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懸賞金

 この町で無駄にしている時間はない。

 マデリンに魔法通信装置を借りたブラッドは、すぐさま暗記している番号をダイヤルした。

 魔法通信装置を使えば、遠方にいる相手と顔を見ながら通話ができるのだ。


『毎度あり。こちらカブ・スナイダー』


 応答の声と同時に、魔法通信装置から輝く光が沸き上がる。

 光の中に現れたのは、ブラッドにとって唯一の仕事仲間であり、ヴァルブルガの鑑定を引き受けてくれた魔法鑑定士カブの姿だ。

 カブはいつも通りひどい寝ぐせ頭をしている。

 大方今日も研究所の机に突っ伏して、気絶するように眠ってしまったのだろう。


「ブラッド・レスターだ。実はまた頼みがあって――」

『ブラッド!? おまえ、あれからどうなった!? オチビは!? まだ一緒にいるのか? ニムーゲン博士に会って話はできたのか!? まさか世界平和推進結社に見つかってないよな!?』


 前のめりになったカブが、唾を飛ばしながら捲し立てる。

 ずいぶんと心配をかけてしまったらしい。


「ヴァルいるよ! ここ!」


 ブラッドの脇からヴァルブルガがひょこっと顔を出すと、カブは「おっ!」と言って笑顔になった。


『よかったよかった。オチビとはうまくやってるんだな! ……って、なんかオチビだけ妙に汚れてない?』

「えっ。ヴァル、き、汚くなもん」


 ヴァルブルガはバツが悪くなったのか、魔法通信装置の裏側にサッと身を隠した。

 ヴァルブルガに対しては意図的に無関心であるよう心掛け、極力視界に入れないようにしてきたため気づかなかったが、たしかにヴァルブルガは薄汚れている。

 とくにぺったりとした髪と、服についたいくつものシミが気になった。


(妙だな。買った時にはあんなはシミついていなかったはずだ)


 そもそも衣服は数日おきに洗うよう伝えてある。石鹸だって買い与えた。

 旅をしていれば当然ある程度汚れるものだが、ともに行動しているブラッドとヴァルブルガに差が出るのは妙な話だ。


『ブラッド、オチビの面倒ちゃんと見てやってんのか? オチビの年齢じゃ、まだ何をするにも大人の助けが必要だろ。親子のフリをして旅をするなら、ちゃんと演じきらないと。育児放棄を疑われたら厄介だぜ!』

「……」

『おい! 怖いからむっつりしたまま押し黙るなよ……! ほらっ、急に連絡してきたんだから、なにか用事があったんだろ! って、まさか世界平和推進結社に見つかったのか……!?』

「いや。世界平和推進結社とは遭遇していない。追ってきたところで、返り討ちに合わせるから問題ないけどな。それより、俺の代わりに商業ギルドに行って、ブルックの町で数日間働けるケット・シーを探してきてくれないか?」


 商業ギルドは、商売、取引、交易、労働に関する様々な業務を扱っており、求人募集の窓口にもなっている。

 どの支部にも魔法掲示板が設置されていて、そこで登録した求人募集は、各地の商業ギルドで共有される仕組みだ。


『は? え? ケット・シー? 商業ギルド? おいおい、順を追って説明しろって! 一体今どういう状況にあるんだよ!?」

「……説明、いるか?」


 ブラッドは世界平和推進結社に追われる身だ。

 頼れる人間が他にはいないためカブに連絡をしたが、必要以上にカブを巻き込みたくはない。

 知っている情報が増えれば、その分、カブは危険に晒される。

 そんなブラッドの気遣いを突っぱねるように、カブは盛大な溜息をついた。


『はいはい、出た出た。頼ってくるくせに、そうやってすーぐ蚊帳の外に出そうとする。アタシは都合のいい女なんかじゃありませんからネッ!』

「気持ち悪い声色を使うな」


 本気で引きながら突っ込みを入れる。

 しかしこの調子だと、カブは納得するまで動いてくれそうにない。

 ブラッドは仕方なくこれまであったことを軽く説明した。


『――んー、なるほどなるほど! たしかにその感じだと、ケット・シーたちを雇うのが最適だろうな。仕方ない。商業ギルドまでひとっ走りしてきてやるか。でも忘れんなよ。俺は何でも屋じゃなくて、魔法鑑定士だからな! ……それからさ、わかってると思うけど、世界平和推進結社は必死にあんたたちを捜してる。あんたの元相棒ムーム・ラヴィナスが指揮をとって、「草の根分けても見つけろ」って息巻いてるらしい。世界平和推進結社支部はすべての業務をストップして、ヴァルブルガの捜索活動を行ってるって話だ。あんたにもオチビにも、目ん玉飛び出そうな額の懸賞金が賭けられてるよ』


 結社本部塔からヴァルブルガを連れて立ち去る際、引き留めようとしてきたムーム・ラヴィナス。

 別れ際に見せたムーム・ラヴィナスの泣き出しそうな顔を思い出しながら、ブラッドは無言で頷いた。

 ムーム・ラヴィナスは凄まじい執念をうちに宿した人間だ。

 ブラッドとヴァルブルガを捜し出すまで、諦めたりはしないだろう。


『とにかく警戒を怠るなよ、ブラッド。世界平和推進結社の支部はそこら中にあるんだし、いつ見つけ出されてもおかしくないんだからな!』

「ああ」

『あと次からは状況説明を省くんじゃねえぞ! 水臭いのはお断りだ!』

「はあ……。一応覚えておく」

『一応じゃねえって! あんま俺に心配かけるなよ! 仲間の訃報を聞くなんて冗談じゃねえから!』


 照れ隠しなのか、うひひと笑ってカブが魔法通信を切る。

 それから待つこと三十分。

 カブからの折り返しの電話があった。


『ちょうど近隣の村で仕事を終えたばかりのケット・シーのグループが、仕事を引き受けてくれたぜ。五匹揃って明日にはつくってさ!』


◇◇◇


 ケット・シーたちが町に到着するまで一日。

 彼らの手を借りて、伝票を発掘するのに、少なく見積もっても五日。

 つまり一週間近く、この町で足止めを喰らうことになったのだ。

 不本意だが、受け入れるしかない。

 そんなわけで、この町でもまた宿屋を探さなければいけなくなった。

 建物の影が長く伸びた夕暮れの町では、相変わらずお手伝いネズミたちが忙しなく走り回っている。

 普通ならこの時間帯、帰路に着く人々が行き交い、賑やかな雰囲気が漂っているものだが、怠け者の住人たちの姿は一切見られなかった。

 恐らくまだカフェでダラダラとし続けているのだろう。

 活動しているのがお手伝いネズミばかりなせいか、まるでネズミに乗っ取られた町のようにすら思えてきた。

 ちょうどそこへ一台の荷馬車が現れた。

 ネズミ以外の生き物を目にしてなんとなく安堵したのも束の間、ブラッドはぎょっとさせられた。

 なんと馬の手綱を握っているのも、お手伝いネズミだったのだ。

 魔道具であるお手伝いネズミに、馬の扱いを覚えさせることは可能だろうが、馬のほうは生き物だ。


(よく大人しく従っているな……)


「わあ! 馬さん見るのひさしぶり!」


 ブラッドと同じように、ネズミばかりが目に付く風景にうんざりしていたのか、ヴァルブルガがはしゃいだ声を上げる。

 そのままヴァルブルガは無邪気な態度で馬のもとへと駆け出した。

 そこからのすべては一瞬の出来事だった。

 突如足元に近づかれたせいで、馬が驚き取り乱す。

 こうなったら人間でも、馬を制御などできない。

 当然魔道具では対応しきれず、お手伝いネズミは馬を止めるどころか、御者台からあっさり振り落とされてしまった。

 恐怖に震え上がったヴァルブルガが、その場にどしゃっと尻餅をつく。

 暴走し立ち上がった馬は、今にも両足でヴァルブルガを踏みつけようとしている。

 目の前で起きている何もかもが引き金となり、ブラッドの脳内にはとある記憶がフラッシュバックした。

 独特の臭気が立ち込める死体安置所。

 簡素な台の上に横たえられたとても小さな遺体。

 被せてあるシーツを決してめくるべきではないと忠告してきた憲兵隊員の青ざめた顔。

 考えて行動したわけではない

 気づいた時にはすでに、助けたヴァルブルガを自分の腕の中に抱え込んでいた。

 心臓がバクバクと音を立てている。

 とにかく生きた心地がしない。


「わあ……わあ……ぶ、ブラッド……?」


 混乱したヴァルブルガの声に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。

 ブラッドはすぐさまヴァルブルガから身を離した。


「……っ」


 自分の中で起こった混乱を自覚した途端、さらに血の気の引く思いがした。

 ほんの数秒間だったが、ブラッドは、事故で亡くなった娘フィアットとヴァルブルガをごちゃ混ぜにしてしまったのだ。

 それは絶対にあってはならない事象だった。


「だいじょぶ? ブラッド?」


 青ざめたまま黙り込んでいるブラッドを、ヴァルブルガが心配そうに覗き込んでくる。

 泥濘で尻餅をついたせいで、ヴァルブルガの頬や服にはたくさんの泥水が跳ね飛んでいた。

 もともと汚れていたせいもあり、目の前のヴァルブルガはひどい有様だ。


『オチビの年齢じゃ、まだ何をするにも大人の助けが必要だろ。親子のフリをして旅をするなら、ちゃんと演じきらないと』


 そんなカブの言葉が思い出されたが、今は泥を拭ってやることさえしたくはなかった。

 ヴァルブルガと娘は違う。

 ヴァルブルガは単なる復讐相手だ。

 わかりきっているはずの事実を、自分に言い聞かせる事態になるなんて滑稽だ。

本日、まだまだ更新します。

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