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マデリンの恋心

 ブルックの町はひどいパニックに陥っていた。

 狂暴化したお手伝いネズミたちが次々と人々に襲い掛かり、あちこちで悲鳴が上がる。

 その混乱した状況は、ケット・シーたちの登場によって一変した。

 ケット・シーたちは息つく間もないほどの速度で町中を駆け巡り、人に襲いかかるお手伝いネズミを追い詰めていった。

 爪と牙でネズミの体を容赦なく剥ぎ取り、瞬時に制圧していくその姿は、町の人々の目を釘づけにした。

 剥ぎ落されたお手伝いネズミたちは、やはり一塊になって巨大化したが、ブラッドからしたら思う壺の行動でしかない。


「【雷凰(らいおう)】」


 ブラッドが発動させた魔法は稲妻となり、幾重にも枝分かれしながら巨大ネズミたちの頭上へ降り注いだ。

 晴天の空から落とされる神々しい雷光は、人々に畏怖の念を抱かせた。


「まるで神の怒りのようだ……」


 誰からともなくそんな言葉が囁かれる。

 人々はブラッドの活躍を、固唾を飲んで見守り、その圧倒的な戦いぶりに感嘆の声を漏らしたのだった。


「――よし。暴走したお手伝いネズミは根絶できたようだ」


 町の広場には、お手伝いネズミの残骸が山となって積み上がった。

 ケット・シーたちはホッとした様子で、お手伝いネズミの残骸を見上げている。

 念のため、索敵魔法で町中を調べてみたが、攻撃的なお手伝いネズミの気配は一切なかった。


「旅の方、助けて下さってありがとうございました……!! あなたは命の恩人です……!! あなたのようにとんでもない強さの冒険者さんが、偶然この町にいてくださってよかった……!! 」

「本当に衝撃的な強さだったな……! 伝説の英雄【ブラッディ・ハウンド】が再来したのかと思ったよ!」

「たしかに! 間違いなく【ブラッディ・ハウンド】に匹敵する強さでした!」


 ブラッディ・ハウンドの名が出た途端、ブラッドはぎょっとなったが、もちろん人々も本気で疑っているわけではないだろう。


「礼だったら、俺ではなくケット・シーたちに言ってくれ。あんたたちを救おうとしたのは彼らだ」


 ブラッドはできるだけ顔を俯かせたまま、街の人々の関心をケット・シーたちに向けた。

 ブラッドの言葉に誘導され、人々がケット・シーたちに視線を向ける。

 集団の中には、町の入口でケット・シーたちに嫌がらせをした衛兵たちの姿もあった。

 衛兵たちは気まずげな顔をしていたが、意を決したように前に出てくると頭を下げた。


「助けていただきありがとうございました。それと……以前は失礼な態度を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げた衛兵に向かい、ケット・シーたちは慌てて両手を振った。


「済んだことなので、気にしないでくださいにゃ! それより皆さんが無事でよかったですにゃ」


 衛兵たちをはじめ、町の人々はホッとした様子で微笑んだ。

 しかしこれで一件落着とはいかない。

 密かにそう考えながら、ブラッドは町の高台に建つ巨大な研究所を振り仰いだ。

 なぜお手伝いネズミが狂暴化して人々を襲ったのか。

 町の人々は、その理由を知る必要がある。

 魔道具の産みの親であるアロー・ジュニアなら、騒動の原因を知っているはずだ。


◇◇◇


 お手伝いネズミの発明家アロー・ジュニアは、研究所に立てこもったまま頑として姿を見せなかった。

 そんな手段で責任から逃れられるわけもないのに、ずいぶんと幼稚な男だ。

 憲兵隊員たちは、先ほどからずっと突入すべきかどうかを相談し続けている。

 あんな騒動が起きたというのに、町の有力者であるアロー・ジュニアに対して遠慮し、行動を起こせない憲兵隊の態度にはうんざりさせられた。

 これ以上、時間を無駄にしたくはない。

 ブラッドは研究所の正面まで歩いていくと、探知魔法を発動させて、建物内の様子を探った。

 どうやらアロー・ジュニアは、研究所の東翼塔にいるようだ。

 逆に西翼塔には、なんの生体反応も見られない。


「【滅砕(めっさい)】」


 ブラッドは最強の爆発魔法を発動させると、一瞬で西の塔を吹き飛ばした。


「ああッ……!?」


 絶句した人々が、あんぐりと口を開けて塔を振り返る。


「冒険者さん、ななな何をッ……!?」


 憲兵隊長らしい人物がブラッドの傍へ駆け寄ってくる。

 ところが冷ややかな目でブラッドが一瞥すると、隊長は怯えたように動きを止めた。


「このぐらいしなけりゃ、アロー・ジュニアは出てこないだろう。意気地のない憲兵隊は引っ込んでいろ」

「ですが建物を爆破させるなんて……! 相手が悪人であっても、あなただって罪に問われますよ……!?」

「だからなんだ。悪いが俺は、そんなこと恐れちゃいない」


 鼻で笑ったブラッドの態度が、あまりに堂々としていたからか、憲兵隊長は勢いを削がれて黙り込んだ。

 それに、もしこの場でブラッドを逮捕しようものなら、彼に助けられた町の人々が黙っていないだろう。

 背中に突き刺さるような人々の視線が、先ほどから痛くてしょうがないのだ。

 憲兵隊長が怖気づいて後ずさるのを確認してから、ブラッドは研究所に視線を戻した。


「アロー・ジュニア。十秒だけ待ってやる。それまでに出て来なければ、次はおまえのいる東塔を破壊する」


 辺り一帯がしんと静まり返っているせいで、ブラッドの声はよく響いた。


「十……九……八……七……」

「ぎゃああああ! や、やめてくれえええッッ!! 出てく! 出てくからあああああ!!」


 情けない叫び声が響いた数秒後、汗と涙にまみれたアロー・ジュニアが、研究所から飛び出してきた。


「反省してるから許してくれよおおお! まさかあんな大事になるなんて思ってなかったんだよッッ! 俺はただ猫とその冒険者を痛い目に合わせたかっただけで……!! 悪気はまったくなかったんだよおおおッッッ!! だから俺を責めるのはお門違いなんだよおおおおおッッッ!!」


 叫びながら土下座したアロー・ジュニアを、その場にいた誰もが冷ややかな目で見下ろす。


「わるもの、わがまま! 言ってることめちゃくちゃ!」


 ヴァルブルガの指摘があまりに的を射ていて、ブラッドは思わず吹き出しそうになった。

 矛盾だらけのアロー・ジュニアの発言だが、彼が反省していないのは、しっかりと伝わってきた。


「おまえの作り出したお手伝いネズミが町中の人を襲ったのに、よく悪気がなかったなんて言えるな」

「本当に俺のせいじゃない!! 俺が町に放った攻撃型お手伝いネズミは一匹だけだ!」

「だったらなんであんな騒ぎが起きた?」

「それは……改良途中だったせいでバグが起きて……狂暴化のウイルスが、町中のお手伝いネズミに感染しちゃったからで……。でも悪いのは俺じゃない! バグなんて自然災害みたいなもんだからな!!」


 ウイルス感染が暴走の原因だったのなら、町にいた全ネズミを退治したことで、ひとまず危険は収まったといえる。

 知りたかった情報を得られたブラッドは、アロー・ジュニアから興味をなくした。

 幼稚なこの男とこれ以上やりとりを続ける気はないし、アロー・ジュニアを裁くのもブラッドの仕事ではなかった。

 ブラッドと入れ違いでアロー・ジュニアの前に出たのは、珍しく険しい表情を浮かべたマデリンだ。

 マデリンの姿を視界に入れた途端、アロー・ジュニアの頬にポッと赤みがさした。

 その反応を見ただけで、アロー・ジュニアがマデリンをどう想っているのかが伝わってくる。

 もっともマデリンのほうは、アロー・ジュニアから好かれている事実に対し、嫌悪しか抱いていないようだが。


「ケット・シーやブラッドさんがあなたに何をしたって言うの? 勝手に逆恨みをして、あんなことをしでかすなんて。相変わらず最低な人ね」


 想い人であるマデリンに冷たく言い放たれ、さすがのアロー・ジュニアも巨大な身体を縮こまらせた。


「……! あ、マデリンだって……! 君があんな奴らと仲良くしたりするから……! だから俺は……俺はっ……」

「また人のせいにするの?」

「……っ」

「でもそんな言い訳、通用しないわ。あなたのした行いはテロと変わらないもの。法律があなたの責任を追及するでしょう」

「……!! ま、待ってくれ! 散々町に貢献してきた俺を捕まえるのか!? あのぐらいの騒ぎで!?」


 マデリンが突き放すような目でじっと見つめ返すと、焦ったアロー・ジュニアは、町の人々を味方にしようと騒ぎはじめた。


「みんな! どうかしてるぞ!! お手伝いネズミがいなくなったらおまえらだって困るだろ!? おい、俺を守れよ!! 俺のおかげで楽な生活ができたんだろ!? お手伝いネズミの恩恵を、これからだって受けたいだろッッ!?」


 太い腕を振り回し、汗だくになりながら、アロー・ジュニアが訴えかける。

 町の人々は悲し気な顔でアロー・ジュニアの様子を眺めていたが、もう彼に賛同する者はなかった。


「……たしかに私たちは、この数年間、お手伝いネズミに頼りきっていました。でもそれが間違っていたと、今日気づけたんです」

「ええ、今ならわかります。昨日までの生活は間違っていました。怠けに怠けて、こんな状態になってしまい……。そのせいでネズミに襲われても、ろくに逃げられませんでした」

「体力がなく、まともに生活できない状態をなんとかするためにも、俺たちは自ら働くべきなんです」


 アロー・ジュニアは愕然とした顔で町の人々を見回したが、突き放されたと理解した途端、彼らのことをキッと睨みつけた。


「ふん! おまえらみたいな怠け者がまともに働けるわけねえだろ! 散々だらけ倒してたんだ! 三十分動いただけで息切れするに決まってる! 今のおまえらはお手伝いネズミなしじゃ、何もできねえ体になってんだよ! 馬鹿め!!」

「そ、それは……」


 自分たちの体力が衰えている自覚はあるらしく、町の人々は不安そうに顔を見合わせた。

 その様子がますますアロー・ジュニアを増長させる。


「だいたいネズミが暴走したのを俺だけのせいにするなんておかしいぞッ! 戦闘でも使える万能型お手伝いネズミを開発するように言ったのは、世界平和推進結社なんだ! 俺は金を出してくれる彼らの案に乗っただけだ! 戦争兵器作りを命じたりした世界平和推進結社に、何もかも責任があるッ!!」

「なっ!? この期に及んで世界平和推進結社のせいにするなんて……! どこまでも見下げた人だな!」


 一瞬、言い任されかけていた町の人々だったが、今の発言は聞き捨てならなかったらしい。


「平和のために活動している結社が、戦争兵器を作らせるわけがない! 嘘を吐くならもっとましな言い訳を考えなさいよ!」

「うすうす気づいていたが、研究開発ができたって、あんた人としては大馬鹿野郎なんだな!」

「ふ、ふざけるな!! 俺は嘘なんて言ってない……!!」


 アロー・ジュニアは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだが、怒った町の人々は誰一人として彼の発言を信じたりはしなかった。

 世界平和推進結社はどこの町でも、平和を愛する組織として信用を得ているのだから当たり前だ。

 しかしブラッドだけは違う。


(今回の件は間違いなくアロー・ジュニアの暴走が原因だろうが、『世界平和推進結社が戦争兵器作りを命じた』という点に関しては、ありえない話でもないな)


 この国は現在、いくつかの勢力と緊張状態にある。

 世界平和推進結社が戦争に備えて、極端な準備をしていても不自然ではなかった。

 世界平和推進結社指示のもと、あの巨大な魔道具ネズミが町や村を襲い、人々の命を奪っていく姿を想像するだけで、ブラッドは胸糞の悪さを覚えた。


「アロー・ジュニア、真実を答えろ。研究の成果はすでに世界平和推進結社に共有してあるのか?」

 ブラッドに声を掛けられた途端、震えが止まらなくなったアロー・ジュニアが慌てて首を振る。

「い、いや! まだ試作段階だったからな。どっかのクズに研究を盗まれないためにも、資料は俺の屋敷の研究所エリアで厳重管理している」

「研究所エリアというのは先ほどまでおまえが隠れていた東翼塔か?」

「ああ……」

「嘘をついていたら、どうなるかわかるか?」

「ううう嘘なんてついてねえよ……!!」


 ここまで怯えると、誰も嘘をつけなくなる。


「そうか。ならよかった」


 ブラッドは満足げに頷くと、アロー・ジュニアの研究所の残り半分を、最強の爆発魔法で吹っ飛ばした。

 これでアロー・ジュニアの屋敷は完全大破した。

 危険な研究資料は木っ端微塵に吹き飛んだわけだ。


「な……ななな……なんてことだ……俺の……俺の屋敷がぁ……」


 完膚なきまでに心を砕かれたアロー・ジュニアは、ついにシクシクと泣き出した。

 今度は憲兵隊長もブラッドの行動を咎めたりはしなかった。

 この場に居合わせた誰もが、あの研究が世に残るのは危険すぎると、身をもって感じたのだろう。

 結局、アロー・ジュニアは泣き崩れたまま連行されていった。

 これで何もかも解決したと言えればよかったのだが、町の人々にはまだ気にかかる問題が残っているようだ。


「アロー・ジュニアが最後に言っていた指摘、正直一理あるよな……。俺たちは、長い間怠惰に過ごし過ぎた。今だって足が棒みたいだよ」

「わかるわ……。体力がないせいで、フラフラするのよね……」

「これだと生活をしっかり立て直すまで、かなり大変だろうな」

「でもやるしかないわ……!」

「ああ、もちろん! 昨日までの生活に戻りたいわけじゃない。今日の悪夢は自分たちが怠けた結果だって、ちゃんとわかってる」


 町の人々はお互いに励ましあっている。

 とはいえ体力の衰えを、気力だけで乗り切るのは無理があるだろう。

 そんな彼らに救いの手を差し伸べたのは、なんとケット・シーたちだった。


「あのぉ、私たちなら人間さんたちの邪魔にならない程度に、お仕事をサポートできますにゃよ? 私たちが働きすぎると、人間さんたちの体にとってよくにゃいのも理解できますし。ケット・シーは働くのが大好きですが、何もかもを押し付けられて奴隷みたいにされるのは嫌だというプライドはしっかりありますにゃ!」


 ケット・シーたちが名乗り出たのには驚いたが、たしかに彼らは打ってつけの存在だ。

 人間たちに楽をさせ過ぎず、適度に助けてくれる仕事のパートナー。

 しかももともとケット・シーたちは、この町でも仕事をしたいと望んでいた。


「私たちに手を貸してくれるんですか? ずっと猫を拒絶してきた町なのに……!」


 誰からともなくそんな質問が投げかけられたが、ケット・シーたちはにっこりと笑顔を返した。


「この町で働けるようになったら、私たちとても幸せですにゃ!」


◇◇◇


「あ! 見つかりました! 【記憶の果実】の伝票です!」


 帳簿を両手で掲げながら、マデリンがうれしそうに叫ぶ。

 あれからアロー・ジュニアは憲兵隊に捕まり、人々は、お手伝いネズミによってボロボロになった町を片づけに向かったため、ブラッドたちはマデリンの店に引き返してきたのだ。

 アロー・ジュニアとお手伝いネズミの件は、小さな町の憲兵隊が扱うには大きすぎる。

 アロー・ジュニアは王都の騎士団に引き渡され、そこで裁きを受ける流れとなるだろう。

 これからこの国でお手伝いネズミがどう扱われるのかはわからないが、それはアロー・ジュニアと国の問題だ。

 ブラッドは再び、自分の目的だけに意識を戻した。


「素材の取引相手とは連絡がつきそうか?」

「はい! 記憶の果実を持ち込んでくださった素材収集家は、白夜の都ロジオールを拠点としているサンダースさんでした。さっそく連絡をとってみますね!」


 そう言うとマデリンは、すぐに魔法通信装置を起動させてくれた。

 ブラッドがカブに連絡を取った時同様、今回も魔法通信装置から輝く光が沸き上がり、呼び出した相手の姿が映し出される。

 サンダースは温和な雰囲気をした四十代の男性だ。

 少し長めの髪は無造作にまとめられていて、彼のおおらかな性格を物語っていた。

 素材採集のため屋外で過ごす日が多いからだろう、肌は健康的な色に日焼けしていて、なんとなく陽の印象を与える相手だった。


「お久しぶりです。ブルックの町で素材屋をやっているマデリンです。実は素材集めの件で、お願いがありまして。以前、うちのお店に記憶の果実を持ち込んでくださいましたよね? 急ぎでもう一度、仕入れをお願いしたいのですが」

『いやあ、そうだったのか。残念だが記憶の果実は、当分の間仕入れが難しい状況なんだよ。現在判明している記憶の果実の採集場所は【雪霧山(せつむざん)】だけなんだが、なぜか春になっても猛吹雪が収まらず、とても入山できるような状況じゃなくてなあ』


 ブラッドをはじめ、店内にいた面々は思わず窓の外に視線を向けた。

 暖かそうな日差しと、晴れ渡った青空。

 新緑の木々は、優しい風に吹かれてそっと揺れていた。

 色とりどりの花の周りには、何匹もの蝶が飛び交っている。

 雪霧山はこの町からそう離れていない。

 冬は雪で閉ざされる雪霧山だが、この季節に猛吹雪が止まないというのは考えられなかった。


「突然、割り込んですまない。記憶の果実を探している者だ。雪霧山では、これまでも同じようなことがあったのか?」


 マデリンの背後に立ったブラッドがそう声をかけると、サンダースは挨拶を返してから続けた。


『こんな事態は初めてだよ。雪霧山は貴重アイテムの宝庫だから、素材収集家の間でも大騒ぎになってるんだ。雪霧山の麓にあるルッツの里が、ギルドを通して冒険者に何度も調査を依頼したんだが、自然現象ではないという事実以外、原因はわからずじまいでなぁ……』


 サンダースによると、ルッツの里は、雪霧山で得られる素材で生計を立てているため、かなり困っているらしい。


「なるほどな」


 ブラッドは腕を組んで考えた。


(自然現象でないのなら魔法が関係していそうだが)


 直接調べてみなければ判断しようがない。

 幸い雪霧山は、この町からそう遠くはなかった。

 それに一般の素材収集家たちでは習得不可能な強化魔法を、ブラッドは使いこなせる。

 その力を持ってすれば、猛吹雪の雪山にも入山できるかもしれなかった。


「情報を提供してくれて助かった。ひとまず現地に向かってみるよ」

『何人もの冒険者が断念した調査だ。中には無理に山へ入って、行方不明になった者もいると聞いた。どうかくれぐれも気をつけてくれ!』


 こちらの身を心底案じている顔でそう言うと、サンダースは通信を切断した。

 受話器を戻したマデリンが肩を落としたまま振り返る。


「お役に立てなくてごめんなさい……」

「いや、そんなことはない。記憶の果実の入手方法がわかったんだ。あとはどうとでもなる」

「でも不自然な猛吹雪で、立ち入りできない山なんて……」

「とても心配ですにゃ……」


 マデリンとケット・シーたちが深刻そうに視線をかわす。

 すると何を思ったのか、ヴァルブルガが腰に両手をあてて、むんっと胸を張った。


「だいじょぶよ! ブラッド、とってもつよいもん!」

「なぜそこでおまえが得意げになるんだ……」


 ブラッドが思わずツッコミを入れると、マデリンやケット・シーたちから明るい笑い声が上がった。


「そうね。ヴァルちゃんの言う通りね」

「んにゃ! ブラッドさんは、私たちが知っている限り、最強の冒険者ですにゃ!」

 称賛されるのが苦手なブラッドは、むすっとしながら咳払いをした。

「それより、この町でもケット・シーが働けるようになっただろう? 君たちもここで職探しをするのか?」


 ブラッドがケット・シーたちに尋ねると、マデリンが「あっ」と叫んだ。


「そう、そうなんです! 私、ケット・シーの皆さんに頼みたくて。もし皆さんさえよければ、これからずっと私の素材屋を手伝ってくれませんか?」


 リーダーを除いたケット・シーたちは、大喜びして両手を上げた。

 ところがリーダーだけは「あっ、あっ」とまごつき、おどおどと後退った。


「リーダーさん? ご迷惑だったでしょうか……?」


 マデリンが心配そうに問いかける。


「ち、違うにゃ! でも私その……隠し事をしていて……」


 リーダーは目深に被った帽子のつばを、両手でぎゅっと握り締めた。

 ブラッドだけが気づいていたリーダーの秘密を、マデリンも知るべき時がきたようだ。


「もう話してもいいんじゃないか? アロー・ジュニアの罪が暴かれた後だ。町の人々も、君の一家が偽りの罪を負わされたのだとすぐに理解するだろう。君を非難するものはいないはずだ」


 ブラッドがそんな言葉でリーダーの背を押すと、隣で話を聞いていたマデリンがハッと息を呑んだ。


「もしかして、あなた……」


 尋ねながら、マデリンがリーダーの帽子にそっと手を伸ばす。

 マデリンが帽子を外すのを、リーダーは拒絶しなかった。

 大きな帽子の下から現れたのは、長いまつげと鼻先の特徴的なブチが印象的なリーダーの素顔だった。


「……! ルビー、あなたなのね?」

「にゃん。マデリン、久しぶりにゃ……」

「ああ……! 会えてうれしい……!」


 はにかんでいるルビーを、マデリンが勢いよく抱きしめる。

 ルビーも幸せそうに、マデリンの顔に頬を擦り寄せた。

 二人の目には、うっすらと涙のきらめきが見えた。

 仲間のケット・シーたちもやはりリーダーの秘密は知らなかったらしく、最初のうちは驚きで目を真ん丸にしていたが、次第にもらい泣きしはじめた。


「マデリン、黙っていてごめんにゃさい……」

「ううん。そんなことはいいの。でもどうしてあなたがこの店の手伝いにきてくれたの?」

「近くの村で働きにゃがらも、時々あなたがどうしているかを気にしていたにゃよ。あなたは私の大切なお友達にゃったから……。そしたら偶然、あなたのお店がケット・シーの働き手を探しているって知って――」


 居ても立っても居られず名乗りを上げたのだという。


「みんにゃにも黙っていて悪かったにゃ……」


 リーダーが頭を下げると、仲間のケット・シーたちはにこにこ笑いながらリーダーの手を握った。


「リーダーがお友達と再会できてよかったにゃ!」

「それにお友達のお店で働けるようににゃるにゃんて!」


 仲間の言葉を聞いたリーダーは、おずおずとマデリンを見上げた。


「マデリン、本当に私たちがここで働いてもいいにゃか?」

「もちろん! あなたたちじゃなきゃ嫌よ!」


 マデリンから必要とされたことが嬉しかったのか、リーダー以外のケット・シーたちも心底幸せそうな表情になった。

 ヴァルブルガもニコニコしながら、ぴょこぴょこと跳ねている。

 その様子を眺めていたブラッドは、今が旅立つべきタイミングだと感じ取った。

 ブラッドがケット・シーたちの賃金を、カウンターにこっそり置いたことには誰も気づいていない。


「マデリン、ケット・シー、色々と協力してくれて助かった。俺たちはこのまま出発するよ」


 途端に全員の表情が曇ったが、ブラッドに次の目的があるのを、彼らは承知している。

 ケット・シーたちはしょんぼりしながらも、握手を求めてきた。


「ブラッドさん、私たちを呼び寄せてくれて本当にありがとうございましたにゃ」

「ブルックで僕らが働けるようににゃれて、心から感謝ですにゃ!」

「新たにやってくるケット・シーたちと一緒に、この町の皆さんを一生懸命支えますにゃ!」

「ヴァルちゃんも元気でにゃ! いつかまた一緒にお片付けがしたいですにゃ!」

「うん! やくそくだよ!」


 そう叫んだヴァルブルガが、ケット・シー一匹一匹に抱きついていく。

 マデリンはその様子を優しい眼差しで眺めていたが、不意に改まった様子でブラッドを見上げてきた。


「ブラッドさん、本当になんてお礼を言ったらいいのか……。お店の問題も、町の問題も、あなたのおかげで解決しました。それにルビーと再会できたのも。あなたとヴァルちゃんがこの町を訪れてくれて、本当によかった……」


 マデリンは背の高いブラッドをじっと見上げたまま、頬を赤らめた。


「素材が必要になったら、いつでも連絡してください……! あなたのためなら、どんなレア素材でも必ず仕入れてみせますので!」


 はにかみながら微笑むマデリンの瞳には、尊敬以上の感情が滲んでいたが、ブラッドが気づいたかどうかはわからない。


「記憶の果実が見つかるよう、祈っています!」


 真っ直ぐな瞳でそう伝えられると、ブラッドの心には罪悪感が燻った。

 マデリンはなぜブラッドが記憶の果実を探しているのか知らない。

 記憶の果実が見つかった時、ヴァルブルガがどうなるのかも……。

 ブラッドはさりげなくマデリンから視線を逸らすと、ヴァルブルガを呼び寄せた。


「行くぞ、ヴァルブルガ」

「あい! みんな、ばいばい! 元気でね!」


 手を振るヴァルブルガの前で、ゆっくりと扉を閉める。


(次の目的地は雪霧山か)


 ここからまた数日、ヴァルブルガとの旅が続く。

 以前ほどそれを嫌だとは思わなくなっている自分に、ブラッドはまだ気づいていなかった――。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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