差別主義者に制裁を
次の日の朝は、ヴァルブルガのお団子を作るのに四苦八苦する経験からはじまった。
着替えを終えたヴァルブルガは、部屋に備え付けられた素朴なドレッサーの前に座っている。
その後ろに立ったブラッドは、もう五分ほど苦虫を潰したような顔で考え込んでいた。
「ブラッド、だいじょぶ……? できる?」
「おい、あからさまに不安そうな顔をするな。なんとかなる……はずだ」
そう言いながら必死に記憶を手繰り寄せる。
ヴァルブルガの希望するお団子頭は、娘のフィアットも何度かしていた覚えがある。
そのとき娘の髪をセットしていたルクスはどんな動作をしていたか。
ダイニングテーブルに座ったままの自分が、かつて眺めていた光景を思い出す。
娘の髪を愛おしげに撫でる妻の細い指。
母に面倒を見てもらってニコニコしている娘の姿。
ブラッドは締め付けられるような胸の痛みから目を背け、ルクスの指が動く場面だけに意識を集中させた。
まずは耳の上の髪を、左右二つに分けるところからだった。
記憶を辿りながら、実際に自分の手も動かしていく。
(右の毛束を捩じりながら束ねた後は、ゆっくりと巻き付けてお団子の形を作るんだったな)
その最後の過程がなかなか難しい。
短い毛がはみ出すと不格好になってしまうし、なぜなのか左右のお団子で高さがちぐはぐになったりした。
なんとか見える形になるまではえらく時間がかかり、気づけばケット・シーたちとの待ち合わせ時間が迫っていた。
「完璧とは言えない出来だが、今日はこれで我慢しろ。時間がもうない」
そう言いながら鏡の中を見ると、満面の笑みを浮かべているヴァルブルガと目が合った。
「ブラッド、ありがと! お団子かんぺき! ヴァル、すっごくうれしい!」
興奮気味なヴァルブルガはドレッサーの椅子から立ち上がると、嬉しそうに飛び跳ねた。
昨晩と同じで、喜ばれると反応に困る。
結局ブラッドは仏頂面で黙り込んでしまったが、彼のそんな態度を見てもヴァルブルガは上機嫌なまま、ブラッドの作ったお団子を触っては微笑むのだった。
◇◇◇
それから二人はすぐさま待ち合わせ場所であるココット一族雑貨店の店先に移動したが、残念ながら急いだ意味はなかった。
「おかしいな」
雑貨店の軒下に立つブラッドは、通りの先と時計台を交互に眺めながら首を傾げた。
待ち合わせの時間を三十分も過ぎているというのに、ケット・シーたちが現れないのだ。
「ネコさん来るのやめちゃった?」
ヴァルブルガが心配そうに問いかけてくる。
「いや、相手はケット・シーだ。連絡もなく、請け負った仕事をキャンセルするとは思えない」
ケット・シーの仕事に対する責任感は相当強い。
気まぐれで約束を破るような行動は、絶対に取らないはずだ。
こちらの居場所はわかっているわけだし、事情があるのなら『伝書鳥』に簡易メッセージを託せばいい。
伝書鳥も魔道具の一種で、差出人の居場所を入力すればメッセージを運んでくれる。
魔法通信装置よりも手軽なため、この国でもっとも多用される連絡手段だ。
(やはり何の連絡もないのは不自然だな)
どうしたものかと思っていると、店の扉が開いてマデリンが顔を覗かせた。
「あれ? ケット・シーたちまだ現れないんですか」
「今のところ三十分の遅刻だ」
そう話した途端、マデリンの顔色が変わった。
「もしかしてトラブルに巻き込まれたんじゃ……」
ケット・シーがここブルックで歓迎されないことは、もちろんわかっていた。
「だがあの怠惰な住人たちが、嫌がらせのために行動を起こすか?」
「いえ……。でもひとつだけ心当たりが。お手伝いネズミの開発者アロー・ジュニアなら、やりかねません……!」
◇◇◇
万が一ケット・シーが店に現れた時のため、マデリンを留守番役として残して、ブラッドとヴァルブルガはケット・シーを探しに向かった。
ブルックは小さな町だ。
探しはじめてすぐ、町の入口で揉め事に巻き込まれているケット・シーたちを発見した。
「猫はお断り。看板に書いてあるだろう。ああ、そうか。知能の低い獣だから、文字も読めないのか」
門とケット・シーたちの間に立ち塞がった男が、くだらない嫌味を口にする。
すると男の左右に控えている門番たちが、お追従の笑い声を立てた。
男の姿は、町の入口に立っている石像そっくりだ。
どうやらあの嫌味男が、お手伝いネズミの発明者であるアロー・ジュニアらしい。
「ここは人間と、衛生的なお手伝いネズミが暮らす町だ。さっさと立ち去るがいい。猫なんて、どんな病気を持っているかわかったもんじゃない」
アロー・ジュニアの言動には、憎しみに近いものが滲んでいる。
ネズミ贔屓だとは聞いていたが、想像以上だ。
侮辱されたケット・シーたちは、アロー・ジュニアとは違い、冷静な態度で答えた。
「私たちはこの町に滞在している方から、仕事の依頼を受けましたにゃ。依頼主との間の契約があるので、このまま引き返すなんてできにゃいのです」
発言したのは、集団のリーダーらしきケット・シーだ。
リーダーは巨大な赤いジャケットを身に纏い、装飾が施された巨大な赤い帽子を目深に被っている。そのせいで表情はまったく見えないが、口調から理知的な性格が伺えた。
残りのケット・シーたちも、似たデザインのジャケットを着用しているが、帽子をかぶっているのはリーダーのみだ。ただしそれぞれステッキを握ったり、蝶ネクタイをつけたり、思い思いのおしゃれをしている。ケット・シーには洒落者が多いという話を聞いた記憶があったが、どうやらあの噂は真実だったようだ。
赤いとんがり帽子のケット・シーはさらに続けた。
「念のためお尋ねしますにゃ。私たちが町に入るのは、法で禁じられていますにゃか?」
もちろんそんな法があるわけがない。
正論で返された状況に腹を立て、アロー・ジュニアの顔が真っ赤になる。
「生意気な猫め……!!」
罵るなり、アロー・ジュニアはケット・シーの胸倉を掴んだ。
乱暴に掲げ上げられ、ケット・シーの足が宙に浮く。
すぐさま仲間のケット・シーたちが助けようとするが、大男と小さな妖精猫だ。残念ながら手が届かない。
「ぶははっ! 害虫猫なんてこうしてやる!」
「や、やめてくださいい。にゃばばばば」
ガクガクと揺さぶられ目を回すケット・シーを見て、アロー・ジュニアが大声で笑う。
他種族に対するあんな差別的な扱いは許されない。
「わるもの!」
ヴァルブルガ、むくれながら指をさす。
「たしかに反吐が出るな」
そう返しながら、ブラッドは揉めている輪の中へ向かっていった。
「おい、ケット・シーを離せ」
ブラッドが背後から声をかけると、アロー・ジュニアは怪訝そうに振り返った。
「なんだ、あんた? 見ない顔だな。余所者に口を挟む権利なんてないぞ」
そう言って睨みつけてくる。
威圧しているつもりだろうが、ハッタリにもなっていない。
「そのケット・シーたちは、短期で手を貸してもらうため、俺が呼び寄せた。彼らに文句があるなら、俺が聞こう」
「この町には、この町のルールがある。勝手に猫を連れ込まれちゃ困るんだよ」
顎をしゃくったアロー・ジュニアが、石像に掘られた文言を示す。
「猫はお断りだ!」
「馬鹿馬鹿しい」
ブラッドは石像の前までいくと、魔法で右腕を強化させた。
それからおもむろに台座を殴りつける。
鉄のように固くなったブラッドの拳に殴りつけられ、文字が彫り込まれた部分は粉々になった。
「んなーっ!? 俺様の石像が……!! ななな何をするッッ!!」
「さきほどケット・シーにも指摘されていたが、ケット・シーに対して、町への出入りを禁じる法など存在しない。ふざけた決まりを強いるな」
「俺はこの町の有力者だぞ!!」
「それがなんだ?」
「き、貴様ぁ!! 余所者が調子にのりやがってッッ!」
「先に言っておくが、そちらが手を出してきたら、正当防衛で報復する」
「……っっっ」
ブラッドが殺気を出しただけで、アロー・ジュニアは呼吸も儘ならなくなった。
それも当然だ。
暗殺を生業にしていたブラッドの一睨みには、本気の殺意が宿っている。
喧嘩を吹っ掛けてはいけない相手だったと理解した途端、アロー・ジュニアの巨大な顔に滝のような汗が噴き出した。
「くそっ……!!」
吐き捨てるように呟いたアロー・ジュニアが、ケット・シーを解放する。
突然手を離されたケット・シーは、宙返りをしてからスタッと地面に降り立った。
「この町に疫病が蔓延したら、おまえらのせいだからな!」
惨めな負け惜しみを撒き散らすと、アロー・ジュニアはそそくさと逃げ去った。
その背に向かって、ヴァルブルガが「んべー!」と言いながら舌を出す。
残された門番たちは、気まずそうな態度で詰所へ戻っていった。
「助けていただきありがとうございましたにゃっ……!」
四匹のケット・シーたちが、ブラッドとヴァルブルガに向かって深々と頭を下げてくる。
「あなたがいなければ、リーダーはひどい怪我をさせられていたにゃ……」
丸眼鏡のケット・シーが、赤コートのケット・シーを振り返りながら言う。
やはり赤コートのケット・シーが、このチームのリーダーらしい。
「危険に晒されたのは、こちらの落ち度だ。すまなかった。門まで迎えにくるべきだった」
「いえいえ! あっ、それと、約束の時間に遅れてしまって申し訳にゃいです……!」
「君たちのせいではないんだし、気にしないでくれ」
ケット・シーたちは遠慮がちに頷くと、改めてというように全員でぺこりと頭を下げた。
「今回はご依頼いただきありがとうございますにゃ。このブルックの町からご依頼が入るのは初めてにゃので、本当にうれしいですにゃ!」
ケット・シーによると、彼らはブルックの近郊の村に常駐しているなんでも屋らしく、人口の多いブルックからの仕事を以前から求めていたらしい。
恐らく小さな村の中だけでは、仕事の依頼数が足りていないのだろう。
働き者のケット・シーたちにとって、そんな状況は人生の遣り甲斐不足に繋がるような由々しき問題のはずだ。
「今後もブルックの町からお仕事いっぱいいただけるよう、しっかり努めますにゃ! にゃー、みんな!」
リーダー格のケット・シーが声をかけると、残りの者たちが「にゃー!」と叫んで手を掲げた。
その行動が楽しげに映ったのか、ヴァルブルガも一拍遅れて彼らの真似をする。
ケット・シーたちとヴァルブルガはだいたい背丈が一緒なので、並んでいるともう一匹妖精猫が増えたようにも見えた。
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