっくりと見上げた。
「それを証明してやる」
「……え、ま、まさか……」
青ざめたヨナスが、恐る恐る振り返る。
ヨナスの眼前には、岩壁のように巨大な氷竜フリギアが立ち塞がっていた。
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