何やってるんですか勉強してください
ペンが文字を書く音だけが地下図書館に響く。
机越しの先輩の顔が幼く見える。
「なんか意外だな。隈、勉強できそうなのに」
先輩が突然、話は始めた。
「全然できんよ……。見た目がおとなしそうだからかな……?」
「たしかにな。というか、前髪結構長くない?視界に入って邪魔そう。それでメガネもして……。マスクなんてつけたら、前見えんくなるやん」
「見えるわ!」
俺は前髪を手ぐしで整えた。先輩が額に手を伸ばしてきたので払った。
「先輩だって前髪けっこうあるじゃないですか」
「まぁね。あと、先輩じゃなくていいよー。前も言ったっけ?」
「言ってた。でも、違和感があったし……」
「そう?そっちの方がいいなら大丈夫だよ」
先輩は気づかいができるとは思うけど、ちょっと構いすぎ。別に構って欲しいわけじゃないし。そういう所ほんと面倒臭い。
「どした?ため息ついて……?」
「え……?あぁ……」
気付かない内に漏れていた。
「先輩が相手にしてくるのがうざいなって」
「あ……、う……、ご、ごめん……ね……」
何言ってんだろ。すぐどうでもいいことで人に嚙みつく癖直したい。自分でも何がしたいのか分からない。
そこからは会話は途切れ、再び沈黙が始まった。
こっちの方がなんだかんだで落ち着く。
しばらく、勉強していると睡魔が襲ってきた。眠い……。いつも眠いな……。
「首、カックンカックンしてるよ」
先輩の声で目を開けた。
「アニメみたいにカクカクするね」
「そうですか……」
会話広げ方が下手だ。だから、これ以上は話が進まない。
「赤ちゃんみたいだね。首が座ってない」
間を空けないように配慮して言ってくれているのだろうが、発言は配慮されてない。
「馬鹿にしてるんですか……」
「まぁ……?でも、ホラ!ほっぺ、もちもちしてそうじゃん!」
何のフォローにもなってない。それじゃ赤ちゃんであることを肯定してしまっているではないか。本心というか、心の軸を隠しきれていない。素直と言えば聞こえはいいけど、愚直で一言多い。
「赤ちゃんじゃないです。もちもちでもないです」
「……、ムニムニしていい……?」
「ダメです」
「ちょっとだけー……!1000円あげるから!」
「無理!」
「じゃあ5000円!」
「お金の問題じゃないです!」
先輩は不貞腐れて、頬杖をついた。じっと目をつぶったかと思うとジーっと顔を見てきた。圧で何とかしようとしている。
「はいはい……少しだけですよ……」
「え!?いいの!?やったー!ありがとう!隈!」
先輩が身を乗り出して、顔に手を近付けてきた。なんか怖い。指が頬に当たる。それが少しずつ食い込む。微笑む先輩の顔があまりにも近い。
しばらくムニムニされていると不意に羞恥心を感じて声を出した。
「そおそおやええくあえらい」
「言えてないよ」
恥ずかしい。何で了承したんだろう。
先輩はゆっくりと指を下げた。
「もっちもちだね!それでいてもふもふ!またやらせて!」
「……無理です……」
「へへ……。そ、そんな怖い顔しなくても……」
「はぁ……。だから鬱陶しいんです……」
机に突っ伏す。こんなんだから外の方が気楽。というか、まさかこの俺が可愛がられるなんて想像にしていなかった。
「ご、ごめんね……。そんなに嫌だった……?」
嫌だったと聞けるなら最初からやらなければいいのに。あぁ、でもそれはブーメランか。自分だって後先考えず人を否定する。
全てが嫌い。一人にさせてくれ。もう嫌。どうせその内皆離れていく。離れてくから……。何度それを繰り返したんだ。何でこんな目に遭っているんだ。だから、だから、だから……
「隈~……。ごめんって!」
ゆっくりと顔を上げると手を合わせて必死に謝る先輩が見えた。理由は分からないけど笑ってしまった。
「あれ……?怒ってない……?」
「……怒ってます……」
「うそっだー。笑ってんじゃん」
まぁ、そうなのかな。
たしかに、嬉しかったのかもな。