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おまえは恩人だ

 ニムーゲン博士の心の中は、三六〇度、無限の景色が広がっていた。

 辺りには感情や記憶の断片が流動的な形で現れ、ふわふわと漂っている。

 微かに聞こえる囁き声のような心地いい音は、記憶の断片から洩れ落ちる声のようだ。

 宙に浮く欠片を躱しながらしばらく進んでいくと、小さなニムーゲン博士の背中が見えてきた。

 ニムーゲン博士は一人きり、背中を丸めてぽつんと座り込んでいる。

 虚ろな瞳は、現実世界と同様に虚空を見つめたままだ。


「ニムーゲン博士」


 話しかけてみても、当然反応はない。

 ブラッドは首の後ろに手を当て、しばらく考え込んだあと、彼の隣にどかっと腰を下ろした。


「外の世界では、あなたの弟子のレイブンが、大変な目に遭っているぞ。王立アカデミーの職員がレイブンを嵌めて、逮捕させたんだ。あんたの研究所も奴らが好き勝手にしている」

「……」

「どうだっていいか? 死んだ奥さん以外興味はない? その気持ちはまあ痛いほどわかるが」

「……」


 ニムーゲン博士は、本当にこのままレイブンを見捨てるのだろうか。

 ブラッドはニムーゲン博士をじっと見下ろしたまま、言いようのない感情に包まれた。


「……なあ、ニムーゲン博士。あなたは本当の独りじゃないだろ。あなたの弟子が、あなたの助けを待っている。あいつに散々救ってもらったはずだろ。借りは返すべきじゃないか?」


 ニムーゲン博士にはレイブンがいる。

 しかしブラッドの家族は、もう誰一人残ってはいない。

 だからニムーゲン博士が羨ましかったし、腹が立った。


「大切なものがまだ残っているのに、大事にせず悲しみに溺れるのは傲慢だろ……」


 弱々しい声とともに、本音が勝手に零れ落ちる。

 気づけば体中がガタガタと震えて止まらない。

 ブラッドはこんな本心を他人に打ち明けるような人間ではない。

 精神侵入魔法の弊害で、ニムーゲン博士の悲しみに心が引きずられているのだ。

 耐えられないほどの苦しみが襲い掛かってきて、息をするのもままならない。


(くそっ……)


 これ以上はもう無理だ。


「一応説得は試みたし、もう十分だろう。あとは勝手にしろ」


 そう言い捨てたブラッドは、ふらつきながら立ち上がり、この場から逃げ出そうとした。

 そのまま元の世界に戻ろうとした時だった。



『人助けをする優しいあなたを誇りに思うわ』



 妻の声が聞こえた気がして、ブラッドは思わず立ち止まった。

 恐らくは精神侵入魔法の影響で聞こえた幻聴だろう。

 それでも無視などできるわけがなかった。

 もう一度、何を引き換えにしてでも聞きたかった妻の声なのだから。


(……ルクスが望むのなら、この爺さんを助けるべきだ)


 ブラッドは大股でニムーゲン博士のもとまで戻ると、両手で彼の細い肩をガシッと掴んだ。


「……おい、博士。悲しみに飲み込まれて死ぬにしても、レイブンに借りを返してからにしろ! あなたはあいつがくれた愛情を持ち逃げするつもりか!?」


 考えるより先に、そんな言葉が口から飛び出した。

 ブラッドは決して熱血な男ではない。

 だがブラッドの人生の中でごく稀に、自分でも信じられないぐらい強い感情が湧いてきて、激しく衝動的な行動に出ることがこれまでもあった。

 そのすべての場面で、ブラッドの引き金を引いたのはルクスだった。

 今回もきっと、ルクスの魂がそうさせたのだろう。

 数秒後、さらに目を疑うような事態が起きた。

 それまで一切反応を見せなかったニムーゲン博士が、ゆっくりと顔を上げたのだ。


「………………………………ぎゃいのぎゃいのうるさい小僧だな」

「博士……!」

「喚くな小僧。うるせえ、うるせえ。まったく人の心に勝手に入って、ギャースカギャースカしやがって。おら、さっさと出ていけってんだ」

「だが――」

「あほんだら。……おまえがここにいる限り、俺も帰れんだろ」


 ニムーゲン博士が『帰る』という言葉を口にした事実に驚き、ブラッドは微かに目を見開いた。


「……向こうで待っていればいいんだな?」


 ブラッドが慎重に問いかける。

 ニムーゲン博士は仏頂面のままだ。

 それでも一度しっかりと頷いてみせた。


◇◇◇


 精神侵入魔法を解除し、現実世界へ戻ってきたブラッドの目に最初に映ったのは、心配そうなヴァルブルガの姿だった。


「ブラッド、帰ってきた! ね、ね、おじいちゃんどうなる? レイブンお兄ちゃんどうなる? ふたりとも助かる? ……あっ!?」


 矢継ぎ早に尋ねていたヴァルブルガが、ブラッドの背後を見て驚きの声を上げる。

 足を引きずりながら歩く音を聞きながら、ブラッドも振り返った。

 ちょうどニムーゲン博士が、中庭から室内へ入ってくるところだった。


「おじいちゃん、動いてる!」


 ヴァルブルガがうれしそうに俺の腕を揺さぶってくる。


「おいチビスケ、人を死骸扱いするんじゃねえ。……まあ、でも死んでいたようなもんだったか。ふん」


 ニムーゲン博士は不機嫌そうな顔でこちらを見たが、やがてぶっきらぼうに言った。


「……まあ、なんだ。あんたのおかげで助かった。世話をかけてすまなかったな、小僧」


 手のひらで頭を掻きながら、ニムーゲン博士が気まずそうに視線を逸らす。

 ブラッドは何も言わず、返事の代わりに軽く肩を竦めてみせた。


「ニムーゲン博士、レイブンは憲兵所の牢獄にいるはずだ。迎えに行くか?」

「うむ。だがその前に一喝してやらねばならんクソどもがいるな。クソに荒らされている研究所など、レイブンに見せたくはない」


 ニムーゲン博士はそう宣言すると、足を引きずりながら書庫へと向かった。

 書庫で作業をしている職員たちは、当然まだニムーゲン博士の心が還ってきたのに気づいていない。


「雷が落ちる?」


 ヴァルブルガがわくわくしながら問いかけてくる。


「間違いなくな」


 ブラッドが答えた直後――。


「てめぇ、このデコチャビンどもがあああッッ!! 私の研究所で勝手に何をやっとるーッッ!! ぶち殺すぞッ!!」


 研究所が揺れそうなくらいの怒声の後、職員たちの慌てふためく悲鳴が聞こえてきた。


「うわッ!? なんで爺さんが元気になっている!? これは分が悪い! 撤収、撤収だッ……!!」

「待って下さい、ネモ室長! 置いていかないでくださいよーッ!!」

「おい、こら、タコ野郎! 逃げるんじゃねえ!」


 ニムーゲン博士の呼び止める声を無視して、ネモ室長と部下のアリアナは廊下へ飛び出してきた。

 二人はこのまま尻尾を巻いて逃走するつもりなのだろう。

 もちろんブラッドは見逃すつもりなどなかった。

 ブラッドが行く手に立ちはだかっているのに気づくと、ネモ室長は舌打ちをしてから魔法を発動させた。


「【夢幻牢(むげんろう)】!!」


 ニムーゲン博士に幻を見せた事件によって予想はついていたが、やはりこの者たちは幻惑魔法使いだったのだ。

 ブラッドが復讐のために殺害した世界平和推進結社の幹部ターセム・フェインもそうだったように、他者をいいように利用したがる者ほど、幻惑魔法を好んで習得したがった。

 そしてターセム・フェインが経験したのと同じように、ネモ室長も思い知らされることとなった。

 世の中には、幻惑魔法で操れない心の持ち主がいるという事実を――。


「アリアナ、今のうちに逃げるぞ! こいつは今、蜂の大群に襲われる幻を見ているからな!」

「蜂がなんだって?」


 せせら笑ってブラッドの横を通り過ぎようとしたネモ室長に問いかける。

 その途端、ネモ室長はぴたりと動きを止めた。


「へ……? なぜ現実の会話が聞こえている……。まさか幻惑魔法が効いていないのか……!?」

「その反応には飽きている」


 瞬く間にネモ室長とアリアナの背後に回り込んだブラッドが、低い声で呟く。

 ブラッドの動きを一切目で追えなかった二人は、混乱のあまり「ヒイッ!!」と悲鳴を上げた。

 暗殺者にとって、敵に気づかれるより先に背後に回り込む技術は、必要不可欠なものである。しかもブラッドは最強攻撃魔法の使い手としても非常に有能であるが、後ろを取る速度が誰よりも速いと言われていたのだ。


「命が惜しければ、逃げ出そうなどと考えるなよ」

「……っ!!」


 ネモ室長とアリアナがそろって息を呑む。

 ブラッドの発言が単なる脅しでないことは、その声色から十分伝わったのだろう。

 二人はがくりと肩を落としてから、観念したというように両手を挙げてみせたのだった――。


◇◇◇


 ニムーゲン博士の心が現実に戻ってすぐ、オルフォードは田舎の長閑な村とは思えないほどの大騒ぎとなった。

 レイブンは公務執行妨害への罰金だけで釈放され、代わりにレイブンを嵌めた王立アカデミーの職員二人が、詐欺罪で牢屋にぶち込まれる結果となったのだ。

 職員たちから袖の下を受け取って、証拠とされた転職紹介状を偽造した憲兵も、もちろん逮捕された。

 捕えられたネモ室長は「私を誰だと思っている! 王立アカデミーの室長だぞ! しかも古代魔法の研究には、世界平和推進結社から義援金も受けているんだ!! 世界平和推進結社が今回の件を支えていたんだぞ!? 報復が恐ろしかったら、私を解放しろ!!」と喚き散らした。

 しかし視線だけで人を殺しそうなブラッドに睨まれ、「残念だったな。俺に恐れるものはもうない」と言われた瞬間、悲鳴を上げて縮み上がってしまった。


「そうだ! そうだ! ニムーゲン博士の書物を盗んだのはおまえたちだろう! その罪を、世界平和推進結社に被せようとするなんてありえん!」


 村人たちは世界平和推進結社の関与を真っ向から否定したが、その件に関してブラッドは別の意見を抱いていた。


(憲兵に渡した袖の下の出どころは、世界平和推進結社が与えた義援金かもしれないな)


 古代魔法研究に仕掛けられた魔法盗聴器に関しても、王立アカデミーの職員である室長ごときが手に入れられるような代物ではないのだ。

 ネモ室長とアリアナはあくまでも手駒に過ぎず、魔法盗聴器を手配し、ニムーゲン博士の研究を奪うよう世界平和推進結社が指示したと疑うのは、さすがに考え過ぎだろうか?

 とはいえヴァルブルガが古代魔法で若返ったように、世界平和推進結社が古代魔法研究に注目している可能性は十分あった。


(俺にとってはどうでもいいことだが)


 世界平和推進結社の復讐対象者には、ヴァルブルガ以外全員に裁きを下した。

 もはや結社に何の興味もない。


(たとえ彼らがどんな悪事に手を染めようと、何を企んでいようと、俺には関係のないだ)


 そんなことを考えながら、ネモ室長とアリアナが連行されていく姿を見届ける。

 二人の姿が見えなくなると、村人たちは心底申し訳なさそうな態度で、ニムーゲン博士とレイブンに歩み寄っていった。

 ニムーゲン博士は今、大事を取って車椅子に座っている。

 気力を持ち直したとはいえ、長い間、動いていなかったせいで、体力はかなり落ちているらしかった。

 車椅子の後ろに立ったレイブンは、近づいてくる村人を見て、警戒心を剥き出しにした表情を浮かべた。


「申し訳なかった、レイブン。それにニムーゲン博士も。あんなよそ者に騙されて、庇いもしなかったなんて。古代魔法研究に書籍を戻す作業は、村人全員で手伝わせてほしい。……本当に今回の件はすまなかった。この通りだ。許してくれ」


 そう言うと、村人たちはニムーゲン博士とレイブンに向かって頭を下げた。

 意外にも、ニムーゲン博士とレイブンは村人たちを責めたりはしなかった。


「ええい、やめろやめろ! 頭なんて下げてこそばゆいったらない。村で浮いてたのは俺たち側の責任だ」


 ニムーゲン博士がそう言うと、レイブンが焦りながら反論した。


「何言ってんだよ、ニムーゲン博士! あんたは別に浮いちゃいなかっただろ。口の悪い爺だけど、ちゃんと村の人から信頼されてたじゃねえか! 悪いのは俺だけだ……」


 決まり悪そうに俯いたレイブンを見て、ニムーゲン博士がふんと鼻を鳴らす。


「しけた面さらした挙句、泣き言か!? 俺が耄碌してる間に軟弱になりやがって! おまえが嫌われてんだったら、俺譲りのクソ暴言のせいで、しょっちゅう誰かと揉めるからだろ。要するに口が悪くなるよう育ててた俺のせいだ! がははっ!」


 ニムーゲン博士は豪快に笑うと、車椅子に座ったままレイブンを引き寄せ、雑な手つきで彼の髪を撫で回した。


「とはいえ今回の件で、敵ばかり作ってたら、おまえのためになんねえことはよくわかった。これからは暴言を吐いたって、本気で嫌われない処世術って奴をしっかり叩き込んでやる。……そのためにも、腑抜けちゃいられねえな」


 ニムーゲン博士に髪を乱されたレイブンは、俯きながらぶつくさと文句を言っている。

 ブラッドは、レイブンの目がキラキラと光っているのに気づいたが、無粋な指摘はしなかった。


「話は変わるがニムーゲン博士、古代魔法について尋ねたい質問があるんだ」

「おう。もともとその目的で来たんだろ? 普段だったら貴重な知識をクソ他人になど共有したりしないが、あんたには世話になった。もう他人ともいえない間柄だ。この博士様が、なんでも教えてやらぁ!」

「実をいうと、このヴァルブルガには若返りの古代魔法がかかっているようなんだ」

「ほお? どれ見てみるか」


 まだ話の触りしか伝えていないのだが、ニムーゲン博士はヴァルブルガに向かって杖を掲げた。

 杖の先端が光るのと同時に、ヴァルブルガの頭上に複雑な古代の文様が浮かび上がった。

 ニムーゲン博士の瞳が、興味深そうに見開かれる。


「ふむ。たしかにこのジャリガキからは、古代魔法のオーラが感じられる」

「古代魔法の弊害で記憶を失っているらしい。俺はその記憶を取り戻す方法を探している」

「ふん。禁忌の呪文に触れたりすりゃあ、ろくな目に合わせねえ。馬鹿め。古代魔法は容易く弄んでいい力ではない」

「むう! ヴァルばかじゃないよ!」


 頬を膨らましたヴァルブルガが反論すると、ニムーゲン博士はおちょくるような笑みを返した。


(まったく子供みたいな爺さんだな)


 ヴァルブルガと自分の事情について詳しく打ち明けるつもりはなかったので、ブラッドは黙ったままでいた。

 それにニムーゲン博士の今の言葉に対しては、ブラッドも同意見だった。


「古代魔法ちゅーのはな、発動させた本人にしか解除できねえ厄介な魔法だ。だから若返りを解除するには、記憶を戻させた後に、発動者当人に解かせるしかないわけだが、よかったな小僧。古代魔法の弊害で起こった事象だけなら、大概の場合、素材の効果による解決を期待できるぞ」

「記憶を呼び起こす素材といえば、【記憶の果実】か?」


 記憶の果実はかなりのレア素材なので、市場に出回ることはごく稀だ。

 当然このオルフォードのように小さな村の雑貨屋では、絶対に入手できない。


「この村から西に五日ほど行けば、ブルックという町がある。聞いたことがあるか?」


 ブラッドは頷き返した。

 ブルックの町を知らない人間は、そういないだろう。


「噂になっている()()()()()だろう?」

「うむ。ブルックの町にある【ココット一族素材店】とうい店からは、何度かレア素材を譲ってもらった。記憶の果実も置いてあるかもしれん。今は先代の孫のマデリン・ココットが継いでいるはずだ。ただしジャリガキの記憶が戻るかは保証できんぞ。古代魔法同様、その使用によって引き起こされる弊害に関しても、解明されていない問題が多いんだ。くそったれが」


 また数日間、ヴァルブルガとともに旅をしなければいけないと思うと憂鬱だったが、他に方法はなさそうだ。


「情報、感謝する。訪ねてみるよ」

「にしても……行方不明の大英雄と古代魔法で若返ったジャリガキのコンビとは。厄介事の匂いがプンプンしやがるぜ」


 幸いニムーゲン博士がぼそりと呟いた言葉は、レイブンやヴァルブルガの耳には届かなかったらしい。

 ブラッドは反応に迷いながら、ニムーゲン博士を見返した。


「ふん。気づかんわけなかろう。おまえさんが難なく使いこなしていた凶転の大盾は、ブラッディ・ハウンドの得意技の一つだ。しかもあれは最強の大盾技じゃねえか。扱える人間は百年に一人現れるかどうか。規格外の人間が、同時代に二人存在するなんてクソありえねぇ」

「……」


 ブラッドが黙り込んでいると、ニムーゲン博士は意地の悪い笑顔を見せた。


「馬鹿な小僧め、そんな顔せんでいい。人に話すつもりはねえっての」


 軽い口調で言っているが、ニムーゲン博士が本気で言っているのは伝わってきた。

 そこまで深刻になられすぎても困る。


「できる限りそうしてほしい。だが絶対ではない。もし万が一追手が現れて俺のことを尋ねてきたら、話してもらって構わない」


 約束を守るためにニムーゲン博士が殺されたりしたら、ブラッドだって寝覚めが悪い。

 ブラッドの胸のうちは伝わったらしく、ニムーゲン博士は無言で頷き返してきた。


「さてと、次の目的地も決まったし、俺たちはこのまま旅立たせてもらう。――おい、ヴァルブルガ」


 レイブンと並んで村人を率いてきたヴァルブルガに声を掛ける。

 ヴァルブルガは作業を開始した村人たちのほうを名残惜しそうにチラッと見たが、すぐにブラッドのもとまで駆け寄ってきた。


「んだよ、もう出発すんの? もっとゆっくりしてけばいいのに」


 ヴァルブルガの後をついてきたレイブンが、拗ねたような表情を見せる。

 随分と気を許されたものだと思いながら、ブラッドは苦笑いを返した。


「先を急ぐ旅なんだ」

「ふーん? まあ、仕方ねえか。旅の目的が達成できたら、また二人で遊びに来いよ。なんもない退屈な村だけどな!」


 そう言いながら、レイブンが不器用な笑顔を浮かべる。

 ブラッドとヴァルブルガがこの村に戻ってくることは決してない。

 その未来を知っているのは、ブラッドだけだ。

 ブラッドはレイブンの投げかけてきた言葉を無言で受け流すと、ニムーゲン博士に視線を向けた。


「それじゃあニムーゲン博士――」

「待て。なんだ、そのぉ……。……くそ。改まると気持ち悪ぃが、けじめをつけなきゃ男じゃねえ。おい小僧、それからそっちのチンチクリンも、本当に世話になったな」


 ニムーゲン博士が深々と頭を下げてくる。

 それを見たレイブンも、慌ててニムーゲン博士に倣った。

 ブラッドは困惑しながら、首の後ろに手を当てた。


「……おい、やめてくれ。俺は別に善意で手を貸したわけじゃない」

「ふん、おめえ、俺以上のひねくれ者だな。でもな小僧、おまえがなんて言おうと、おまえは俺とレイブンの恩人だ。俺たちは、口は悪いが恩は忘れねえ親子だ。また古代魔法で知りたい疑問が湧いたら、いつでも頼ってきやがれってんだ!」


 ニムーゲン博士の隣で、レイブンも首がもげそうなほど頷いている。

 こういうしみったれた空気は得意ではない。

 ブラッドはむすっとした表情で雑な返事をすると、今度こそ本当に旅立とうとした。


「ヴァルブルガ、行くぞ」

「うん! おじいちゃん、レイブンお兄ちゃん、ばいばい! またね!」

「おう、また必ず顔を出せよ!」

「ニムーゲン博士と二人で待ってるからな!!」


 そんな声に背中を見送られながら、ブラッドとヴァルブルガは丘を下っていった。

 丘の上に立つよく似た師弟は、ブラッドたちの姿が見えなくなるまで、並んだまま手を振り続けたのだった――。

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